モーリ・メアの物語

とある老人

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第1章

モーリ・メアという少年

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-ファーモ王国。魔法が当たり前のように使用される世界で、より高度な魔法が発達していると言われ、北部に位置する国である。ここでは、様々な人々が魔法によって豊かに暮らしていた。
ファーモ王国の首都レヴィより少し離れた場所に、代々、優秀な魔法使いを輩出することで知られているメア家の屋敷があった。大きな庭には色とりどりの花が一年中を通して咲き乱れ、華やかさを演出している。そんな屋敷の小さな部屋で少年モーリ・メアは魔法の授業に備えて黙々と準備をしていた。


(今日から魔法に関する授業が始まる・・・。魔法学校に入学するにはあと2年あるけど)
僕はちらりと壁に書かれた魔法カレンダーをみる。魔法カレンダーには数字の18は赤いインクで●と描かれている。魔法カレンダーはあらかじめ書き込まれた予定やその日の終わりに自動的に印がつけられる仕組みとなっている。(ただでさえ、「出来損ない」の僕は頑張って勉強をしないと・・・)
ほっぺたをぺちっと両手でたたき、気を引き締める。そのとき、コンコンと部屋のドアがたたかれた。その音に、慌てて僕は立ち上がり、ドアを開ける。ドアを開けると、中年らしい女性が立っていた。小さなめがねを鼻にかけ、神を頭のてっぺんで団子にして結わえている。目は細く、そして刃物のように鋭い。何もかもを見透かすような瞳で僕を見つめていた。
「アルフォンス先生ですか。初めまして。モーリ・メアです」
僕は、手を胸に当て、左足を少し引き、軽く会釈をする。貴族として、当然の作法である。「アルフォンス先生」と呼ばれた女性はめがねをくいっとあげ、何かを見極めるような瞳で見下ろした。年のせいか少し皺のある口元を重く開いた。
「さすがに、『出来損ない』といわれど、貴族として最低限の作法は身につけていますね」
『出来損ない』という言葉に僕は苦笑する。反論をしないのはそれが事実であり、自身も納得せざるを得ないからだ。そんな僕の様子にアルフォンス先生はあきれたのか、「ふう」とため息をついた。
「・・・ですが、メア家のご子息として最低限の教養と知識を身につけなければなりません。特に魔法に関しては厳しく教えます」
「はい」
にっこりと微笑むと僕は早速勉強机に向かい、椅子に座った。机にはメア家の家紋「鷲」が彫られている。メア家のあらゆるところに設置されている家具にはかならずこの家紋が彫られる。
僕は事前に買ってもらった本の教科書とノートを開いた。その様子をアルフォンス先生はじっと見つめ、口を開いた。
「よろしい。ただ、勘違いされる前に言っておきますが」
「はい、先生」
「私は今後、場合によってはあなたを『出来損ない』と呼ぶことはないと思いなさい」
「・・・えっ?」
僕は驚き、アルフォンス先生を見た。
「先ほど、『出来損ない』と言われて何の反論もしませんでしたね」
「は、い・・・。それは・・・、当然のことですので・・・」
所々詰まりながら言う僕に、アルフォンス先生はさらに追い打ちをかけるように、はあっとため息をついた。
「・・・今後は私の授業を受けるのです。私が教えるからには2度と『出来損ない』と言わせません。魔法の才能はなくとも、知識でもってそれを補いなさい」
「・・・はい!!」
(この人は僕を軽蔑しない・・・!!)
散々父親から言われていた『出来損ない』という言葉・・・。これが僕の中で大きな引っかかりとなって、どうしても自分はダメなんだという意識から逃れられなかった。しかし、アルフォンス先生の言葉でその引っかかりは小さくなったように感じる。
(そうだ、知識で補うんだ・・・)
「よろしくお願いします!!」
力強く言った僕にアルフォンス先生はようやく納得したかのようにうなずいた。
「では、魔法に関する基本的な知識から」
そういって参考書の1ページを開き、授業が始まった。
「まず、魔力とは何か、分かりますか?」
「はい、魔法を発動する際に使用するエネルギーで、そのエネルギーの量を魔力量と呼ばれます。魔力は生まれながらに誰もがもっているエネルギーです。そして、その魔力量は人によって異なり、魔力量によって、魔法段階というランク付けがされます。」
「ほう」という声がアルフォンス先生からの口から漏れる。
「よく予習されているようですね。ですが、魔力の量だけで魔法階級が決まるとは限りません。では、さらに魔法についての基礎的な知識を確かめましょう。魔法を発動する際に必要なことは?」
「はい。通常、魔法は〈詠唱〉というものを必要とします。〈詠唱〉の際には、魔法語、つまり〈ラーへ〉と呼ばれるもの、そして神を信仰することが不可欠となります」
「そうですね。ここでラーへ文字について見てみましょうか。」

