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第2話 修飾の詩
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少年が少女と出会ったのは、二人が小学校に入学したときのことだった。入学式のとき、出席番号の順番で隣に座ったのが、たまたま彼女だったのだ。そして、二人は時間を経るに連れて親密度を増した。非常に簡単に言ってしまえば、二人は友達になった。
しかし、自分たちの関係は、本当に友達と呼ぶべきものだろうかと、少年はときどき考える。けれど、友達でないとしても、それが何なのかは分からない。
二人の関係を表しうるように思える言葉は、いくつか見つかる。
しかし、それらを自分たちに当て嵌めるのは、少し違うようにも思える。
人間も動物には違いないから、スケールを広げて見れば、自分と彼女の関係もそうした内の一つだろうという予感は、少年の中にもあった。けれど、そうだとしても、自分はその関係を構成する一方の主体で、相手はもう一方の主体だから、そんなふうに、客観的に自分たちの関係を分析することに意味はない。それよりも、自分たちがどうあるべきかを主観的に考えた方が建設的であることは間違いないだろう。
と、いうようなことを、少年は久し振りに考える。しかし、その些細な思慮の欠片は、秋の冷たい風に浚われて、すぐに彼の頭から消えてしまった。
「そういえば、文化祭、何やるの?」少女が尋ねてきた。
少年は読んでいた本から少しだけ顔を上げて、答える。
「喫茶店」
「え? メイド喫茶?」
「そんな感じ」
「え?」
「何?」
「もしかして、君もメイドになるとか?」
「ならない」
「ええ……」そう言って、少女は座ったまま前方に身体を傾ける。「君のエプロン姿、見てみたかったかも……」
「見れば?」
「どうやって?」
「お願いするとか」
「お願いしたら、着てくれるの?」
「たぶん、着ない」
「だろうなあ……」
普通に本から顔を上げて、少年は隣に座る少女を見る。唐突に真顔に戻って、彼女はまたクッキーを食べていた。少女が思い出したようにタッパーを差し出してきたから、少年もまた一枚を取って食べる。
地球が太陽の周りを回っている影響で、空はすでに陰り始めている。それに伴って、気温も大分下がりつつあった。二人とも、背後に建つマンションに住んでいるから、帰ろうと思えばいつでも帰られる。しかし、もうしばらくはここにいるだろう。日々の積み重ねから平均を導出して、少年はそう結論づける。
「来年は受験生だね……」少女が呟いた。大抵の場合、会話は彼女の方から始められる。
「そうなの?」少年は応じる。
「そうじゃん」
「受験生とは?」
「え?」少女は首を傾げたみたいだった。「受験生は、受験生だよ。大学に入れてもらうために、勉強する学生のこと」
「君は大学に行くの?」
「もちろん、行くつもりだけど」少女は怪訝そうな顔をする。「もしかして、君は行かないの?」
「どうだろう」
「どうだろうって……。まだ、決めてないの?」
「決めたって仕方がない」
「どうして?」
「未来のことなんて、どうなるか分からない」
「そうだけど、どうにかするために、決めるんでしょう?」
「それでも、どうにもならないことの方が多い。少なくとも、僕の場合はそうだ」
「そうなの?」
「そう」
クッキーの破砕音。
混ざり合い、溶け合って、どちらが発したものか分からない。
「うーん、まあ、そんな気がしないでもないかも……」少女がまた呟く。
「思い当る節がありそうだね」
「うーん、あるような、ないような……」
「大学に行くとしたら、どんな学部を受けるつもり?」少年は質問する。
「うーん……」三度目の唸り声を上げてから、少女は答えた。「文系だから、文学部とか?」
「文系なの?」
「うん、文系」
「文系とは?」
「うーん……、理系の反対?」
「それでは、理系とは?」
「たぶん、文系の反対」
「それじゃあ駄目だ」少年は少し笑って言った。「生と死の関係と同じ」
「どうして、生と死の関係?」
「どちらかを定義するためには、どちらかを定義する必要があるけど、どちらかを定義するためには、どちらかを定義しなくてはならないから」
少年がそう答えると、少女は彼の顔をじっと見つめた。少年は本を読んでいるので、彼女の具体的な表情は分からなかったが、不思議なもので、見つめられていることだけはなんとなく分かった。
「君ってさ、たまに変なことを言うよね」少女が言った。
「そうかな」
「うん、そう」少女は頷く。「やっぱり、頭がいいんだなって思う」
「よくないよ」
「私よりはいいと思うよ」
「どういう基準で言っているの?」
「ほら、そういうところとか」少女は言った。「普通、そういう方向に発想しないから」
風。
触れられていた手が一度離され、少年は条件反射でそちらを見る。
水筒からお茶を飲むために、少女は手を離したようだ。
その一連の行為が済んだあとで、もう一度触れられる。
熱。
「頭がいいと言えば」少女がまた口を利いた。「この前、うちのクラスに転校してきた子、知ってる?」
「転校してきた?」
