4 / 5
第4話 停滞の意
しおりを挟む
文化祭が終了して、定期試験の季節になった。この試験が終われば冬休みに入る。以前出た、旅行が云々という話が実現されるとしたら、こうした休暇中になるだろうが、二人の会話は大抵の場合空想の域を出ないので、実現されることはないかもしれないと少年は考えていた。
試験の二日目。学校はその影響で午前で授業が終わる。閑散とした教室で昼食をとってから、少年は中庭へと向かった。
もう冬と呼んで差し支えない季節だから、外は想像していた以上に寒かった。一応、コートを羽織っているが、それでも寒いものは寒い。外に出ないのが最も賢明であるように思える。もっとも、彼はもともと外に出るのが好きではなかった。部屋で何でも解決できるなら、ずっと室内にいたいと思う。その内、学校に通う必要もなくなるのではないか。
今は水を流していない噴水の縁に座っていると、向こうから少女が駆けてきた。七十パーセントほどの確率で転ぶものと思われたが、今日は三十パーセント側だったようで、彼女は無事に少年のもとへと辿り着いた。
「お待たせ」少女が言った。「待った?」
「少し」
「ごめんごめん。試験でやらかしちゃってさ」少女は上着を整えて、彼の隣に座る。
「何?」
「テスト用紙に、名前を書き忘れちゃった」
「ふうん」
「あまり驚かないね」
「想像の範囲内」
校舎の中も、外も、今はしんとしている。二人が黙るとより一層静けさが増した。普通なら部活動で賑わうはずだが、試験期間中は中止される決まりになっている。
暫く、黙った。
二人とも。
そうしている内に、校舎の方から女子生徒が一人出てくるのが見えた。
彼女は、こちらに近づいてくる。
明らかに二人を視認できる距離まで近づくと、彼女は一度その場に立ち止まって、静かに頭を下げた。それから再び歩くのを再開し、最終的に二人の傍に到着した。
「お待たせしました」いつも通りの荘厳な身のこなしで、女性が言った。
「うん」少年は応える。
「あれ? 待ったよって、言わないの?」少女が指摘する。
「待っていないから」少年は応じた。
「定期試験はどうでしたか?」二人を見下ろして、女性が言った。「私は、おそらく問題ないと思われます。学習した成果を存分に発揮できたと自負しています。学年順位で、上位五位以内は間違いないでしょう。このまま成績を維持すれば、大学への推薦入学は確実です」
「それは良かった」少年は客観的評価を述べる。
「貴方はどうでしたか?」
「まだ返ってきていないから、分からない」
暫くの間、女性はじっと彼を見つめていたが、やがて少女の隣に腰を下ろした。円形の噴水の縁に、三人並んで座る格好になる。もしここに映画関係のカメラマンがいたら、どのような構図で撮影するのだろうかと少年は想像した。
「久し振りだね」そう言って、少女が女性に抱きついた。「元気してた?」
「三日前にもお会いしたと思います」女性は応える。「元気ではありました」
「三日も空いたら、もう、充分、久し振りだよ」
「そうですか」
「うん、そうそう」
「三日あれば、英単語を二千程度は覚えられそうです。そのような努力はしましたか?」
「うーん、したけど、さすがに二千は無理だったかな……」少女は女性を抱き締めたまま左右に揺れる。「その十分の一、いや、百分の一くらいなら……」
「貴方は、どの程度英単語を覚えていますか?」そう言って、女性は少年に顔を向ける。
「数えたことがないから、分からない」彼は前方を見たまま答えた。
「ねえ、今度さ、三人でお買い物しようよ」少女が話題を変える。「私ね、欲しいネイルがあるんだ。ちょっと高くて、だからバイト頑張ってお金貯めたの。付き合ってよ」
「私は構いませんが」女性が応じる。
「君は?」少女は少年に尋ねた。
「さあ……」彼は応答する。少年はいつの間にか鞄の中から本を取り出して、それを読んでいた。「まあ、少しくらいならいいけどね……」
「そのネイルというのは、どのくらいするものなのですか?」女性が尋ねた。
「うーんとね、確か、三千円ちょっとだったと思う……」少女は答える。「でもね、何種類か色があって、迷ってるの。だから意見を聞きたいなと思って」
「サンプルか何か、お持ちですか?」
「写真ならあるよ。見る?」
「ええ」
そう言って、少女は携帯電話を操作して女性に画像を見せる。
本を読みながら、少年は、電池式のラジオと、手回し発電式のラジオの、それぞれのメリット、およびデメリットについて考えていた。手回し発電式のものは、その構造の分サイズが大きくなるから、電池式のものに比べれば持ち運びが少々大変になる。しかし、今のところ持ち運ぶ必要性はないから、総合的なコストを考えれば、後者の方が良いだろうか。