「この赤い文字がラーへ文字です。アルファベットに対応するラーへ文字を使用します。たとえば、「燃えろ」でしたらBRNの三つのアルファベットに対応させたラーへを用います。このラーへ文字とは先人たちが長い時間をかけて、魔法を発動させるために開発しました。現在ではこの〈ラーへ〉がなければ、魔法を発動することが出来ません」
アルフォンス先生は突然、人差し指を立て空中でくるくるっと回した。
「【文字よ、現れろ】(LAPR)」
空中にはラーへ文字がゆらゆらと現れた。
(すごい、一瞬で)
「このラーへ文字を用いて〈ラーへ〉を唱え、魔法を発動します。頭の中で使用したい魔法の〈ラーへ〉を思い浮かべ詠唱しますが、その際に自分がしたい動作や表したい現象、映像をイメージします。そして、忘れてはならないのが・・・」
「神への信仰心、ですね」
「そう通り。ただし、例外はありますが・・・。その前になぜ、〈詠唱〉、〈ラーへ〉と信仰心が必要になったのか、その歴史を確認しましょう。次のページを開きなさい」
宙に浮くラーへ文字に見とれていた僕は、慌てて参考書のページをめくった。
「そこに一つの古より伝わる逸話がありますね。では、モーリさん、読みなさい」
「は、はい」
僕は一語一句間違えないように慎重に読み始めた。


-遙か昔、人々は朝、神に一日を無事に過ごせるよう祈り、昼には様々な作物を耕作したり、狩猟をしたり、夜になったら神に祈りながら作物を捧げ、感謝しながら眠りについた。それは決して、楽な生活ではなかったが実に豊かに暮らしていた。ある日神は人々の信仰心に対する褒美として〈魔法〉という力を人々に授けた。その力はあらゆる作物をみるみるうちに実らせ、あらゆる富を生みだした。その力は万能で、不死の薬を生み出す者もいれば、命の水を生み出すものや黄金を無限に生み出すものもいた。あっという間にその力で人々の生活は豊かになり、同時に神への信仰心は薄れていった。しばらくたった頃、神は人々が信仰する心を忘れ、捧げ物をしなくなったことに対して大層お怒りになり、人々から〈魔法〉を奪ってしまった。不死の薬はみるみるうちに腐ってしまいただの泥水に、命の水は枯れ果て黄金はただの石になってしまった。人々は慌てて神に許しを請うた。神は少し考え、こう言った。
「そこまで言うのであれば、あなたたちから奪った〈魔法〉を返そう。ただし、今から返す〈魔法〉の力を以前のように使うことはできない。そして、信仰心を忘れてはならない」
そういうと神は天高く昇り、二度と人々の前に現れることはなかった。人々は以前のようにうまく〈魔法〉を使用することは出来ず、困り果ててしまった。


僕が読み終わるとアルフォンス先生は宙に浮いている文字を指で動かした。
「このことから、我々の祖先はなんとか魔法を使用できないかと様々な研究を行いました。その結果、〈ラーへ〉というものが完成され、魔法を発動する際は信仰心が必要となったのです。」
「・・・そして、〈ラーへ〉を使用するには詠唱が必要である、と」
「その通り。しかしながら、神が与えた制限とはこれだけではありません。」
アルフォンス先生は文字を操り、宙に文章を書いた。

『魔法を発動する際の制限』
*同じ魔法を永遠に使用しつづけることはできない。(魔力を完全に制限することが不可能であるため)
*「死」「生」「永遠」。この三つを創造する、あるいはコントロールすることはできない。
*必ず「ラーへ」を唱えるか、「ラーへ」を文字化することが必要である。
*一度使用した魔法を無効にすることはできない。(対抗することは可能)