「そう。女の子」
「知らないな」
「もうね、すっごく頭がいいんだよ」
「へえ」
「それこそ、徳川家康もびっくりするくらい」
「君の基準の方が分からないよ」少年は言った。
しかし、自分たちの関係は、本当に友達と呼ぶべきものだろうかと、少年はときどき考える。けれど、友達でないとしても、それが何なのかは分からない。
二人の関係を表しうるように思える言葉は、いくつか見つかる。
しかし、それらを自分たちに当て嵌めるのは、少し違うようにも思える。
人間も動物には違いないから、スケールを広げて見れば、自分と彼女の関係もそうした内の一つだろうという予感は、少年の中にもあった。けれど、そうだとしても、自分はその関係を構成する一方の主体で、相手はもう一方の主体だから、そんなふうに、客観的に自分たちの関係を分析することに意味はない。それよりも、自分たちがどうあるべきかを主観的に考えた方が建設的であることは間違いないだろう。
と、いうようなことを、少年は久し振りに考える。しかし、その些細な思慮の欠片は、秋の冷たい風に浚われて、すぐに彼の頭から消えてしまった。
「そういえば、文化祭、何やるの?」少女が尋ねてきた。
少年は読んでいた本から少しだけ顔を上げて、答える。
「喫茶店」
「え? メイド喫茶?」
「そんな感じ」
「え?」
「何?」
「もしかして、君もメイドになるとか?」
「ならない」
「ええ……」そう言って、少女は座ったまま前方に身体を傾ける。「君のエプロン姿、見てみたかったかも……」
「見れば?」
「どうやって?」
「お願いするとか」
「お願いしたら、着てくれるの?」
「たぶん、着ない」
「だろうなあ……」
普通に本から顔を上げて、少年は隣に座る少女を見る。唐突に真顔に戻って、彼女はまたクッキーを食べていた。少女が思い出したようにタッパーを差し出してきたから、少年もまた一枚を取って食べる。
地球が太陽の周りを回っている影響で、空はすでに陰り始めている。それに伴って、気温も大分下がりつつあった。二人とも、背後に建つマンションに住んでいるから、帰ろうと思えばいつでも帰られる。しかし、もうしばらくはここにいるだろう。日々の積み重ねから平均を導出して、少年はそう結論づける。
「来年は受験生だね……」少女が呟いた。大抵の場合、会話は彼女の方から始められる。
「そうなの?」少年は応じる。
「そうじゃん」
「受験生とは?」
「え?」少女は首を傾げたみたいだった。「受験生は、受験生だよ。大学に入れてもらうために、勉強する学生のこと」
「君は大学に行くの?」
「もちろん、行くつもりだけど」少女は怪訝そうな顔をする。「もしかして、君は行かないの?」
「どうだろう」
「どうだろうって……。まだ、決めてないの?」
「決めたって仕方がない」
「どうして?」
「未来のことなんて、どうなるか分からない」
「そうだけど、どうにかするために、決めるんでしょう?」
「それでも、どうにもならないことの方が多い。少なくとも、僕の場合はそうだ」
「そうなの?」
「そう」
クッキーの破砕音。
混ざり合い、溶け合って、どちらが発したものか分からない。
「うーん、まあ、そんな気がしないでもないかも……」少女がまた呟く。
「思い当る節がありそうだね」
「うーん、あるような、ないような……」
「大学に行くとしたら、どんな学部を受けるつもり?」少年は質問する。
「うーん……」三度目の唸り声を上げてから、少女は答えた。「文系だから、文学部とか?」
「文系なの?」
「うん、文系」
「文系とは?」
「うーん……、理系の反対?」
「それでは、理系とは?」
「たぶん、文系の反対」
「それじゃあ駄目だ」少年は少し笑って言った。「生と死の関係と同じ」
「どうして、生と死の関係?」
「どちらかを定義するためには、どちらかを定義する必要があるけど、どちらかを定義するためには、どちらかを定義しなくてはならないから」
少年がそう答えると、少女は彼の顔をじっと見つめた。少年は本を読んでいるので、彼女の具体的な表情は分からなかったが、不思議なもので、見つめられていることだけはなんとなく分かった。
「君ってさ、たまに変なことを言うよね」少女が言った。
「そうかな」
「うん、そう」少女は頷く。「やっぱり、頭がいいんだなって思う」
「よくないよ」
「私よりはいいと思うよ」
「どういう基準で言っているの?」
「ほら、そういうところとか」少女は言った。「普通、そういう方向に発想しないから」
風。
触れられていた手が一度離され、少年は条件反射でそちらを見る。
水筒からお茶を飲むために、少女は手を離したようだ。
その一連の行為が済んだあとで、もう一度触れられる。
熱。
「頭がいいと言えば」少女がまた口を利いた。「この前、うちのクラスに転校してきた子、知ってる?」
「転校してきた?」
「そう。女の子」
「知らないな」
「もうね、すっごく頭がいいんだよ」
「へえ」
「それこそ、徳川家康もびっくりするくらい」
「君の基準の方が分からないよ」少年は言った。
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