再開の浜辺

羽上帆樽

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第5章 Mittwoch

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 都市は箱庭のようだが、一人で歩くには広大だ。だから、どの辺りを探すのか、最初に決めておこうと思った。とはいっても、ゾネがどのような考えに基づいて行動しているのか、エアデには分からない。だからまずは駅に行って、その周辺を探してみようと思った。駅の周辺には人が多く住むから、そこにならいるかもしれないといった、原始的な考え方に基づいた結果だった。

 大通りを左に進む。時刻は午後十一時半。外に出ている者はいない。当然、自動車も走っていない。街は静まり返っていて、けれどそれは、日中と大して変わらなかった。彼が学校に通っていない間、ずっと見てきた街の姿だ。

 街の機構は、どれも消費するエネルギーが最小限になるように設計されている。街灯は基本的に設置されていないが、なぜか数本だけ設置されているエリアが存在する。そうした場所では、人が接近した場合にのみ点灯するようになっている。大通りにも、街灯が立っている一帯があって、エアデがそこを通ると、眩い光が彼を照らした。そのエリアを通り過ぎて後ろを振り返ると、街灯の光は消えていた。

 前方に以前訪れたスーパーマーケットが見えてくる。この店は、基本的にいつでも開いている。店員が必要ないから、ずっと開けたままでも問題はない。ただ、商品の入荷とその日の売上をチェックする時間が設けられているようで、エアデがその前を通り過ぎたとき、数人の業者が建物の中に入っていくのが見えた。もうすぐ日付けが変わるから、それまでに済ませる決まりになっているのかもしれない。

 駅に到着した。

 それほど広大な敷地ではないが、ちょっとした広場のような空間だった。駅というのは、もちろん電車が停まる場所だ。しかし電車は、かつてとは仕様が違っていた。個人が自動車を所有して、毎回エネルギーを消費して移動するよりも、一度設備を完成させて、多くの人間を一度に運んだ方が効率が良いと判断されたのか、電車を支える設備は大幅な梃入れが行われたらしい。電気で動いていることに違いはないが、外部から電気が常時供給されるという形で動いているのではない。現代では、電車は走行する際に生み出されるエネルギーと、走行によって消費されるエネルギーの量が、限りなく等しくなるように設計されている。要するに、理論上は半永久的に動く機構であり、これは技術革命に近いものとして、世界的に認知されているらしかった(この国が独自で開発したという意味ではない)。つい先日学校で学んだことなので、エアデはそれを知っていた。

 広場には、薄い金属板で作られた、赤い木のモニュメントが立ち並んでいる。エネルギー的な側面を考えれば、明らかに必要のないものだが、どれほど危機的状況に陥っても、人間の美的感心がゼロになることはない。だから、こうしたモニュメントの一部は残り続ける。建物のデザインだって、未だに効率だけを考慮した形にはなっていない。そこには必ず、何らかの美術的な要素が加えられている。

「それにしても、広い所だな」

 なんとなく抱いた感想を、エアデは呟く。

 ここに来たのは初めてではなかったが、暫く訪れていなかったから、新しい街に足を踏み入れたような気持ちになった。普段目にするのは、立ち並ぶ建物と、その間を這う道路くらいだから、こんなふうに何もなく平坦な場所が、彼には珍しかった。丘の上にあるあの公園も、開けた場所には違いないが、ここまで広大な敷地ではない。完全に平な土地になっているというのも、解放感を感じさせる一つの要因だろう。

 駅の周辺には囲むように建物が立っている。どれもマンションで、けれど、エアデが住んでいるのとは規模が違うものばかりだった。窓に明かりが灯っていないことは共通している。皆、同じ世界で暮らす住民であることに違いはなかった。

 広場の中心に至り、エアデはそこで立ち止まる。

 正面に駅の改札口があり、その背後に巨大なマンションが立っていた。まるで彼を覆うように、建物の群れは強い圧迫感を放っている。

 ここのどこかになら、ゾネがいてもおかしくはないような気がした。彼女はほかの誰かを探すと言っていたが、それが本当なのかは分からない。けれど、今はほかに頼れる情報がなかった。もし彼女が今戦っているのなら、上空に光の軌跡が見えると思って、エアデは上を向いてみたが、そんなものはどこにも見つからなかった。

