舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第5章 煌

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 巨大な噴水が鎮座する広場で、月夜と真昼は沈黙していた。沈黙、といっても、呼吸はしているし、心臓も動いている。瞬きもいつも通り実行される中で、口だけが完全に閉じられていた。二人は石造りの椅子に座っているが、それ以外は何もしていない。空は曇っていて、すぐ傍に立てられた一本の電灯だけが、この空間に存在する光のすべてだった。

 冷たい風が吹いてくる。真昼はコートを身に着けているが、月夜はブレザーしか羽織っていなかった。月夜はもともと体温が低いから、空気が冷えていても、相対的な温度差はあまり生じない。それに反して、真昼は体温がそれなりに高いから、空気が冷たいと、温度差が生じて、あまり長時間は耐えられなかった。だから、彼はコートを着ている。けれど、真っ当な理由がなくても、自分はきっと出かける際にはコートを着るだろうと、彼は、なんとなく、そう思った。

 衣服には、様々な意味が込められている。だから、その意味を理解していないと、自分に最適な衣服は選べない。また、まったくその逆に、自分に適さない衣服をあえて選ぶことで、今度は、自分そのものに込められた意味を、違ったものに変えることもできる。こうすることで、他者に異なる印象を与えることが可能となる。月夜は、学校がある日は制服を着ているから、それを見た人は、彼女が学生である、と認識する。すると、まず、彼女、という人間性よりも、学生、といったステータスが印象づけられ、それが「月夜」という人間とリンクする。結果として、月夜イコール学生、といった意味が観察者の脳内に付与されて、長期的な記憶して残ることになる。

 月夜は、別に、そういう効果を狙って、制服を着ているわけではなかった。着なくてはいけないから、着ている、という理由でしかない。彼女は、基本的に、規則やルールを積極的には破らない。破る必要がないし、破ったことがばれたら、あとで面倒になる、と危惧しているからだ。そんな面倒事を上手く対処できるほどのエネルギーは、彼女の体内には蓄積されていなかった。いや、どちらかというと、意識的に蓄積していない、といった方が近い。

 真昼は自分の腕時計で時刻を確認する。すでに曜日が変わって、次の日になっていた。月夜は、今日の朝学校を出てから、まだ一度も帰宅していない。学校が終わると、近くの公園に移動して、そこで一度帰宅した真昼と合流し、歩いてこの広場までやって来た。散歩、と表現すれば、それらの行為に具体的な意味が生まれるかもしれない。しかしながら、月夜は、今現在までの自分たちの行為を、散歩だとは思っていなかった。

 それは、デートでもない。

 それでは、いったい、なんだろう?

 分からなかった。

 そして、分かる必要もなかった。

「どうして、寒いの?」

 月夜は、珍しく、自分から会話の機会を設けた。

「どうして、というのは、どういうことを訊いているの?」真昼は月夜を見て応える。

「なぜ、今日は、寒いのか、という質問」

「それは、僕には分からないよ。気象予報士にでも訊いてみたら?」

「どうやって、訊くの?」

「君は、どうして、そんな質問をしようと思ったの?」

「うーん、どうしてだろう……」

「自分で、自分のことが分からない?」

「うん、分からないことが多い、と、思う」

「それは、僕も同じだよ」

「君は、私のことを知っている?」

「君以上に知っている、とはいえないけど、でも、だからといって、充分に知っている、ともいえないな」

「どういう意味?」

「そのままの意味」

「寒いのは、寒く感じるように、私の身体ができているから、かな?」

「そうだね。それは、確かにいえることだ」

「君は、寒く感じる?」

「うん、かなりね」

「私は、かなり、ではない」

「そうだろうね。君の身体は、冷たいから」

「私の身体に、触れたことがあるの?」

「あるよ。掌とか」

「掌は、身体?」

「身体、という言い方は、変?」

「ううん、変ではない」

「じゃあ、どういうこと?」

「身体とは、何か?」

「何、という質問には答えられないけど、細胞の集合であることは、間違いなさそうだ」

「じゃあ、細胞は、寒さを感じるの?」

「それは、どうかな。やっぱり、僕には分からないよ」

「誰なら分かるの?」

「きっと、君なら」

「私?」

「そうだよ」

「でも、そうかな」

「知らないよ、僕は」真昼は笑った。「君なら分かるかもしれない、という、不確定で、酷く当たり前のことを、言ったにすぎないんだ」

「そっか」

「でも、一般的にも、今日は、気温が低いよ」

「うん」

「君は、暑いよりは、寒い方がいいんだっけ?」

「そうだよ」

「じゃあ、よかったじゃないか」

「うん、よかった」

 風が吹いてきて、体感温度がさらに低くなった。真昼は身体を縮める。そんな素振りをする彼を、月夜は、首を傾げて、不思議そうに見つめた。その仕草が可愛かったから、真昼は軽く笑った。月夜は、その笑顔の意味が理解できない。だから、とりあえず、笑顔には笑顔で返そうと思って、適当に、有り体に、笑ってみることにした。

