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第二章 あなたとの誓い
ファーストダンスとセカンドダンス
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まるでザザッと言う音が聞こえるような、人の視線が一箇所に集まる。慣れているのだろう。大公を先頭に、正妻と長男の公爵子息が歩いて会場の前方へ向かって歩いて行く。
道が割れ許可が無い限り近寄る事も話かけることも無い。そんな勇者は恐らく王族だけだろう。その後を緊張した面持ちのカサナロ子爵が続き、ラシェルとハルトが若干呆けた顔をしながら付いて行く。
「あらまあ、凄いわねー! 人が一杯過ぎて誰が誰かわからないわー。名前書いた布でも胸に付けといてくれないかしらぁ」
「…母さま。怖くないんですか?」
「何が?」
「きっと僕たちカサナロ家は歓迎されてないでしょう。これから嫌味や妬みを言われるかと思うと逃げ出したくなります。胃が痛い」
「まあ、そうかも知れないわね。公爵家と縁を繋ぎたい貴族なんて溢れてるもの。しかも相手が下級の子爵の子…でもね、皆んな分かってないわ」
「何を…ですか?」
「そこに 『 愛がある 』と言うことよ!」
「へ?」
「許された愛があるんだもの。何も怖くないわぁ。お仕事だけじゃないのよ。愛よ、愛!!愛し合ってるのよー!私達家族が一番応援しなくちゃ。だから私は平気よー。可愛いミリアーナの幸せの為だもの、どんと来いよ!」
「ふっ、母さまらしいですね」
二人は王都から遠く離れたカサナロではなかなか会えない。ダヤンは通常の勉学に加え、魔術の鍛錬もしている。婚約式までは時間が取れないとの事だった。
しかし見合いから一年間、ダヤンからミリアーナへ様々なプレゼントが引っ切り無しに届けられた。焼き菓子だったり、宝石のついた髪飾りだったり、綺麗なレースのリボンなんてのもあった。
更にドレスはダヤンがデザインした物で、王都のお針子が数人派遣され最終調整まで居てくれた。費用は全部公爵家持ちだ。
そして極め付けが魔道具だ。ダヤンが一から作ったと言うネックレスやイヤリング。バングルまで。付加価値の程はもう解らないがこの世に唯一ミリアーナだけの豪華な装飾品である事は間違い無かった。勿論文通も頻繁にしていたのだ。
ここまで来るともう、ラシェルが『愛』だなんだと言い出すのは無理な話ではない。
「だからハルトも考え込まないで、この際、ここで可愛くて優しくて賢くて、ふわふわな彼女見つけてみたら?母さま応援しちゃうから!」
「いやに具体的ですね。まあ、はい。出会いが有れば」
(じゃあ…腹をくくるか。取り敢えず今日を乗り切ろう)
愛しい家族の為に。
****
「ここに、我がマクロサーバス家次男ダヤン・マクロサーバスとカサナロ子爵長女ミリアーナ・カサナロの婚約を宣言する。尚、この婚約は正当なものであり、我がマクロサーバス家が管理する魔道契約書に署名することにより婚姻まで不変とする」
そう、声を発した大公が手を前にかざすと、何もない空間から分厚い一冊の大きな本が現れた。魔道契約書とは代々のマクロサーバス家の婚約、婚姻の契約が記載されたものらしい。
その本はゆっくりと設置された宣誓台の上に降り立った。独りでにパラパラと紙が捲れて、目的のページまで来ると止まる。真新しいインク壺を開けて侍従がペンをダヤンに恭しく差し出した。ダヤンはペンの尻についている針で指先を刺し、流れる血を一滴落とす。そして、ミリアーナに向かい同じ様に白い指先に針を刺した。
「ごめんな。痛くないようにしたから」
