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第三章
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しおりを挟むルカ君と過ごす時間が減った分、余計な事を考えてしまわない様に、勉強や、治癒院のお手伝いへ行く時間を増やすようにしていた。
神殿の中にある治癒院では、初めは軽症の患者さんばかりを診ていたけれど、段々と要領が分かってきて、大きめの傷でも治療出来るようになってきていた。
傷口を綺麗に洗い、更に浄化をし、雑菌で化膿しない様にする。傷が大きい場合、完全に治すには力が足りないし、時間もかかってしまう為、とりあえず表面を閉じて、止血をし、回復する手助けができる様に、自分の出来る範囲で力を使っていた。
骨折の場合、患者さん自身の治癒力が高まる手助けをするくらいしか出来ず、複雑なものや、内臓まで達している場合の治療をすることは、まだまだ難しかった。
「ミアさんが来て下さって、本当に助かっています。以前は、傷の大小に関わらず、化膿してしまう事が多かったですし、大きな傷の場合、傷を閉じるのに、大変な痛みを伴います。縫った後に化膿してしまう事も多かった。けれど、痛みもなく、綺麗に閉じられ、化膿する事もない。傷口の化膿が酷ければ、命を落とす事もあるんです。……ミアさんのおかげで、沢山の方が救われています」
「……良かったです。……傷口は、綺麗な水で、しっかりと水洗いをする事が大事です。洗った後は、そのまま乾燥すると、治りが遅くなってしまうので、蜜蝋などで保護をしてあげると、より治りが早くなると思います」
治癒院に来られる患者さんは、高額な治療費が必要な、医者にかかる事ができない、市井に暮らす人達だ。
民間に伝わるやり方で治療し、悪化してしまってから来る人も多かった。
前世では、特別医学的な知識なんて無かったけれど、一般的に知られていた事でも、この世界では常識で無い事が多い。できない事も多いけれど、私の少ない知識でも、役に立てる事があるのだと分かり、嬉しかった。
目の前の患者さんを治す事に必死で、余計な事を考えずにすむ事も、とてもありがたかった。
ルカ君とは、たまに見かける程度で、ほぼ会うことが無くなってしまったけれど、エリカさんとは、寮が同じ事もあり、良く話す様になっていた。
「へえ、水で洗って、更に浄化するんだね」
「菌が……、汚れが、付着したまま塞いでしまうと、そこから化膿してしまう事があるので」
この世界では、抗生剤などの薬が無いため、念の為に力を使っていた。
エリカさんは、薬草関係に強いので、内科的な事の方が得意らしい。治癒の力は、外傷にしか効かない為、私は、傷の治療しかした事がなかったので、お互いに知らない事を教え合う様になり、エリカさんと話す時間が増えていった。
「……ルカ君は、元気ですか?」
エリカさんに、ルカ君の様子を聞くのも、日課になっていた。
「ミアさん、そんなに気になるなら、直接会って聞いたら良いのに」
「……それが出来たら苦労しないですよ……」
「ルカ、ミアさん不足で死にそうだよ」
「……それは、嘘です」
「本当だよ! 毎日暗い顔して鬱陶しいったら! 最近は、ザイードさんと、剣の訓練してるみたいで、身体はシャキッとしてきたけど、顔は死んでるもん」
「…………エリカさんは、ルカ君に、その……体液は、」
「……あげてないよ。……絶対無理。だって、ルカとは兄妹みたいなもんだし、考えただけでも……無理!」
「エリカさん、でも、ルカ君が心配で学園に来たって」
「ああ、それは本当だよ。そりゃ、ルカが死にかけてたら、必要だと思ってたけど、ベタ惚れのミアさんがいるんだから。私なんて全然必要なくて、私もルカも助かったよ。……本当にありがとう、ミアさん」
エリカさんが、真剣な顔で言う。
「……エリカさん、寂しいと思ったりは、」
「寂しい……。ああ、子供の頃は、友達がルカしかいなかったから、私よりも大切な人が出来たんだと思って、ちょっと寂しい気持ちはあったよ。……でも、一瞬ね! 今は、ミアさんもいるし、ユリアさんや、寮で友達も沢山できたし。全然寂しくないよ」
エリカさんが、明るい笑顔ではっきりと言う。
「そうなんですね……」
