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 結婚式と言っても貴族の様な何処ぞの聖堂やらで厳かに行うものでは無い。村民にそんな概念は無い。村の中央に小さな広場があり、昼間からそこでどんちゃん騒ぎだ。主にリンゴ酒、仕入れたワイン、ドライフルーツを混ぜ込んだ菓子が村民とそこに訪れた人々に振る舞われる。まあ、流石にそれだけでは寂しいのでカーザの商団から干物を大量に購入して野菜などと刻んで入れたスープや焼いた肉なんかを振る舞った。勿論魔術と宝石を売って稼いだ金をフル活用した。お陰で盛大な祭りになったのは言うまでも無い。

 今はレシェの兄カーザが引き連れて来た商団で宿も埋まっている。本来は彼らも野営しなければこれだけの人数の寝床など確保出来ないだろう。久しぶりにゆっくり出来たと大変喜ばれた。

 カーザは俺が魔術師だと知らないが、この村の様子を見て尋常では無い事に気付いている。村長に詰め寄って事情を問いただしていたみたいだがのらりくらりと躱された様で…
 まあ、秘密が守れるのなら話しても構わない。俺が伯爵家に連れ戻される?いや、勿論その気は無いし有り得ない。既に所帯を持ったのだ、この村でやっていく理由なら十分ある。それに誰が俺を従えさせる事が出来ると言うのだ。勿論自分や村民を護れる自信もある。

 辺りが暗くなり広場の中央に大きな薪木が組まれ火が入る。周りを笛や太鼓、ラッパなど持ち寄った楽器の音楽に合わせて踊る村民達。もう若い奴らは皆んなへべれけだ。かく言う俺も昼間からガンガン酒を注がれもう一滴も入らない。新郎新婦用の台の上に用意された長座布団にパタンと寝転び酔いを冷ます。きっと過去にも酒で潰れた新郎が居たに違いない。水やらバケツやら雑巾やら色々用意が良いもの。

「リル、大丈夫?気持ち悪い?」

 そう言ってレシェが団扇で俺をあおいでくれる。
 今日の彼女は最高に綺麗だ。白い光沢のある絹を頭から被りその上から輪っかになった金の頭飾りを着けている。宝石が散りばめられた首飾りや腕輪、足飾りは全て俺が魔術で作った物だ。織物以外全てだ。だって俺の花嫁だもの。

 村中が俺達を祝ってくれた。回帰前は二人だけの寂しい結婚式だったし…これも彼女の幸せの一つになったかな?

 寝転びながらレシェの肩から溢れる髪を一掬いして口付ける。

「…レシェ…綺麗だな…」
「う?うん、綺麗だね」

 そう言って首飾りを少し持ち上げる彼女。

「…違うよ…レシェが綺麗だと言ったんだ。俺の妻は…村一番綺麗だよ…いや、国一番だ…ふふっ」
「流石のリルも酔ってるわね~……ねぇ、リル。…貴方は今幸せ?」
「幸せじゃないとでも?」
「良かったのかな。貴方は魔術師で…とっても凄い力があるのに…私なんかと…」
「え!?」

 ガバッと飛び起きてレシェの両肩をガシッと掴む。

「なんで?何でそんな事言うんだよ!嫌なのか?俺はレシェが良いんだ。君で無いといけないんだ。君を幸せにするのが俺の生きる意味なんだ!」
「あ、えと、違うよ?リルごめんね?嫌とかじゃ無くて…その…心配で…」

 俺は頭をブンブン振りながら彼女を抱き締めた。

「心配なんか何も要らない。君が俺の側に居てくれるなら俺は全力で護るだけだ。それに君が居なければ俺は死んでたよ。俺は…本当は此処に、コリコットに死にに来たんだから…」
「リル…魔力の事?でも本当?私お話してただけだよ?あの頃リルは…消えてしまいそうで…しっかり手を繋いでなくちゃいけない気がしてたの。リルのおばさんにも頼まれてて、出来るだけ一緒にいてやって欲しいって。私と居ると元気になるからって…今思えば結構恥ずかしいけど…」
「そうだよ!君が繋ぎ止めてくれた命なんだ…今更…今更捨てないでくれっ」
「え!?捨てるなんて、も、もう!リルったら……ふふふっこの酔っ払い」
「レシェ…レ、しぇ…おれ…きみを…ぜ…た…い…」

 頭を振ったからか余計にふわふわする頭でぎゅうぎゅうとレシェを抱き締める。が、徐々に脳がくらくらと麻痺を起こし力が出なくなってきた。これは…眠気だ。ああ、不覚にもめちゃくちゃ浮かれて準備とかで少しだけ…疲れて、いた…みたいだ。

 そうしてレシェに寄り掛かりながら俺は徐々に意識を手放した。

「あらら。…ふふ、リルってば」

 レシェの柔らかい温かい手が俺の頬を撫でる。ああ…気持ちが良い…な。

 やっぱり彼女は…俺の…『幸せ』…なんだ…

 ****

 ふっと意識が浮上して自分が布団の中に居る事に気付く。

「…?」

 あれ?
 何?
 結婚式は?……え?夢?