確かにミリアーナは痛さを感じなかった。麻痺の術でも使ったのだろう。二人の血液を入れたインク壺にペン先を浸し、ダヤンは自身の名前を書く。それからミリアーナにペンを渡し、同じように自分の名前を書かせた。
するとペンとインク壺はその場から掻き消え、二人が署名した魔道契約書がゆらりと浮き上がった。
「魔道契約書に署名が成された。婚約の儀は問題無く遂行された事を当代である私の名の元に宣言する」
大公がそう告げると分厚い本は緑色の炎に包まれ、後にはボンヤリと光を放つ。契約成立の合図であった。
ダヤンは宣言台から振り返り招待客に向けて声を発する。
「私、ダヤン・マクロサーバスは、この度ミリアーナ・カサナロ嬢を正妻として婚約致しました。これは私がミリアーナ嬢に一生の伴侶にと願った結果です。まだ未熟な身では有りますが誠心誠意尽くして行きたいと思います。皆さま、これから私達二人を宜しくご指導お願い致します」
と、挨拶をし、ミリアーナの右手を取り軽くキスをした。
「これにて婚約式を終了する。この後は各々歓談を楽しんでくれ」
その言葉を合図に、楽団の演奏が始まる。息の詰まる婚約式は終わり、会場内もホッと気の緩む気配に包まれた。
その後はゆっくりと人の流れが出来、公爵家に挨拶する人の波とカサナロ子爵に向かう波。そして、若い二人の少年と少女に向かう波が出来る。
おめでとうございますと祝福する言葉が降り注いだ。ダヤンはミリアーナから離れず、手を握り合っている為、悪意のある言葉を発する者はまだ居ない。
幾人かの令嬢が、女の子だけでお話を聞かせて下さいな、と二人を離そうとするが
「僕もなかなか彼女に会えないので出来るだけ側にいたいのです。申し訳有りません」
とやんわり断りを入れる始末。
なにしろ繋いだ手からはミリアーナのトロける魔力がじわじわとダヤンに流れて来ている。
一年間の鍛錬で、触れた所だけしか感じなかったミリアーナの魔力は少しづつだがダヤンにも流れて来るようになっていた。それが何と言うか、気持ちいい。素直に離れ難い。
暫く何人かと挨拶を交わす内にダンス曲が流れ出した。それを合図にダヤンは自身の妖精に向き合い繋いだ手を持ち上げ、優しく見つめてこう言った。
「さあ僕のミア、婚約者として初めてのダンスを踊ろう。楽しみだ」
ダヤンはミリアーナをホールの真ん中までエスコートし、スッと彼女の背中に手を充てがう。
身長差が既に頭二つ分は離れている為、念願の腰に手をやると屈まないと行けない。残念である。
「ミア、ダンスはあれから練習した?」
実はミリアーナは少しダンスが苦手だ。どうしてもステップがチョコチョコになってしまい、リズムが狂ってくる。頑張っているのだがなかなか改善されずシュンとなっていた。
その話を聞いたダヤンが、夜の魔力の鍛錬の後、練習相手をしてくれたのだ。少しずつゆっくりと足さばきと歩幅。ターンのタイミングなど丁寧に教えてくれた。
「はい。ようやく母さまから及第点を頂きました。ダヤン様が練習に付き合って下さらなかったら恥ずかしい思いをするとこでしたわ。本当にありがとうございました」
「俺以外の男とダンスとは言え、触れ合うのが嫌だからだよ」
「ふえっ?」
「なんてね」
「も、もうっ!」
激甘である。
ミリアーナとダヤンとファーストダンスを曲に合わせて踊り始めた。
二人は身長差はあれど調和しており、無理なくお互いを尊重しながら歩幅を合わせステップを踏み軽やかにターンをして踊る。お互い笑顔で初々しい恋人同士のダンスであった。