ディアナさんが、言っていたように、ちゃんと話さなければ、分からない事ばかりだった。自分の思い込みだけで、思い悩んでいた事が恥ずかしくなる。
◇◇◇
ある日の放課後、寮の自室で勉強していると、扉を叩く音がして、寮母さんに呼ばれる。
「ブライさんという方が、ミアさんを呼んでほしいと来られているんだけど。知ってる方かい? 急いでるみたいだったよ」
「……分かりました。ありがとうございます」
ザイードさんが? こんな事は初めてで、不安になりながら、寮の玄関へと急いで向かう。
「ミア、突然すまん。……ルカが、剣の型の練習中に怪我をしてしまって……出血が結構あって、傷を、診てくれないか?」
「は……い、行きます。ルカ君は、保健室ですか?」
「ああ、……頼む」
ザイードさんが言い終わる前に、走り出していた。
学園に保健室はあるけれど、常駐している先生はいない。専門的な処置をするには、医師を呼ぶ必要があった。
息を切らしながら、保健室の扉を、ノックをする事も忘れて開けてしまう。
止血用の包帯を巻かれた、ルカ君の姿が見える。
「……ルカ君」
「……ミアさん?」
傷口を見ると、ガタガタの切り口から血が溢れている。
「……ザイードと、型の練習をしていたんだけど、僕がぼんやりしていて動きを間違えてしまって。……刃を潰した剣を使ってたんだけど、思っていたよりも深く切れてしまって……」
「水を、」
水差しに水を入れ、洗面器で受けながら、傷口を洗い流す。
浄化をし、溢れてくる血が止まる様に、治癒の力を、手をかざしながら施していく。綺麗に切れた傷口よりも、治りにくいために、時間がかかってしまう。
早く……、血が、止まって……。
傷口が徐々に塞がり、出血が止まる。
ホッとして、ルカ君の顔を見ると、驚いた顔をして、こちらを見ていた。集中していて、気がつかなったけれど、ザイードさんも、ルカ君の横に立ってこちらを見ている。
「ミア、すごいな……」
「……ミアさん、すごい。全然、血が止まらなかったのに……」
「とりあえず、止血しただけだから、まだ治ってないの。しばらくは動かさない様にして、下さい」
ザイードさんが、ハッとした顔をして、
「そうだ、医者を呼びに行ってるんだ。もう、必要無くなったと伝えてくる。着替えのシャツを、そこに出してくれてるから、ミア……着替えさせてやってくれるか?」
「分かりました。……ザイードさん、呼びに来て下さって、ありがとうございました」
「いや、こっちこそ、ミアがいてくれて助かった。じゃあ、後は頼んだ。行ってくるな」
と、ザイードさんが、部屋から出て行く。
濡らしたガーゼで、血のついた所を拭いていく。
「……ありがとう」
「ルカ君、シャツは脱げますか?」
「あ、ああ」
久しぶりに近くで見るルカ君は、以前よりも筋肉がついて、逞しくなっているのに、顔色があまり良くない様に見えた。
「……ルカ君、夜は……寝られてる?」
「うん、まあ、寝られてるよ……ミアさんは、……元気?」
「うん、元気だよ」
包帯を巻いて、シャツを着せ、汚れてしまったシャツを洗うのに離れようとして、ルカ君に上着の裾を掴まれる。
「……ミアさんが、足りてない」
エリカさんからも体液をもらっておらず、薬で抑えてるから、しんどいんだろうな……。きっと、夜も寝られてない。
「……ルカ君、いいよ」
持っていたシャツを置き、ブラウスのボタンを外そうとして、ルカ君に手をつかまれる。
「違う、そうじゃなくて、……っただ、ミアさんに触れたいんだ」
ルカ君が、絞る様に声を出す。
嬉しい、と、思ってしまう自分がいた。
…………このまま、また、ルカ君に身を委ねて、以前と同じ様に、ただ受け入れるだけで、いっぱいいっぱいになってしまわないだろうか……? 不安な考えばかりが、頭を過ぎってしまう。
――私がどうしたい……?
ディアナさんの言葉を思い出す。……ルカ君に触れられたら、嬉しい、と思う。何もかも忘れて、ルカ君と触れ合えたら……
「…………ルカ君に、触って、欲しい」
ルカ君が、ばっと顔を上げ、掴む手の力が強くなる。
「本当……?」
こくりと頷いた瞬間、ルカ君が、
「転移」
と、掠れる声で呟いた。
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