 地上からでは観測できない、もっと高い所に、彼女がいる可能性もなくはない。

 むしろ、その可能性の方が高いように思える。

 あの少女は、優しい。

 彼には見えない所で、一人で戦おうとすることも容易に想像できた。

 でも、エアデは、彼女を探したいと思った。

 そうだ。

 それは、彼の望みでしかない。

 事実の考慮を無視した、彼の自分勝手な願望にすぎない。

 考えられる可能性はいくらでもある。

 それでも、何かしていないと気が済まなかった。

 稚拙な考えだと、自分でもそう思った。

 それでも、彼女を見つけるために、彼は歩き出す。

 そう決意して一歩を踏み出したとき、背後から声をかけられて、エアデは今動かしたばかりの足を止めた。

「何か、お手伝いできることはありますか?」

 エアデはゆっくりと後ろを振り返る。こんな時間に、こんな場所で、誰かから声をかけられるとは思っていなかったから、自然と慎重になってしまった。

 彼の背後には、人が一人立っていた。しかし、中性的な見た目をしていて、性別がどちらか分からない。髪はそれなりに長く、でも短いような気もして、茶色い毛に一部緑色のメッシュが入っている。シャツにジーンズという、如何にも一般人という出で立ちで、彼もしくは彼女は、笑顔でエアデのことを見つめていた。

「えっと……」エアデは声を漏らす。

「私は、ヴェルト・アルです」流暢な発音で、その人物は言った。「何かお困りでしたら、お助け致します」

 彼もしくは彼女にそう言われて、エアデは少し戸惑う。なぜ自分に声をかけてきたのか、分からなかったからだ。

 しかしすぐに、その人物が彼の疑問に答えてくれた。

「私は、駅の案内役をしている者です。お手伝いできることがありましたら、お申しつけ下さい」

「駅の、案内役?」

「ええ、そうです」その人物は頷き、少し頭を下げた。「何なりと、お申しつけ下さい」
 駅にそんな者がいるとは思っていなかったから、エアデはさらに困惑した。

「この時間帯にここへ訪れるお客様は、そうはいらっしゃいません」ヴェルト・アルは言った。「お困りのようでしたので、声をかけさせて頂きました」

 エアデは何も言えない。

 そんな彼を、ヴェルト・アルは真っ直ぐ見つめる。

「人探しですね?」

 突然そう言われて、エアデは緊張した。

「……え?」

「誰をお探しですか?」

 エアデは正面の人物を見つめ返す。彼もしくは彼女は、表情を窺わせない目で、エアデのことをじっと見つめていた。

「プライバシーの侵害に当たるようなことは、致しません。個人情報が、外部に漏れることはありません」

「君は、どうして僕を助けようとしてくれるんだ?」

「どうして、という問い答えることはできませんが、そうですね、困っている人がいたら、理由の如何に関わらず助けるようにと命令されたからでしょうか」

 エアデは一度落ち着き、彼もしくは彼女をゆっくりと眺めた。

「君は、もしかして……」

「はい。私は、駅の案内役を務める、ロボットです」

 求めていた答えを先に言われて、エアデは納得した。

 こうしたロボットは、町中でもときどき見かける。けれど、本当にときどきだ。維持費がかかるからというのがその理由だが、維持費がかからない躯体というのも存在する。それは、電車と同じように、自ら発電し、それに見合った行動しかしないものを指す。