「〈ラーへ〉についてはいいとして、その他の制限はこの通りです。特に、四つ目の一度使用した魔法を無効にすることはできない、ということですが・・・」
アルフォンス先生は両手をかざし、再び〈詠唱〉を行った。
「【炎よ、燃えろ】(FBRN)【水よ、留まれ】(WSAD)」
アルフォンス先生の右手には水の玉がゆらゆらと留まり、左手には炎がメラメラと燃えている。心なしか、水の玉が小さい。
「いま、魔力を調整し、水を小さくしました。」
その瞬間、アルフォンス先生はパン、と両手を合わせ、ゆっくりと両手を離した。先生の右手には炎がメラメラと残っていたが、水の玉は跡形もなく消えてしまった。
「このように、通常では炎属性の魔法は水属性の魔法を打ち消すことは出来ませんが、魔力量の多い魔法をぶつけることで、魔力量の少ない魔法を打ち消すことが出来ます。」
そう言い終え、再度パン、と手をたたくと、炎が消えてしまった。僕は驚いて椅子から思い切り立ち上がった。そう、魔法を無効化することは出来ない。おそらく、アルフォンス先生は今、「無詠唱」で水の魔法を別の魔法で打ち消したのだ。
「先生は、無詠唱で魔法を・・・!?」
「ええ、私はランク5の魔法使いですから」
「ランク・・・5・・」
「なるほど、さすがにその程度の知識もあるようですね。では授業がてら、確認しましょうか。この世界には魔法階級というものがありますね」
「はい!段階は5段階に分けられており、ランク5は無詠唱で魔法を唱えることが出来、この世に7人しかないと言われています。彼らは”大魔法師”と呼ばれています。つ、つまり、先生もそのうちの一人かと。・・・あ、いや、厳密には口で詠唱することは必要ないだけで、〈ラーへ〉をイメージすることは必要ですが」
「そうです。続けなさい。」
「特に同時に複数の属性を発動することは至難の技ですが、彼らはそれを可能にします。ランク4以下は口答での詠唱が必要となります。またランク4は4つの魔法属性を、ランク3は3つまでの属性を同時に発動できます。ランク2は魔法を発動できるものの短く〈ラーへ〉を発音することしか出来ないため、魔法を発動させるのに段階が必要になります。例えば「水よ、留まれ」だったら、「水」と詠唱して発現させてから、「留まれ」と詠唱し、状態を維持します。」
「・・・・そして、ランク1は?」
僕はぐっと顔をうつむき、言葉を詰まらせる。
「・・・ランク1は、口答で詠唱しても魔法を発動させることは出来ません。この魔法のノートを使用し、文字などで書き記す事でようやく魔法を発動させることが出来ます」
そう、これこそが僕が『出来損ない』である理由である。通常であれば、ランク3までは習得可能レベル、レベル4が優秀レベルである。そして、そんな僕は-。
「僕のようなランク1は、このノートなしではこの世界では生活できません・・・。」
そう。僕はランク1。この世界は、資本主義ではあるものの、その実、重要なことは魔法階級である。どれだけ資産があっても、魔法階級が低くては話にならない。特に、メア家のような代々ランク4の魔法使いを輩出しているこの家では、僕のような人間は『出来損ない』と言われて当然なのだ。それに、首都では大きな噂となっている。両親ともにランク4の血筋から、ランク1のような不良品が生まれることはない、と。きっと産婆が自身の子供とわざと取り替えたのだ、と。それでも、父が僕を捨てない理由は母の顔と養子が僕と酷似しているからであろう。さらに、髪の色はメア家代々に伝わるユニコーンのたてがみのように美しい金色、瞳の色は美しいブルーサファイアの色であるからだ。僕の容姿だけが僕がメア家長男であり、実子であることを証明している。
(ああ、きっと呆れているだろうー)
ちらりと、アルフォンス先生に目をやると、彼女はまっすぐに僕を見つめた。その瞳はすべてを見透かす、というより、暖かく包み込むような優しいものであった。
「ですから、私が来たのです。」
僕にはそのとき、その言葉の本当の意味を理解できていなかった。僕がその意味を理解する時間もなく、彼女は再び参考書に目を向けてしまった。
「話が逸れましたね。では、次に魔法の種類、系統および属性について学習します。」
「はい。」
再び参考書の下部を見ると、種類、系統と属性についての説明が記されていた。
「まずは、魔法の系統と属性について説明しましょう。系統は”空間系”、”時間系”、”精神系”、”物理系”の4つがあります。さらに属性についてですが、これは先ほど見せた”炎”や”水”さらには”光”、”闇”など様々にあります。系統に関しては基本4つですが、属性に関しては日々研究により、より多くの属性が開発されているのです。