 目の前にあるのは確かに俺の家の天井だ。これはレシェと俺の…新しい家。
 レシェが好きな空色のガラスのモールドが窓際に幾つか吊ってある。結婚する半年くらい前に二階建ての建物を建て二人で少しずつ部屋を装飾していった。一階に機織り機を置いた部屋と台所に居間に子供部屋。二階に寝室と俺の作業室に物置がある。

 ……て、え?え?

 モールドがあるのは…寝室だ。え?え!

 恐る恐る寝かされた場所を手で探る。ベッドだ。ふかふかだ。いやいやいや…待て待て待て!俺…

 ガバッっと起き上がるとやっぱりベッドの上だった。頭がズキンと痛む。くそっ俺が二日酔いになるとは…

「いて…う~…そうか…酒を飲まされて…潰れたのか…」

 しかも日が高い。初夏の日差しが窓から差し込んで眩しい。昼前ってとこかな?

「…………ぁ」

 あれ?


 俺の初夜は?


「…嘘…有り得ない…最低だ…冗談だろ…!」


 ベッドの横や部屋の中をぐるりと探したがレシェは居なかった。もう何と言うか…冷や汗がタラっと流れて来そうな程肝が冷える。いや、心臓がいやにバクバクしてきた。これ…ダメなやつだ!

「ああああ~~~~っ!やってしまった!俺の馬鹿ぁ!!」

 這う様にベッドを抜け出して急いで一階への階段を転げる様に降りた。

「レシェーー!」
「きゃぁぁ!」

 木ベラを持ってビクッと飛び上がり慌ててこちらを振り返るレシェ。おお!白いエプロンだ。可愛い!じゃ無くて…

「レ、レシェ…俺…ごめん…寝ちゃって…その…あの…しょ…ゃ」
「おはよう…ビックリした~~っ!…へへっ。リルってば全然起きなくて」
「あ…ごっごめん!えっと…」
「仕方が無いからお父さんが台車に乗せて家まで運んでくれたの。二階のベッドに運んでくれたのは兄さんよ?」
「あああ~~~~っ」
「村の皆んなも飲ませ過ぎたって謝ってたわ。普段あんまり飲まないものね、ふふっ」
「……あ、ありがとうレシェ。ごめんな頼りなくて…みっともない姿だったろ?」
「もう!リルは私に気を使い過ぎよ?私達…もう夫婦よ?こんな事くらい何よ。リルが頑張って結婚の準備してくれてるの見て来たよ?普通男はこんな事しないって母さん感激してたくらいなんだから」

 そう言うとレシェはそっと俺の胸に抱き着いた。

「…レシェ…」
「リル…ありがとうね。凄く嬉しい」

 胸に何かが膨らんで鼻がツンとする。ギュッと彼女を抱き締めて額にキスをした。そうだ。もう俺達は夫婦なんだ…夢じゃ無い。嬉しい。

「レシェ…その…今夜挽回させてく「うっ!やっぱりお酒臭い!リル!今すぐ温泉に入って来て!」……はい」

 新妻に臭いと言われ洗面用具を渡された。…何かすっごい落ち込む。

 頭を抱えながらフラフラ歩いて村の温泉場に着いてからふっと思い出した。そう言えばスッカリ忘れてたけど…

「皆んなには内緒だけど、うちにもこっそり引いた温泉風呂あるんだけどな」


 まあ、良いかと服を脱ぎ洗い場に入ると歳の近い若い村人達が死屍累々…いや、酔い覚ましに湯船に浸かっていた。その内の一人が俺に気付き

「お!リルだ!」

 バシっと背中を叩かれたのを皮切りに

「昨日は大変だったな、良い結婚式だったよ、お疲れさんっくっくっ!」
「この酒にくたびれた様子じゃ…やっぱまだだな?」
「待ちに待った可愛い新妻の柔肌は味わえなかったか~」
「あーあ。一世一代の大事な夜に可哀想になぁ…ププッ」
「わざと酔い潰した訳じゃ無いぞ?俺達を恨むなよ?」

『「お気の毒様~わはははははーーーーーっ!」』

 案の定言いたい放題からかわれた。絶対新郎潰し企ててやがったな!

「くっそーーーっ!!お前ら覚えてろよ!」

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