その陰で髪はこげ茶色で瞳がブルーの男がその姿をジッと見ていた。口元は何故か歪んでいる。二人がダンスを踊り切り、ホッと息をついた所で、何かに気付いたダヤンが懐から女性用のグローブを出し、早口で直ぐに付けるようにミリアーナに促す。言われるがままミリアーナは慌ててそれを付けた。割としっかりした布地の白いグローブで違和感を覚える。
そうこうする内、後ろからコツコツと靴音と共に一人の青年が近付いて来る。振り返ると、先程大公と共にいたマクロサーバス公爵次期当主である長男が微笑みながら話し掛けて来た。
「やあ、初めましてミリアーナ嬢。いや、義妹君。先程は挨拶も出来なかったからね。お話に来たよ?良かったら私ともダンスを踊ってもらえるかな?」
そう言うとスッと手を出して来る。
相手はマクロサーバスの小公爵。断れないし勿論断ってはいけない。手を差し出された。辞退する暇も無かった。
「兄上、まだセカンドダンスが終わってませんよ?僕は楽しみにしていたんです。漸く正式な婚約者になったのに」
そう言いながらミリアーナの前に嫌味なく体を図らす。貴族の間でのセカンドダンスの意味は周知の事だ。意中の相手や婚約者と踊るのが一般的である。それを分かって誘っているのだ。悪意が有ると見られても可笑しくは無い。
「ああ、済まないね。でもダンスを踊ったらもう引っ込んでしまいそうだから、早くしないと、と思ってね。勿論一曲踊れば解放するよ」
一瞬シン、とした空気が流れる。このユリオと言う男は引かないのだ。
「…ええ。そうですね。ではお待ちしますよ。でも、兄上。彼女は少し小さめだからちゃんとリードをお願いしますね。じゃあミリアーナ、後で迎えに来るよ」
そう言うとダヤンはミリアーナの左の頬をサラッと撫でて離れて行ってしまった。
ホールに音楽が流れ始めた為少し膝を折って挨拶をし、手を取りあってステップを踏む。
「そう言えばまだ名前も名乗っていなかったかな。私の名は知ってる?」
「はい、存じてますわ。小公爵のユリオ様」
「そう。良かった。ダヤンと同じ歳なんだって?ああ、第二王子の誕生日パーティーで知り合ったんだっけ?」
「はい、そうですわ。その…ぶつかってしまって。助け起こして頂いたんです。その時に…」
「へえ、あいつが人とぶつかる?そんな事あるんだ」
「え?」
「いや、なんでも無い。ところでこのネックレス随分魔術が濃いね。ダヤンが付けたの?いや、君の体から術の気配が至る所から発せられてる」
「あ、はい。頂いたんです。ダヤン様に。あの、そんなに分かるものなんですか?魔術って」
「鍛錬次第だね。君は感じないの?ああ、魔力が無いんだっけ?」
「あ、はい…家族は皆…」
「ふーん。よっぽpjwtdamjwd(wtp('」
「?」
「ptj/#jtgd&"tpndmj」
「あ…」
(イヤリングの防音?の術。なんか聞き取れない。と、言う事は悪口なんだ。それはそれで気になりますわ、ダヤン~様)
「あ、あの。わたくし別にダヤン様に何かしたとかじゃ有りません。わたくしの家族だって同じです。公爵家に取り入ろうとかそんな事を考えてませんよ?ただ、ダヤン様がわ、わ、わたくしを望んでくれただけです」
「まあ、そうかもね。まだ、子供だし。ゴッコ遊びを楽しみたいだけかも」
「はあ。でも、成約もしましたし…」
「当主なら覆せるよ。魔道契約書の正当な持主なら、ね。まあ、父上はどう言うつもりか分からないけど。でも、何の利にもならない事はなさらないから。だから気になるんだよ。君が何者なのか…ね」
「!」
「ふふふ、妖精みたいだね。肌が白くて艶々でふわふわしてて。もう少し育ったら…美味しくなるかな?」
そう言うとユリオはミリアーナの背中を服越しに下から上に撫で上げる。
(ひ──!助けてダヤン様───!!)