「誰を、お探しですか?」

 少し迷ったが、エアデは正直に打ち明けることにした。

「ゾネという、女の子なんだけど……」

「女性ですね」ヴェルト・アルは頷いた。「容姿に、どのような特徴がありますか?」

 問われて、エアデは沈黙する。

「個人情報が、外部に漏れることはありません。お客様に関連するデータは、問題の解決後、確実に削除されます」

「……背中に、翼が生えている」

 エアデがそう言うと、ヴェルト・アルは一度瞬きをした。

「翼?」彼もしくは彼女は、ゆっくりと首を傾げた。「翼というのは、空を飛ぶために用いる、羽の集合体のことですか?」

「そうだ」

 一瞬の間があったが、ヴェルト・アルは頷いた。

「了解しました。ほかに、どのような特徴がありますか?」

「特徴と言われても……」エアデは考える。「あまり、覚えていないから……」

「服装は?」

「あ、そう。服は、水色のワンピースを着ている」

 彼女のその姿がよく似合っていたから、エアデはそれを覚えていた。

 ヴェルト・アルは、データを照合すると言って、駅のデータベースに無線で接続した。データベースは、外部から接続があった場合にのみ、電源が入るようになっている。通信による電波そのものを機動力にするといった、夢のようなシステムだとヴェルト・アルは説明した。一通り照合が終わると、彼もしくは彼女は、二十四時間以内に何件かの目撃情報があることをエアデに報告した。

「目撃情報って、誰かに見られているってことか?」

「人間の認識については不明ですが、駅のシステムが捕捉したことが、データベース内に記録されています。不都合なデータでしたら、私の内に一時的に保存しておく形で、データベース内のデータは削除しますが、如何いたしますか?」

「じゃあ、それで」エアデは即答した。「……そのデータが、駅を管理している人たちに見られたとか、そういうことはない?」

 エアデの質問を受けて、ヴェルト・アルは応答する。

「現在は、まだ午前零時に至っていないので、ありません」彼もしくは彼女は答えた。「その作業は、午前零時十五分から行われることになっています」

 偶然なのか、奇跡なのか、とにかく間に合ったことに安堵して、エアデは息を漏らした。

 ヴェルト・アルのあとについて、エアデは歩いた。彼もしくは彼女(今後は、便宜上、ヴェルト・アルの代名詞は「彼女」とすることにしよう)は、エアデの捜索を手伝ってくれた。駅での仕事はどうするのかと尋ねると、基本的にこの時間に訪れる者はいないから大丈夫だと、彼女は答えた。

「それなら、どうして、あの場所にいたんだ?」エアデは気になって質問する。

 彼がそう尋ねると、ヴェルト・アルは彼を見て、少しだけ笑った。

「どうしてだと思いますか?」

「え? いや、どうしてって……」

 エアデは沈黙する。

「考えても分からないことがあることを、知っていますか?」ヴェルト・アルは言った。「人間の生活は、様々な思考によって下支えされていますが、中にはそうした思考が適用できない場面もあります。しかしながら、そうした状況下においても、人間は思考というツールに縋ろうとします。それは、人間の内部に存在する構造的な問題といって良いでしょう」

「……よく、分からないけど」

「貴方は、なぜ、彼女を探すのですか?」

「え?」

「別れたことには、貴方に原因があるのではありませんか?」

 エアデはまた沈黙する。

「一度別れた者と、もう一度面会しようとするのは、合理的な行動とはいえません。別れる決断をする前に、別れたあとの自分がどのような心境になるのか、想像しておくべきでした。違いますか?」

 ヴェルト・アルの指摘を受けて、エアデは暫くの間黙り込む。

「……違わないけど、でも……」

「でも?」

「いや……」

 ヴェルト・アルは、エアデの考えや返答を、予め予測して話している。エアデにもそれはなんとなく分かった。おそらく、統計的なデータに基づいて、人間の行動や思考を予測できるのだろう。

「君は、彼女のことを知っているのか?」

 もしかするとと思って、エアデはヴェルト・アルに質問した。

「いえ、私は何も知りません」彼女は答える。「知っているのは、貴方だけです」

 ときどきヴェルト・アルのデータに頼りながら、二人は駅の周辺を散策した。ゾネの目撃情報は、極めて瞬間的なもので、だから、そのデータだけを当てにすることはできない。推測をしながら進まなくてはならず、その過程は、エアデとヴェルト・アルの協議によって、決定づけることになった。彼女がそう提案したからだ。エアデには、その手段が合理的なのか、またどれほど効率的なのか分からなかったが、少なくとも、自分よりは彼女の方が判断力に優れていると思って、結果的に彼女に頼りっぱなしになってしまった。

