付く枝と見つ

彼方灯火

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第16部 shi

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 暫くの間、シロップは地面に横になっていた。背中に濡れた感触が残留している。口もとに液体が乾いた感覚が累積していた。真っ暗で、しかし、星が浮かんでいる空が見える。先ほどルンルンが落下してきた光景がフラッシュバックして、胃液が少量溢れ出た。腹部が余計に痛む。今度は、空に浮かぶ星が落ちてきそうに思えて、怖かった。

 感情とは裏腹に、感覚は比較的安定していた。痛みに敏感で、ほかの感覚が麻痺していると言った方が正しいかもしれない。風の音は聞こえるのに、涼しさは感じない。

 腹部に手を伸ばしてみると、血液が凝固して、傷口は塞がっているみたいだった。ただ、起き上がろうとすると痛むから、横になったままでいることしかできなかった。

「大丈夫?」

 と、頭上から声。

 視線を垂直からやや鋭角にして、視界の端にずらす。

 ルンルンがこちらを覗き込んでいた。

 シロップは小さく頷く。

 怪我をして横になっているというのに、ルンルンは容赦なく身体の上に覆い被さってくる。シロップは抵抗しないで、彼女の背中にそっと腕を回した。体温が伝わってくるのを感じる。流出した体液の分冷えていた身体が、それで幾分温まるような気がした。気がするだけで、身体の芯は寒気を感じている。

「ごめんね」と、耳もとでルンルンが言った。

 シロップは彼女の背を撫でる。

「もう、いいよ」

「面白かった?」

「そんなわけない」シロップは憮然とした態度を装って話す。「凄く痛い」

「私も、そんなふうに感じてみたいな」

「感じられないの?」

「分からない」ルンルンは呟く。「でも、私は、何一つ、怪我してないから」

 すぐ傍に、壊れたブランコの残骸が散らばっている。遊具をこんなふうに扱ったら、大人たちから散々小言を言われるだろう。一方で、子どもからは何も言われないのではないか、という気がした。むしろ、壊れた部品を集めて、別の遊具を作ろうと考えるのではないか。

「気持ちがいい」ルンルンが言った。

「何が?」

「こうしていると」

「私、怪我してるんだよ」シロップは言った。「しかも、貴女のせいで」

「謝ったじゃん」

「謝って済むレベルじゃないよ」

「でも、私のこと、許そうとしてるでしょ?」

 シロップは答えなかった。

 沈黙は肯定と捉えられただろうか。

「貴女は、楽しかったの?」シロップはきいた。

「うーん、どうかな」身体の上に乗ったまま、ルンルンは首を傾げる。

「これで楽しくないなんて言ったら、許さないから」

「でも、許そうとしてるでしょ?」

 片方の腕を持ち上げて、シロップはそれをルンルンの後頭部に持ってくる。そうして、掌を小さく上下させて、彼女の柔らかな髪を撫でた。
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