その時
バシンッと背中の手が弾かれた。
「──ッ ちっ、ダヤンの術か!」
ミリアーナが感じた優惧の念が魔石に伝わり防御の術を発動させたのだ。
「まあ、いい。だが覚えておいてね、ミリアーナ嬢。私はしつこいんだ。知りたがり、とも言う。あからさまにあいつと父上が何か隠している。じっくり探求させてもらうよ」
そう、ユリオが言い終えた時、セカンドダンスの曲が終わりを告げた。
道が割れ許可が無い限り近寄る事も話かけることも無い。そんな勇者は恐らく王族だけだろう。その後を緊張した面持ちのカサナロ子爵が続き、ラシェルとハルトが若干呆けた顔をしながら付いて行く。
「あらまあ、凄いわねー! 人が一杯過ぎて誰が誰かわからないわー。名前書いた布でも胸に付けといてくれないかしらぁ」
「…母さま。怖くないんですか?」
「何が?」
「きっと僕たちカサナロ家は歓迎されてないでしょう。これから嫌味や妬みを言われるかと思うと逃げ出したくなります。胃が痛い」
「まあ、そうかも知れないわね。公爵家と縁を繋ぎたい貴族なんて溢れてるもの。しかも相手が下級の子爵の子…でもね、皆んな分かってないわ」
「何を…ですか?」
「そこに 『 愛がある 』と言うことよ!」
「へ?」
「許された愛があるんだもの。何も怖くないわぁ。お仕事だけじゃないのよ。愛よ、愛!!愛し合ってるのよー!私達家族が一番応援しなくちゃ。だから私は平気よー。可愛いミリアーナの幸せの為だもの、どんと来いよ!」
「ふっ、母さまらしいですね」
二人は王都から遠く離れたカサナロではなかなか会えない。ダヤンは通常の勉学に加え、魔術の鍛錬もしている。婚約式までは時間が取れないとの事だった。
しかし見合いから一年間、ダヤンからミリアーナへ様々なプレゼントが引っ切り無しに届けられた。焼き菓子だったり、宝石のついた髪飾りだったり、綺麗なレースのリボンなんてのもあった。
更にドレスはダヤンがデザインした物で、王都のお針子が数人派遣され最終調整まで居てくれた。費用は全部公爵家持ちだ。
そして極め付けが魔道具だ。ダヤンが一から作ったと言うネックレスやイヤリング。バングルまで。付加価値の程はもう解らないがこの世に唯一ミリアーナだけの豪華な装飾品である事は間違い無かった。勿論文通も頻繁にしていたのだ。
ここまで来るともう、ラシェルが『愛』だなんだと言い出すのは無理な話ではない。
「だからハルトも考え込まないで、この際、ここで可愛くて優しくて賢くて、ふわふわな彼女見つけてみたら?母さま応援しちゃうから!」
「いやに具体的ですね。まあ、はい。出会いが有れば」
(じゃあ…腹をくくるか。取り敢えず今日を乗り切ろう)
愛しい家族の為に。
****
「ここに、我がマクロサーバス家次男ダヤン・マクロサーバスとカサナロ子爵長女ミリアーナ・カサナロの婚約を宣言する。尚、この婚約は正当なものであり、我がマクロサーバス家が管理する魔道契約書に署名することにより婚姻まで不変とする」
そう、声を発した大公が手を前にかざすと、何もない空間から分厚い一冊の大きな本が現れた。魔道契約書とは代々のマクロサーバス家の婚約、婚姻の契約が記載されたものらしい。
その本はゆっくりと設置された宣誓台の上に降り立った。独りでにパラパラと紙が捲れて、目的のページまで来ると止まる。真新しいインク壺を開けて侍従がペンをダヤンに恭しく差し出した。ダヤンはペンの尻についている針で指先を刺し、流れる血を一滴落とす。そして、ミリアーナに向かい同じ様に白い指先に針を刺した。
「ごめんな。痛くないようにしたから」
確かにミリアーナは痛さを感じなかった。麻痺の術でも使ったのだろう。二人の血液を入れたインク壺にペン先を浸し、ダヤンは自身の名前を書く。それからミリアーナにペンを渡し、同じように自分の名前を書かせた。