 それは、ゾネのときもそうだったから、少しだけ気が滅入った。

「この周辺に、目撃情報に一致する生体反応はありませんね」周囲を見渡しながら、ヴェルト・アルは言った。「彼女は、おそらく人間ではないのでしょう。ですから、人間との差を考慮して、特異な反応から探すことは可能ですが、その反応はありません」

「空にも、いないか?」

「いません」彼女は首を振った。「ただし、高度のある上空には通信素子が存在しないので、地上の場合と比べて、精度は劣ります」

 すべてを当たったわけではないが、ヴェルト・アルの判断に任せて、二人はほかの場所を探すことにした。彼女が次に提案した捜索場所は、近場の川だった。

 駅があるエリアを抜けて、二人は大通りを真っ直ぐ進む。

 誰もいない、人気のない夜の街。

 二人分の足音が、こつこつと、建物の硬質な壁面に反射して、木霊した。

「……ヴェルト・アルは、明かりを灯す方法を、知っているか?」

 移動を始めて、ずっと沈黙していた二人の間に、エアデは自ら言葉を生じさせた。

「Komm, mein Licht」彼の問いを受けて、彼女は答えた。「一世紀ほど前から、人間が用いるようになった、自らの寿命を明かりを灯すエネルギーに変換させる方法のことですね」

 彼女の回答が適切だったから、エアデは頷いた。

「それが、どうかしましたか?」それ以上何も言わない彼に、ヴェルト・アルは尋ねる。

「僕には、それができないんだ」エアデは答えた。「……学校に通っていなくて、できるようになれなかった」

 ヴェルト・アルは、器用に首を回転させて、言った。

「それは、稀なケースですね」

 彼女の言葉を聞いて、エアデは頷く。

「彼女はさ、それを僕に教えようとしてくれていたんだ」エアデは話した。「でも、できないからって、僕は感情的になって……。……それで、彼女はいなくなってしまったんだ」

「どうして、彼女が、それを貴方に教えるのですか?」

 ヴェルト・アルに問われ、エアデはどう答えようかと考える。

「機密事項ですか?」

「うん、まあ……」

 大通りを左に曲がる。そちらにもマンションはずっと連なっていた。

「きっと、彼女なりの優しさだったんだと思う」エアデは言った。「僕の傍から離れるのが、僕のためになるだろうって、そう考えたんだ。そのときの僕が、それを望んでいたのは間違いない。でも……」

「いなくなってから、気がついたのですね」

 エアデは静かに頷く。

「それでは、遅いでしょう」

 エアデはもう一度頷いた。

 ヴェルト・アルが言ったように、自分がその行動をとった結果、どうなるのか、もう少し考えておくべきだったと、エアデは思った。いや、彼はそこまで考えていたのだ。考えていたのに、それが現実になるまで、それがどういうことかきちんと理解していなかった。だから、彼女が消えてからようやく分かった。でも、それでは遅い。ヴェルト・アルの指摘は的確で、だからこそエアデは何も言い返せなかった。

「貴方は、どうしたいのですか?」ヴェルト・アルは彼に尋ねる。

「彼女を、見つけたい」

「それから?」

「それから……」エアデは歩きながら考える。「……自分と一緒にいてほしいって、頼むのがいいのかな」

「どうやって、頼みますか?」

「え?」エアデは彼女を見る。「どうやってって、どういうこと?」

「そこまで考えておいた方がいいでしょう」ヴェルト・アルは言った。「説得力のある説明が欲しいところです。何せ、貴方の我儘で、彼女は貴方のもとを離れてしまったのですから。過去の自分を覆すくらいの説明が必要です。彼女がいくら優しくても、それくらいのことをしなければ、償えないのではありませんか?」

 ゾネは突然エアデの前に姿を現して、そして、彼に自分のすべきことを手伝ってほしいと頼んだ。そういう意味では、彼女は自分勝手だったともいえる。けれどエアデは、彼女のそんな行為を自分勝手だとは思っていなかった。それはたぶん、ゾネにそうやって助けを求められたことが嬉しかったからだ。今ならそれが分かった。彼は、自分の傍にいてくれる誰かを求めていたのだ。そして、その他者を手に入れた。それが、ゾネが現れて決定的に変わったことだった。