さて・・・。」
一息つくと、アルフォンス先生は何かを考えるように、ゆっくりと目を閉じ、数秒黙った。そしてふっと目を開くと、再び口を開いた。
「〈白魔法〉と〈黒魔法〉について理解する必要がありますね。魔法には2つの種類があります。それが〈白魔法〉と〈黒魔法〉です。〈白魔法〉とは一般的に使用されるものであり、先ほど述べたように制限がありますが、通常、使用する分には問題ありません。しかし、〈黒魔法〉、これだけは要注意です。」
アルフォンス先生は再び、人差し指を宙で3回くるくると回した。宙には赤い文字で〈黒魔法〉と現れている。
「〈黒魔法〉・・・?」
僕はこくん、と首をかしげた。書斎である程度、魔法に関する本を読んだことあるが、〈黒魔法〉など聞いたことがない。
「まあ、知らないのも無理はありません。通常であれば、初等部で学ぶことですから。
-〈黒魔法〉、それはすなわち、この世界では禁忌とされている魔法です。かつて神に魔法を奪われた人々は深く反省し、その身にあった魔法のみを使用することで自身の罪を償おうとしました。しかし、中には奪われる以前の、自由に魔法を使用できた生活を忘れられない人々がいたのです。その者たちは恐ろしいほどに魔法への研究にのめり込み、禁忌とされる魔法を数々生み出してきました」
「禁忌・・・・」
「それが、その参考書にあるとおり、”信仰がなくとも魔法を発動できるもの”、最後に”制限を無視して魔法を使用できるもの””人を冒涜するもの”。大きく分けてこの3つになります。」
「あ、あの先生・・・」
「なんです?」
僕は恐る恐る、慎重に言葉を選びながら発言した。
「最後の”人を冒涜するもの”、これに関しては一体どのようなものがあるか分かりませんが、これだけは禁忌とされていることには納得できます。ですが、」
「ですが、信仰と制限がないことに関して、さらに使用の幅が広がり、皆が平等に使えるのであれば禁忌にするほどではない、と?」
「はい」
先生の返答に、不安ながら、しかし、力強くうなずいた。
(僕だけではない、この使用が認められれば、どれだけ多くの人々が救われるか。)
様々な制限がなければ、さらなる魔法の発展が期待される。それだけではない。もしこの制限がなければ、多くの人々を救えるきっかけになるかもしれないのだ。しかし、その淡い期待は先生の氷のように冷たい声によって無残にも否定されることとなる。
「本当に、なんの”制限”もなしにこの魔法が使えると思っているのですか。」
「えっ」
ぴしゃん、と参考書を閉じ、僕の顔を見つめた。有無を言わさない、そんな雰囲気が彼女の周りを漂う。
「いいですか。魔法とは何の制限もなしに使用することは出来ません。もし、出来るとするならば、何かを犠牲にしなくてはなりません。それも、大きなエネルギーを」
コツコツ、と先生は部屋の中を歩き始めた。
「-かつて、私の生徒で〈黒魔法〉に心を奪われてしまった生徒がいました。彼もランク1の生徒でした。その生徒は、ランク1の自分を恥じ、日々の生活を〈黒魔法〉に捧げ、研究をしていたのです。ある冬の日、一つの〈黒魔法〉を発動させ、小さな白い花を、魔法の制限なしに咲かせることが出来ました。・・・しかし、その数時間後、彼はなくなったのです。」
しん、と部屋の空気が先生の気持ちを汲むように静まった。無理もない、生徒が〈黒魔法〉に没頭したあげく、命を落としたのだから。
「これで〈黒魔法〉を使用してはいけない理由が分かったでしょう。そうです、〈黒魔法〉は魔力量に関係なく、生命エネルギーを使用することで魔法を発動するのです。そのため、〈黒魔法〉を長く使用し続ける、より多くのエネルギーを使用し続けることで短命になり、若くして亡くなる例が多くなりました。現在ではこれらが〈黒魔法〉と呼ばれ、発動を禁止されています。さらに、発動した際には、魔法管理庁から決して軽くはない刑罰を与えられます。」
再び、先生の瞳はまっすぐに僕の顔を捕らえる。
「いいですね。決して、〈黒魔法〉に心を奪われてはなりませんよ。それが導くのは”死”のみです。」
先生は手を僕の方に乗せ、そっとなでた。まるで、我が子を愛おしく思うように、そして、どこにも行かないようにー。
「いいですね、〈黒魔法〉に興味を持ってはなりませんよ。」
僕は黙ってうなずく。何か言葉を発することが出来なかった。そうすることが、この場ではなんの意味もなさないと、どこかそう感じたからである。
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