するとペンとインク壺はその場から掻き消え、二人が署名した魔道契約書がゆらりと浮き上がった。
「魔道契約書に署名が成された。婚約の儀は問題無く遂行された事を当代である私の名の元に宣言する」
大公がそう告げると分厚い本は緑色の炎に包まれ、後にはボンヤリと光を放つ。契約成立の合図であった。
ダヤンは宣言台から振り返り招待客に向けて声を発する。
「私、ダヤン・マクロサーバスは、この度ミリアーナ・カサナロ嬢を正妻として婚約致しました。これは私がミリアーナ嬢に一生の伴侶にと願った結果です。まだ未熟な身では有りますが誠心誠意尽くして行きたいと思います。皆さま、これから私達二人を宜しくご指導お願い致します」
と、挨拶をし、ミリアーナの右手を取り軽くキスをした。
「これにて婚約式を終了する。この後は各々歓談を楽しんでくれ」
その言葉を合図に、楽団の演奏が始まる。息の詰まる婚約式は終わり、会場内もホッと気の緩む気配に包まれた。
その後はゆっくりと人の流れが出来、公爵家に挨拶する人の波とカサナロ子爵に向かう波。そして、若い二人の少年と少女に向かう波が出来る。
おめでとうございますと祝福する言葉が降り注いだ。ダヤンはミリアーナから離れず、手を握り合っている為、悪意のある言葉を発する者はまだ居ない。
幾人かの令嬢が、女の子だけでお話を聞かせて下さいな、と二人を離そうとするが
「僕もなかなか彼女に会えないので出来るだけ側にいたいのです。申し訳有りません」
とやんわり断りを入れる始末。
なにしろ繋いだ手からはミリアーナのトロける魔力がじわじわとダヤンに流れて来ている。
一年間の鍛錬で、触れた所だけしか感じなかったミリアーナの魔力は少しづつだがダヤンにも流れて来るようになっていた。それが何と言うか、気持ちいい。素直に離れ難い。
暫く何人かと挨拶を交わす内にダンス曲が流れ出した。それを合図にダヤンは自身の妖精に向き合い繋いだ手を持ち上げ、優しく見つめてこう言った。
「さあ僕のミア、婚約者として初めてのダンスを踊ろう。楽しみだ」
ダヤンはミリアーナをホールの真ん中までエスコートし、スッと彼女の背中に手を充てがう。
身長差が既に頭二つ分は離れている為、念願の腰に手をやると屈まないと行けない。残念である。
「ミア、ダンスはあれから練習した?」
実はミリアーナは少しダンスが苦手だ。どうしてもステップがチョコチョコになってしまい、リズムが狂ってくる。頑張っているのだがなかなか改善されずシュンとなっていた。
その話を聞いたダヤンが、夜の魔力の鍛錬の後、練習相手をしてくれたのだ。少しずつゆっくりと足さばきと歩幅。ターンのタイミングなど丁寧に教えてくれた。
「はい。ようやく母さまから及第点を頂きました。ダヤン様が練習に付き合って下さらなかったら恥ずかしい思いをするとこでしたわ。本当にありがとうございました」
「俺以外の男とダンスとは言え、触れ合うのが嫌だからだよ」
「ふえっ?」
「なんてね」
「も、もうっ!」
激甘である。
ミリアーナとダヤンとファーストダンスを曲に合わせて踊り始めた。
二人は身長差はあれど調和しており、無理なくお互いを尊重しながら歩幅を合わせステップを踏み軽やかにターンをして踊る。お互い笑顔で初々しい恋人同士のダンスであった。
その陰で髪はこげ茶色で瞳がブルーの男がその姿をジッと見ていた。口元は何故か歪んでいる。二人がダンスを踊り切り、ホッと息をついた所で、何かに気付いたダヤンが懐から女性用のグローブを出し、早口で直ぐに付けるようにミリアーナに促す。言われるがままミリアーナは慌ててそれを付けた。割としっかりした布地の白いグローブで違和感を覚える。
そうこうする内、後ろからコツコツと靴音と共に一人の青年が近付いて来る。振り返ると、先程大公と共にいたマクロサーバス公爵次期当主である長男が微笑みながら話し掛けて来た。