「……どうやって、頼んだらいいのかな」

 何も思いつかなくて、エアデは思わずそう呟く。自分で考えるよりも先に他者に助けを求めてしまうのは、彼の悪い癖だった。たぶん、ゾネはそうではない。きちんと考えたうえで彼に助けを求めたのだ。

「プロポーズをするというのは、如何ですか?」

 唐突に、ヴェルト・アルはそう言った。

 下を向いていた顔を上げて、エアデは隣を歩く少女を見る。

 彼女もこちらを見ていた。

 ロボットの彼女は、彼を操作するように、悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。

「……それ、本気?」

 苦笑いをして尋ねたエアデに、ヴェルト・アルは頷いて返す。

「もちろんです」彼女は答えた。「先ほど言ったでしょう。それくらいの説得力なければいけないと」

「いや、プロポーズって……。……なんで、そんなことするんだよ」

「説得力を持たせるためです」

「現実味がなくて、逆に説得力がないよ」

「貴方は、彼女が好きなのではありませんか?」

 急に無表情になって、ヴェルト・アルはエアデに尋ねる。彼女の態度が急に変わったから、エアデは驚いてしまった。

「好きって……」エアデは視線を泳がせる。「……いや、好きって、何だ?」

「好きは、好きです。人間が抱く、一つの感情です」

「いや、別に、僕は、好きとかそういうのじゃなくて……」

 ヴェルト・アルは人差し指をぴんと立てる。その仕草が、明かりを灯すそれと同じように見えたから、エアデには一瞬、彼女が人間のように思えた。

「好きに種類はありません。一度いなくなった彼女を、もう一度探そうとした貴方の行動がすべてを物語っています。それは、好きという感情の表れではありませんか? いえ、事の発端はもっと前からだったかもしれません。彼女と出会ったときから、そうした感情を抱いていたのではありませんか?」

「いや、そんな……」言葉を続けようと思ったが、エアデの口は上手く動かなかった。

「説得力を持たせるためには、恥ずかしがっていてはいけません」ヴェルト・アルは言った。「威勢よく、大きな声で、はっきりと告げる必要があります」

「なんで、僕がポロポーズする前提で話が進んでいるんだ?」

「好きと言われて、嬉しくない人はいません」エアデの質問を無視して、彼女は話を続けた。「これは、統計的なデータが示す事実です。信憑性はそれなりにあるといえます」

 自信満々に話すヴェルト・アルを見て、エアデは短く溜め息を吐いた。

「……それが、君のアドバイスか?」

「アドバイスではなく、提案です」

「どう違うんだ?」

「合理的な考察の結果導き出された打開案を、示しているということです」

「根拠があるって言いたいんだな」

「ええ、そうです」

 エアデは正面に顔を戻す。

「……もし、失敗したらどうするんだ?」

「失敗は失敗です。それはそのまま認めなくてはいけません」

「責任はとってくれないのか?」

「私は提案しただけです。実行に移すのは、貴方です」

「都合のいいロボットだな」

「ロボットは、人間に作られたものですから」彼女は澄ました顔で言った。「人間の性質を受け継いでいるのでしょう」

 十分ほど歩き続けて、間もなく川に到着した。あまり規模は大きくない、けれどいずれ海へと繋がる川だ。幅は広くなく、橋一つで向こう岸まで移動できる。水面は濁っているように見えたが、近づけばよく澄んでいるのが分かった。所々に岩の表面が露出していて、その上を経由して向こうまで渡ることもできそうだった。

 ヴェルト・アルの技術に頼って、二人は川の周囲を捜索した。人の気配はもともとないから、特定の個人を探すのは、駅のときよりも簡単だと彼女は説明したが、二十分ほど経っても何の成果も得られなかった。

