【完結】回帰する魔術師は彼女の幸せだけを願っている

平川

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2.

 コリコット村に来て八年の月日が流れた。
 俺は十七歳になり、レシェは今十五歳。
 その間に俺の『レシェを幸せにする計画』は着々と進んでいた。

 二十二にもなっていた回帰前の俺はこんな基本的な事すら考えず、彼女から奪うだけの存在だった。
 膨大な魔力を制御し、高度な術式を操れる様になると十八の歳で廃嫡扱いだった伯爵家に連れ戻され後継者争いの中に放り込まれた。
 俺には二人の弟がいたのだが、二人共魔力はあるが上手く術式を扱えないでいた。当然俺が頭一つどころか何倍も当主になる力があった。

 だが何故か母は悔しがり父は目を逸らす。

 次第に狂い始める日常に嫌気が差して二年後再びコリコット村に戻った。だがそこにあったのは東から流れて来た盗賊団に略奪され燃やされた村の残骸だった。
 数人の残っていた村人にすがる気持ちでレシェの安否を聞いて回る。するとたまたま村長の代わりに港のある街まで用事をしに行っていて無事だと知った。その奇跡に飛び上がる程喜んで彼女を迎えに行く。だがレシェは村に残ると言い出した。もう何も無いコリコット村に残ってどうするのか。それより妻になって欲しいと半ば無理矢理連れて戻る。

 周囲の反対を押し切り、まだ大人に成り切れていない俺は小さな教会で二人の結婚式を挙げた。
 彼女さえいれば…俺は生きて行ける。耐えられる。そう思って…

 あまりに自分勝手で…顧みない酷い男だ。彼女の気持ちに寄り添い、時間を掛けて悲しみを分け合い、周りに周知させ屋敷での立場を確立してやらなければならなかったのに…いや、それだけでは無い。それだけでは無かった…

 気付いた時にはもう…遅かった。

 あの日…当主代理として領地の視察に出ていた俺は一月振りに屋敷に戻った。だがいつも玄関ホールで迎えてくれていたレシェが来なかった。
 その代わりに…腹のデカイ女が擦り寄って来たのだ。「貴方の子です」そう言いながら腹を摩る。

 馬鹿も休み休み言えと腕を振り解き、側に居た母を見る。そしてニヤつきながらいやらしい口で放った一言で俺は全てを理解した。

 レシェの部屋に飛び込んだが彼女が居ない。既に陽も落ちかけている。伯爵家の侍女は皆彼女の居場所を知らなかった。

 空いた窓から庭先まで見渡すが視覚に入る場所には居ないかった。そしてそこで睡眠薬の入った瓶が窓際にポツンと置かれていたのに気が付いた。

 急いで探索の魔術式を構築する。白い鳥の形になった式を追い掛けた。


 春の生暖かい風が……何処からともなく血の匂いを運んで来る。

 途中で脱ぎ捨てられた彼女の靴を拾い、嫌な予感で胸が激しく鳴る…それでも足を止めずに走った。

 探索していた白い鳥は無常にもクルリと一度空を舞い、動かない彼女の胸に吸い込まれ消えた。

 赤い紅い冷たい命が…俺の目の前で小さくなってリンゴの木に寄りかかるその姿に…今でも思い出すと身体が固まり震える。
 怒りと悲しみと絶望と…湧き上がる後悔と悔しさに苛まれるのだ。


 だから…だからレシェ。

 もう二度と間違えない。
 だから…頼むから…

 俺を置いて行かないでくれ。

 ****

「と、言う訳で、今日も中々の盛況振り。皆んなお疲れ様でした!夜の部の皆んなは一旦食堂に集合。厨房長から注意事項があるから聞いといて下さい。明日は団体客が宿泊するから…」

 取り仕切っているのはノーランと言う男だ。勿論村民。俺より三歳年上だ。青空教室を始めた頃から割とグイグイ質問してくる意欲的な奴だった。

 今のこれは何をしているかと言うと、実はコリコット村は火山性温泉地帯である事が分かったのだ。ロンロ山のマグマ溜まりに地下水が温められ温泉が沸いていた。
 回帰前に魔術式を勉強し出したのは十三を過ぎてからだったが、今は全て頭に入っている。使わない手は無い!と言う事で四年前にドカンと術式を展開し、地下を掘り温泉を村に引き込んだ。始めは広い池の暖かい溜池状態だったが、少しずつ土から建物を作り上げて一大温泉施設に仕立てた。そして此処で役立ったのが青空教室で教えていた子供達と後から参戦して来た大人達だ。