試験の二日目。学校はその影響で午前で授業が終わる。閑散とした教室で昼食をとってから、少年は中庭へと向かった。
もう冬と呼んで差し支えない季節だから、外は想像していた以上に寒かった。一応、コートを羽織っているが、それでも寒いものは寒い。外に出ないのが最も賢明であるように思える。もっとも、彼はもともと外に出るのが好きではなかった。部屋で何でも解決できるなら、ずっと室内にいたいと思う。その内、学校に通う必要もなくなるのではないか。
今は水を流していない噴水の縁に座っていると、向こうから少女が駆けてきた。七十パーセントほどの確率で転ぶものと思われたが、今日は三十パーセント側だったようで、彼女は無事に少年のもとへと辿り着いた。
「お待たせ」少女が言った。「待った?」
「少し」
「ごめんごめん。試験でやらかしちゃってさ」少女は上着を整えて、彼の隣に座る。
「何?」
「テスト用紙に、名前を書き忘れちゃった」
「ふうん」
「あまり驚かないね」
「想像の範囲内」
校舎の中も、外も、今はしんとしている。二人が黙るとより一層静けさが増した。普通なら部活動で賑わうはずだが、試験期間中は中止される決まりになっている。
暫く、黙った。
二人とも。
そうしている内に、校舎の方から女子生徒が一人出てくるのが見えた。
彼女は、こちらに近づいてくる。
明らかに二人を視認できる距離まで近づくと、彼女は一度その場に立ち止まって、静かに頭を下げた。それから再び歩くのを再開し、最終的に二人の傍に到着した。
「お待たせしました」いつも通りの荘厳な身のこなしで、女性が言った。
「うん」少年は応える。
「あれ? 待ったよって、言わないの?」少女が指摘する。
「待っていないから」少年は応じた。
「定期試験はどうでしたか?」二人を見下ろして、女性が言った。「私は、おそらく問題ないと思われます。学習した成果を存分に発揮できたと自負しています。学年順位で、上位五位以内は間違いないでしょう。このまま成績を維持すれば、大学への推薦入学は確実です」
「それは良かった」少年は客観的評価を述べる。
「貴方はどうでしたか?」
「まだ返ってきていないから、分からない」
暫くの間、女性はじっと彼を見つめていたが、やがて少女の隣に腰を下ろした。円形の噴水の縁に、三人並んで座る格好になる。もしここに映画関係のカメラマンがいたら、どのような構図で撮影するのだろうかと少年は想像した。
「久し振りだね」そう言って、少女が女性に抱きついた。「元気してた?」
「三日前にもお会いしたと思います」女性は応える。「元気ではありました」
「三日も空いたら、もう、充分、久し振りだよ」
「そうですか」
「うん、そうそう」
「三日あれば、英単語を二千程度は覚えられそうです。そのような努力はしましたか?」
「うーん、したけど、さすがに二千は無理だったかな……」少女は女性を抱き締めたまま左右に揺れる。「その十分の一、いや、百分の一くらいなら……」
「貴方は、どの程度英単語を覚えていますか?」そう言って、女性は少年に顔を向ける。
「数えたことがないから、分からない」彼は前方を見たまま答えた。
「ねえ、今度さ、三人でお買い物しようよ」少女が話題を変える。「私ね、欲しいネイルがあるんだ。ちょっと高くて、だからバイト頑張ってお金貯めたの。付き合ってよ」
「私は構いませんが」女性が応じる。
「君は?」少女は少年に尋ねた。
「さあ……」彼は応答する。少年はいつの間にか鞄の中から本を取り出して、それを読んでいた。「まあ、少しくらいならいいけどね……」
「そのネイルというのは、どのくらいするものなのですか?」女性が尋ねた。
「うーんとね、確か、三千円ちょっとだったと思う……」少女は答える。「でもね、何種類か色があって、迷ってるの。だから意見を聞きたいなと思って」
「サンプルか何か、お持ちですか?」
「写真ならあるよ。見る?」
「ええ」
そう言って、少女は携帯電話を操作して女性に画像を見せる。
本を読みながら、少年は、電池式のラジオと、手回し発電式のラジオの、それぞれのメリット、およびデメリットについて考えていた。手回し発電式のものは、その構造の分サイズが大きくなるから、電池式のものに比べれば持ち運びが少々大変になる。しかし、今のところ持ち運ぶ必要性はないから、総合的なコストを考えれば、後者の方が良いだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる