【完結】回帰する魔術師は彼女の幸せだけを願っている

平川

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9.

 乳母が帰郷して四日目の夜。行商人である乳母の夫が温泉事業の執務室に挨拶に来た。半年前に見た時より随分痩せている様に見える。目には隈がさし髪は艶無くボサボサだった。

「…どこか具合が悪いのですか?」
「あ…いや。大丈夫…ははっ…疲れただけだよ。…少し商売で失敗してね…」
「失敗?扱っているのは保存食品でしたよね?」
「ああ、雨続きでね。…保管処理が甘くて商品にカビが着いてしまって…」
「なるほど。人を集めて綺麗にしましょうか?ダメな分もあるでしょうが、熱処理したり切り取るなどすれば…」
「あ、いや、もうそれは良いんだ…うん、何とかなったから。はは……それより、リルは王都には…来ないのかい?」
「あ…ええ。もう所帯を持った身ですし、この村での仕事がありますから…大体今更王都なんかで暮らせるとも思えないし。たまに顔は出しますから母さんにもそう言ってやって下さいませんか?」
「……別に良いんじゃないかな?」
「え?」
「王都には美女も沢山居るし…直ぐに新しい子も…いや、うちの子はどうだ?まだ娘は八歳だが後五、六年で…」
「五、六年後に…妹に何をしろと?」

「「…………」」

 しまったって顔してるな。何となく解ったけど…

 俺が稼いで来るであろう金が目当てなんだと。乳母の旦那は商売で失敗し、王都で暮らしたい乳母は金欲しさに魔術師の俺を懐に入れようとしているのか。しかも自分の娘をなんて…つまり俺が乳母の実の息子では無い事も知っている様だ。

 しかも俺を引き込む為に娘を差し出すと言っているのだ。…人買いより酷い話だ。

 ふぅ~っと息を吐き、テーブルを挟んだ対面に座るビクビクして下を向く乳母の旦那を見る。

「旦那さん。……俺は貴方達に手玉に取られる人間では無い。大事なものを護る為なら身内でも切って捨てます。だが、俺だって受けた恩は返したいと思っているんですよ…金が、欲しいんでしょ?」
「……あ、ああ」

 結局金か。まあ、今の生活を維持するには負債は痛手だっただろう。元々大金を稼げる訳でも無かったみたいだし、ギリギリ工面していた王都での仮住まいの生活が今回の事で達行かなくなったんだろうな。…仕方がない。

「宝石を売るのはどうです?」
「え?宝石?」
「温泉を掘った時に出た副産物でね、俺の取り分を差し上げますよ。但し、受け取ったら最後俺達とは縁を切ってもらう。…母さんも同じく」
「!!」
「どこまで聞いてるかは知りませんが、俺は魔術師である事を知られたく無い人物がいるので。このままだと奴に俺の存在を知られる可能性がある。過度に贅沢しなければ一生遊んで暮らせる金と引き換えにこの村にはもう来ないで下さい」

 ギッと椅子から立ち上がり、鍵付きの執務の机にある引き出しから一つの皮袋を取り出し旦那に投げる。ジャラッと音がした。袋を開いて見た彼は目を向いて驚く。中には俺が岩から生成した多数の宝石が入っていた。全て大粒だ。袋の中身だけでも王都にだって屋敷が買える。

「これを後十程用意しましょう。貴方は商売人だ。上手く売って金にしたらいい。街で一番の金持ちになれますよ。明日この村を出る時までに用意します。そしてそれが私達のお別れの時です」
「……リル…すまない…私は…罪深い事を…」

 目の前の男が…宝石の入った袋を握り締め、ボサボサの頭を項垂れ肩を震わせ絞り出す様に呟き始める。

「え?」
「妻が…」
「…母さんが?」
「リルが従わないのはレシェちゃんがいる所為だからと…」
「は!!? それでなんだ!」
「……宿場町へ…そこで人買いに…」

 ザッと血の気が引いた。レシェは今家で大型のタペストリーを機織り機で作っている筈だ。朝だって…

「いつだ!」

 俺は思わず乳母の旦那の胸ぐらを掴み怒鳴りつけた。

「…っ今朝…君が家を出てから直ぐに…つ、妻が連れ出して…っ」

 「は…っ」声にならない呻きを漏らし呆然とした。理解が出来ない。呆れ?そんな感情じゃ無い。身体が…震える。

「たかが…金が欲しい為に俺の妻を…?彼女が居なければ従うとでも?は?なんだそれ?どこまで可笑しくなったんだ!イカれてるっ普通じゃ無い!!」
「私は…っ止めたんだ!でも!!」

 シン…とした一瞬の間。その後に信じられない言葉が俺の胸に突き刺さる。

「君を…伯爵家に連れて行けば…」

 な…

「伯爵領の物資三割の販売権と…」

 な…

「首都での生活の保証、そう言う契約で…」

 なんで…

「君がこんな宝石を用意出来るなんて知らなかったから…妻が…伯爵家に融資を…」

「!!?」

 あまりの怒りに目の前の男を蹴り上げた。悲鳴と共に部屋に置かれた二脚の椅子にぶち当たり簡単に意識を飛ばす。

 ああ…やられた!

 確かに直ぐに金になる様な物を造るところは誰にも見せなかった。建物を建てたり温泉を引いたりはしたけどもそれらは個人の資産に繋がるものでは無い。

 俺が魔術師だと知る村民が騒ぎ立てないのはそう言う理由だ。俺とレシェは決して豪華な屋敷に住んでいる訳でも着飾る訳でもなく、遊んで暮らす訳でもない。仕事をしながら他の村民と変わり無く日々生活しているからだ。実際彼女は宝石を見ても綺麗だねと言うだけで決して欲しがる素振りも見せず、やると言っても絶対受け取らなかった。「私一人がこんな高価な宝石を持ってても困るわ」と。例え王都に豪奢な屋敷を構える金が作れるとしてもそれがレシェの幸せに繋がらないなら意味は無い。

 この世界には魔術師は少ない。平民は一生に一度会えるかどうかだと言う。何故なら高い魔力が身体を蝕み、それを超える為には高い魔具が必要で、更に父の様に生き残っても術式を扱える者は半数以下だ。主に王族、高位貴族のみが魔術師になる可能性があるくらい。そんな稀有な俺達の能力を唯の村民が理解出来る筈が無く、俺の様にひた隠しにしていれば宝石一つ作り出せない金にならない奴だと思われても仕方が無い。だから魔術師を欲している伯爵家に売る方が金になると?俺があそこを死ぬ程毛嫌いしているのを知っているのは…乳母だけだ。

 これも…運命なのか…?

 回帰前はどうだった?乳母はどうしていた?迎えが来た時に一緒に伯爵家に戻った筈だ。その後は…その後は…

 その、後は…確か彼女は…出て行ったんだ。知人と商売をするからと…それから会って無いんだ。それも伯爵家に着いて三日目くらいで。

 じゃあ、何の為に着いて来た?

 伯爵家に用事で?つまり…金を貰う為?俺が魔術師になったから?じゃあ俺の存在を伯爵家に連絡したのは…

 乳母だったのか…?


「ああ…そうか…回帰前の乳母も俺を……売っていたのか…」

 ****

「本当に大丈夫だろうな?こりゃ割と良いもん着てるじゃねーか。足付かねーか?」
「早くどっかに連れてけば良いじゃない。拐かしなんて道歩いてたって会うんだから。それより早くお金頂戴よ。ここまでの荷馬車の運賃も別でね。まだ十代だし子供も産んで無いし器量良しでしょ?ちゃんと見合った金額にしてよね」
「解ってるよ。コリコットの娘は人気があるんだ。温泉で肌艶良いからな。城壁並みの石壁と二枚仕立ての門が無きゃ全員さらって来るのによ」
「あら、じゃあ手伝ってあげても良いわよ?その代わり七割貰うわ」
「馬鹿言うなよ。儲けにならねーよ」
「じゃあ六割。門を開ける方法教えてあげるわ。あれは特殊でね…実は魔術師が作ったの。知りたい?」
「はっ嘘だろ?魔術師なんて居るわきゃねーよ、こんな辺境に」
「…居るとしたら?」


「居るとしたら…それは俺の事であんたの息子だった奴だな。まあ、それも今この場で終わりだ」

 宿場町に転移し、人買いのねぐらを探した。金を出せば幾らでもぺらぺら教える奴らなんかゴロゴロ居るのだ。そう時間も掛けずに辿り着いた。

「人買い相手に楽しそうに故郷の襲撃の手伝いを申し出る女か。救いようが無いな、なあ母さん」

 宿場町の片隅には色々な地から娘が連れて来られる。借金の肩代わりとして売られたり、勿論自ら訪れる女も居る。その中には拐かされた娘も居るだろう。
 正直俺には全く関係の無い話で助けてやろうとは思っていない。そんな境遇の者はこの世に五万と居るのだ。助け出す事など不可能だ。

 だが、今目の前に居るのは俺の妻だ。目と口を布で塞がれ手足を縛られ、汚い地面に転がされている。

 よくも…俺のレシェを…

「…残念だよ」
「……リル。何で解ったの?でもね、聞いて?これは貴方の輝かしい未来の為なの。本当に貴方の為よ?王都の学校で勉強しましょう!貴方は優秀だもの、もっと凄い魔術が使える様になるわ!そしたら王宮魔術師に成れるし爵位だって…」
「ふっふふ。気長な話だな。それに随分嘘が上手いんだな…俺を連れて行きたいのは王都じゃなくて伯爵家だろ?」
「! ああもう…そんな事まであの人話したの?馬鹿ね!」

 俺は肩で笑いながら懐から宝石を取り出し、汚い地面にパラパラと撒いてやった。

「え?何これ!ルビー?エメラルド?サファイアまである!しかも大きい!!」

 這いつくばる様にしてその宝石を拾い上げる乳母。その姿は地面の虫をついばむ猿の様だ。

「それは俺が作った物だ。そこら辺にある岩から生成した。つまり幾らでも作れる。この意味が解るか?」
「な!なぜ黙ってたのよ!こんな事出来るなら…」

 転がった大粒のルビーをガリッとブーツで踏みにじる。雨続きで室内にも泥水が流れ込み木製の足場は劣悪だ。

「ちょっと!足退けて!ルビーよ!傷が付くわっ」

 俺の足を退かそうと掴み掛かる乳母の顔に引いた足を振り子に戻したブーツの爪先でガンッと一発蹴りを入れた。これはレシェの分だ。ブヒッと仰向けにひっくり返る乳母はまるでヒキガエル…俺にとってもう人ではない。

「あんたに宝石を渡しに来たとでも?勘違いするんじゃない!…レシェを俺から引き離そうとしたな?本気でそんな事が出来ると思ったのか?俺は…魔術師だぞ!」
「が…がおを…へ、けるなんて…りる!」
「…信じていた…あんたを…乳を吸わせた子を売る筈ないってな。だが幻想だった。腹を痛めて産んだ実の母でも俺を捨てるんだ…そりゃ、有り得るよな」
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