 小さな村だがだからこそ結束力も高く、農園と温泉事業を半々で皆でやり出した。まあ、建物は地下を掘り出した土で作ったし、術式で形造ったので余計な金も必要無い。後は備品だ。大型の物はある程度俺が造った。温泉の噂が広まるにつれ逗留の需要も出来、宿が無かったこの村にも徐々に一件二件と増やしていった。四年経った今では五件にも増え繁盛している。
 特産品のリンゴを使い料理研究をする者まで現れ、温泉意外でも収益が得られるようになって来た。

 回帰前には有り得なかったコリコット村の飛躍的な発展に近隣の村や街もあやかろうと躍起になっている。俺が掘った事を知る村の者には偶然噴き出したと口裏を合わせる様集会で伝達した。あまり目立ちたく無い。特に伯爵家には俺の存在は無いものとして欲しいくらいだ。なので俺自体は裏方か統括に徹している。

 それともう一つ。

 俺は二年前にレシェの許嫁になっていた。温泉事業の実績を伴って村長に求婚…じゃなくて、「娘さんを下さい」とレシェへの求婚の同意を貰いに行ったのだ。

「必ず、必ず幸せにすると約束します。ひもじい思いもさせません。彼女と結婚を認めて下さい!」

 回帰前では言えなかったレシェの両親に結婚の許可をお願いした。

「…そうだなぁ。リルはレシェの何処が気に入ったんだい?この村には若い娘が沢山いるし…リルはモテるだろ?綺麗な顔だし魔術師だし…」
「それは今だからですよ。レシェはこの村に来たばかりの俺に優しく寄り添ってくれました。ガリガリで片目も無く見窄らしい姿でも…今の俺が居るのは全部レシェのお陰だから…それにやっぱり…彼女が好きなので…」
「そうか。うん、良いよ。正々堂々としてて気に入った!きっとこの子も君となら幸せになれるだろう」
「! ありがとうございます村長!」
「お義父さんと呼んでね?」
「あら、じゃあ私はお義母さんね?素敵!」
「…え?えっとちゃんと結婚したら…。日取りは彼女の十六の誕生日で良いですか?」
「あら、ふふふ。必死ね?」
「ええ。家族に…早く彼女と家族になりたい。楽しい事も辛い事も話し合って分け合って…」

 出来なかった…一人でもがいてた。レシェを置き去りにして勝手に一人で。
 そこに居てくれていると…帰る場所を用意してくれていると思い込んでた。でもそうじゃなかった。そうさせなかったのは俺だ。そんなものは二人で作るものなんだ。一人でなんて出来はしない。

「リルは大人びてるね…慎重だし。普通魔術師の素質が有るなんて分かったら有頂天にならないかい?私が十五、十六の時はまだまだ鼻垂れ小僧だったよ。自己顕示欲の塊だったなぁ」
「もう通り越しました。他に知られるとレシェと平穏には暮らせないし…きっと面倒ですから」
「そうか。そうだな…良いと思うよ。リルもとっくにこの村の住人だ。皆んなでより良い村にして行こう!未来の村長殿?」
「頑張ります!」


 こうして俺は村長公認の婚約者になれた。

 レシェは始終俯いていた。彼女は恥ずかしがり屋なんだ。

 *

「レシェ、これはどうだ?着けてみないか?」
「派手すぎるよ…私はこっちが良いかな」
「そうか?うん、レシェが好きならこれにするか。マリックさん、これ貰うね、幾ら?」
「なんだよ水くせーな、良いよやるよ。いつも世話になってんだからさ。持ってきな!」
「それは駄目だ。それじゃプレゼントにならないだろ?女の子への贈り物は対価を払うに値するんだ。だから払わせてくれ」
「…お、おう。…お前本当に十代か?オッサンみたいだな」
「オッ!?誰がオッサンだ!」
「はははははっ」

 村の雑貨屋で彼女の髪飾りを買った。勿論村人の手作りだ。大した金額では無いがやっぱり贈り物だし、気持ちの問題だと思う。
 この村はまだ商会が無い。辺境の街の更に離れた小さな村だ。まあ、いずれは俺が何とかすりつもりだけど。

 その場でレシェの編み込んだ髪の先にパチンッと着けてやった。

「うん、似合ってる」
「へへ。ありがとうリル。大事にするね?」

 はにかむ顔がなんて可愛いんだレシェ…

「そっか…もう春だもんな。いつ結婚すんだ?」
「二月後の彼女の誕生日に。村の皆んなには酒を振る舞うからマリックさんも来てくれよ。お馴染みのリンゴ酒だけど…飯も用意する」
「ふふ、ああ。楽しみにしてるよリル!」

 バシバシと背中を叩かれ激を飛ばされる。俺もすっかり村民だな。

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