付く枝と見つ

彼方灯火

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第41部 hi

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 開くはずのない鋼鉄製の門を潜って、二人は学校の敷地に入った。門を潜るといっても、屈み込んだわけではない。持ち手を握って金属製のそれを引くと、低く鈍い音が響いた。持ち手は錆びていて、触ると剥げた塗料が紙のように手に付いた。

「取って」

 と言ってシロップが手を差し出すと、彼女の掌に付着した塗料をデスクが細い指先で取ってくれた。

 正面に職員用の入り口。

 左手にビオトープ。

 そして、その先に校庭が。

 足を踏み出せば、もう砂利の地面を踏んでいる。振り返ると、夜の街はなく、正面に顔を戻すと、澄み渡った空が広がっていた。暖かな空気が身体を包んでいる。

 デスクの姿はない。

 デスク?

 それは、誰だっただろう?

 広大な校庭には誰の姿もない。体育の授業のために引かれた石灰の白線が、風に飛ばされるのを静かに待っていた。しゃがみ込んで、シロップはその感触を確かめる。指紋の溝に浸透するように石灰が付着した。気持ちが悪くなって掌を払ったが、すでに感触は離れなくなっていた。

 さっき、誰かにそんな感触を取り払ってもらったのではなかったか?

 立ち上がって顔を正面に向けると、青色の上り棒が見えた。走ってその傍に向かう。可能な限り顔を上に向けても、頂上は太陽に邪魔されて見えない。やはり塗料が剥げかけている表面に手を添え、脚を添えて、シロップは上に向かって上ろうとする。しかし、想像以上に力が入らず、数メートルも進まない内に地上に戻ってきてしまった。

 幾本もの棒に阻まれた向こう側、その先にある硝子扉に、自分の姿が映っている。灰色の厚手のパーカーに、黒いシンプルなズボン。服を着ているというよりは着せられているといった風貌の小さな女の子が、そこにいた。

 硝子扉の前に歩み寄り、自分の身体を確かめる。頬に触れ、首に触れた。手を伸ばして硝子の中の像に触れようとしたとき、その扉が勢い良く開かれて、中から大人の女性が姿を現す。

「シロップちゃん」彼女が名前を呼んだ。「こんな所にいたの。探していたのよ」

 シロップは首を傾げる。

「もう、皆食べ始めているの」女性は屈むようにしてシロップと視線を合わせた。「教室に戻って、一緒に食べましょう」

 彼女の目を見つめたまま、シロップは大きく頷いた。

 彼女が室内に入ったのを確認して、女性は硝子扉を閉める。

 ひんやりとした室内。

 懐かしい匂い。

 出来たばかりの給食の匂いがした。
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