「全然、見つからないな……」川の中央にある岩の上に立って、エアデは言った。「いったい、どこに行っちゃったんだ」

「弱音ですか?」彼の背後に立つヴェルト・アルが尋ねる。

「いや、そういうわけじゃないけどさ……。………見つけられるのか、心配になってきた」

「心境の変化が早すぎます」

「別に、諦めたわけじゃないよ」彼は言い訳をするような口調で言った。「ただ、こう……、自分の力のなさを、思い知らされたというか……」

「私と比較するのは得策ではありません」ヴェルト・アルは話した。「人間と機械では差がありすぎます。しかしそれは、言い方を変えれば、人間と機械では得意分野が異なるということでもあります。機械には機械の得意分野があり、人間には人間の得意分野があるということです」

 エアデはその場でしゃがみ込み、流れる水に自身の手を浸す。

「得意分野って……。……僕には、君みたいに効率良く人を探すことなんてできないよ」

「機械のそれは、統計的なデータに基づいています」ヴェルト・アルはすぐに反応する。「あとは、物理学的な索敵の応用でしょうか」

「僕に、そんな能力なんてない」

「人間には、ほかの方法を用いることができるのではありませんか?」

「ほかの方法って?」

 エアデが後ろを向くと、ヴェルト・アルはまた人差し指を立てて、得意気な顔で答えた。

「ずばり、勘です」

 彼女の答えを聞いて、エアデは少しの間沈黙する。

 川のせせらぎが聞こえる。

 溜め息を吐いて、彼は正面に顔を戻した。

「……そんなものを頼りにしていたら、日が暮れちゃうよ」

「日などどこにあるというのですか?」

「比喩さ」

「言葉には、歴史があるのですね」

 エアデは立ち上がり、大きく伸びをする。

「まあ、でも……」隣の岩の上に飛び移ると、彼はヴェルト・アルの方を振り返って言った。「そういうのも、悪くはないかもな」

「勘が、ですか?」

「そう」

「私には、真似できないことです」

「僕と、君の力を合わせれば、できることが広がるって言いたいんだろ?」

 エアデの言葉を聞いて、ヴェルト・アルは嬉しそうに頷く。

「その通りです」

 というわけで、その後は、ヴェルト・アルに頼りっぱなしにするのではなく、ときどきエアデも自分の意見を述べながら、ゾネを探すことになった。自分の意見といっても、それは単なる勘でしかない。考えようによっては、勘もデータを基にした一種の思考だといえる。ただし、それは機械の思考よりも展開速度が著しく速い。人間は、まだ自分たちを超える知性を生み出すまでには至っていない。

 川の下流方向に進んで、街の片隅にある塔の上まで来たとき、エアデの足は止まった。

 前方を歩く彼の反応を見て、ヴェルト・アルも立ち止まる。

「どうかしましたか?」

 傍までやってきて、彼女は彼に問いかけた。

 エアデは上空を眺めている。

 塔の周囲には螺旋階段が巻き付くように巡らされ、そのさらに上に円形の展望スペースが設けられている。

 高度はあまりない。しかし、地上にいるよりは、そこは空に近かった。

「……来る」

 顔を上に向けたまま、エアデは呟く。

 その言葉に反応するように、ヴェルト・アルが警告した。

「……こちらの方向に、複数の熱源が接近しつつあります」彼女は言った。「……エアデさん、危険です」

 エアデは振り返る。

「どうしたらいい?」

「いえ、この速さだと……」次の瞬間、ヴェルト・アルは大きな声を出した。「エアデさん、伏せて下さい!」

 しかし、彼女の指示は、現実に対抗するには、幾分遅かった。

 エアデが最初に感じたのは、肌が焼けるような熱さだった。それは燃え盛る炎のように迸り、エネルギーを凝縮させたような勢いですべてを焼き尽くす。

 目の前に巨大な噴煙が上がった。

 そして、轟音。

 ヴェルト・アルが身を挺してエアデを庇う。

 煙が晴れ、ヴェルト・アルが彼を押さえ込む腕を緩めたとき、エアデが目にしたものは、橙色の光の渦だった。

「……ゾネ」

 太陽の意志はどこまでも強く、大地の思慕は限りなく尊い。
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