「やあ、初めましてミリアーナ嬢。いや、義妹君。先程は挨拶も出来なかったからね。お話に来たよ?良かったら私ともダンスを踊ってもらえるかな?」
そう言うとスッと手を出して来る。
相手はマクロサーバスの小公爵。断れないし勿論断ってはいけない。手を差し出された。辞退する暇も無かった。
「兄上、まだセカンドダンスが終わってませんよ?僕は楽しみにしていたんです。漸く正式な婚約者になったのに」
そう言いながらミリアーナの前に嫌味なく体を図らす。貴族の間でのセカンドダンスの意味は周知の事だ。意中の相手や婚約者と踊るのが一般的である。それを分かって誘っているのだ。悪意が有ると見られても可笑しくは無い。
「ああ、済まないね。でもダンスを踊ったらもう引っ込んでしまいそうだから、早くしないと、と思ってね。勿論一曲踊れば解放するよ」
一瞬シン、とした空気が流れる。このユリオと言う男は引かないのだ。
「…ええ。そうですね。ではお待ちしますよ。でも、兄上。彼女は少し小さめだからちゃんとリードをお願いしますね。じゃあミリアーナ、後で迎えに来るよ」
そう言うとダヤンはミリアーナの左の頬をサラッと撫でて離れて行ってしまった。
ホールに音楽が流れ始めた為少し膝を折って挨拶をし、手を取りあってステップを踏む。
「そう言えばまだ名前も名乗っていなかったかな。私の名は知ってる?」
「はい、存じてますわ。小公爵のユリオ様」
「そう。良かった。ダヤンと同じ歳なんだって?ああ、第二王子の誕生日パーティーで知り合ったんだっけ?」
「はい、そうですわ。その…ぶつかってしまって。助け起こして頂いたんです。その時に…」
「へえ、あいつが人とぶつかる?そんな事あるんだ」
「え?」
「いや、なんでも無い。ところでこのネックレス随分魔術が濃いね。ダヤンが付けたの?いや、君の体から術の気配が至る所から発せられてる」
「あ、はい。頂いたんです。ダヤン様に。あの、そんなに分かるものなんですか?魔術って」
「鍛錬次第だね。君は感じないの?ああ、魔力が無いんだっけ?」
「あ、はい…家族は皆…」
「ふーん。よっぽpjwtdamjwd(wtp('」
「?」
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「あ…」
(イヤリングの防音?の術。なんか聞き取れない。と、言う事は悪口なんだ。それはそれで気になりますわ、ダヤン~様)
「あ、あの。わたくし別にダヤン様に何かしたとかじゃ有りません。わたくしの家族だって同じです。公爵家に取り入ろうとかそんな事を考えてませんよ?ただ、ダヤン様がわ、わ、わたくしを望んでくれただけです」
「まあ、そうかもね。まだ、子供だし。ゴッコ遊びを楽しみたいだけかも」
「はあ。でも、成約もしましたし…」
「当主なら覆せるよ。魔道契約書の正当な持主なら、ね。まあ、父上はどう言うつもりか分からないけど。でも、何の利にもならない事はなさらないから。だから気になるんだよ。君が何者なのか…ね」
「!」
「ふふふ、妖精みたいだね。肌が白くて艶々でふわふわしてて。もう少し育ったら…美味しくなるかな?」
そう言うとユリオはミリアーナの背中を服越しに下から上に撫で上げる。
(ひ──!助けてダヤン様───!!)
その時
バシンッと背中の手が弾かれた。
「──ッ ちっ、ダヤンの術か!」
ミリアーナが感じた優惧の念が魔石に伝わり防御の術を発動させたのだ。
「まあ、いい。だが覚えておいてね、ミリアーナ嬢。私はしつこいんだ。知りたがり、とも言う。あからさまにあいつと父上が何か隠している。じっくり探求させてもらうよ」
そう、ユリオが言い終えた時、セカンドダンスの曲が終わりを告げた。
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