「君の笑顔、久し振りに見たよ」真昼は言った。

「……そう?」もとの表情に戻って、月夜は尋ねる。「いつも、それなりに、笑っているつもりだけど」

「その認識は改めた方がいい」

「分かった。じゃあ、改める」

「でも、君は、普段から笑っているよりは、どちらかというと、いつも、その冷徹さを備えていた方が、いい、と、思うよ」

「片言だけど、大丈夫?」

「うん、今、ちょっと、考えを纏めるのに時間がかかったんだ」

「どうして、私は、冷徹な方がいいの?」

「そのキャラクター性が、君に似合うから」

「でも、キャラクター性というものは、もともと、そういう人間だから、そこに、そういうキャラクター性があるように見えるんじゃないの?」

「順番が逆ってこと?」

「そう」

「君は、根は優しいよ」真昼は話す。「だから、君のその冷徹さは、後天的なものなんじゃないかな、と思ってさ」

「私には、分からない……」

「僕も、思いつきで話しているだけだから、そんなに真に受ける必要はない」

「うん」

「それと、普段は冷徹で、ときどき笑う方が、笑顔の価値が高まる、という利点もある。君の笑顔がレアになる、ということ。普段から笑っている人が、今日も笑っていても、ああ、いつも通りだな、と思うだけだけど、普段はあまり笑わない人が、今日は笑っていたら、なんとなく、嬉しい気持ちになるだろう?」

「私は、それは、よく分からないけど、でも、君が、それで嬉しく感じるのなら、それでいいと思うよ」

「うん。だから、それでいい」

「君は、嬉しいのは好き?」

「好きだよ。幸せな気持ちになる」

「私は、今は幸せだよ」

「今も、の間違いじゃない?」

「現在完了形で、幸せとは言えないから、確実な事実として、今は、と言った」

「なるほど。君らしい」

「ねえ、真昼」月夜は、顔を上げて彼を見る。

 月夜に名前を呼ばれて、真昼はちょっとだけぞっとした。それは寒気ではない。面白いものを見たり、自分が好きなものに触れたときに、一瞬興奮した状態になるみたいに、それは刺激的な感覚で、鳥肌が立った、といった方がどちらかというと正しかった。

「何?」

「君は、どうして私と一緒にいるの?」

 月夜の質問を受けて、真昼は彼女の瞳を見つめ返す。目をしっかりと合わせると、やはり少し怖かった。けれど、今はそうしなくてはならないと思ったから、彼は、数秒間、黙って彼女の瞳を見つめ続けた。

 月夜は、きっと、今の質問を真剣に行った。いや、彼女はいつも比較的真剣だが、今回の質問は、普段よりもずっと感情の籠もったものだった、という意味だ。真昼にはそれが分かったから、適当に言葉を並べるのをやめて、暫くの間考えた。

 一分が経過する。

 その間、二人とも目を逸らさなかった。

 鋭利な空気。

 月夜の瞳は、硝子玉のように澄んでいる。

「君が好きだからだ」

 真昼は、考えた挙句に、最もチープな言葉を使って、自分の意見を述べた。

「どうして、好きなの?」

「どうして、そんなことを訊くの?」

「なんとなく」

 月夜は、本当になんとなく訊いている。けれど、真昼は、なんとなく質問する人間が、なんとなく、という言葉を使わないことを、理解していた。自分が人間であるのなら、自己紹介をする際に、わざわざ「人間です」とは言わない。言う必要がないからだ。

「君と一緒にいることで、僕の中に楽しい感情が起こって、それが、僕の利益になるからだよ」真昼は答えた。「その点では、君の見解と一致する。利害関係の一致は、良好な関係を築く基礎になる。だから、そう考えてみると、僕と君との関係は、それなりに良好だ、と考えられる」

「私が、君に楽しさを与えられなくなったら、もう、君は、私の傍にはいない?」

 真昼はすぐには答えない。答えはすでに出ていたが、それを実際に口にするのが、なぜか若干憚られた。

「たぶん、いない」

 真昼は、端的に答える。

「じゃあ、私が、同じ理由で君の傍を離れたら、君は、それでも、納得してくれる?」

「納得はしない。でも、理解はする」

 真昼がそう言うと、月夜は、今日二回目の笑顔を彼に向けた。

「分かった。それで、いいと思う」

「一つだけ言っておくよ。君が、僕にとって、楽しさを与えてくれる存在でなくなることは、絶対にない」

「ありがとう。でも、それは、嘘だと思う」

「もちろん、分かってるよ。でもね、そんな台詞を口にしなくてはいけない瞬間が、人生の中で何度か訪れるんだ。それが、たまたま今だった。だから、君は、理解する必要はないから、僕が今言ったことを、そのまま受け留めてくれればいい」

「うん、いいよ、受け留める」

「それで、納得してくれる?」

「納得はしないけど、理解はするよ」

 月夜の答えを聞いて、真昼は笑った。

 噴水から水が流れる音が聞こえる。

 水滴が電灯の明かりを反射した。

「さて、そろそろ、話題を変えよう」真昼は立ち上がって、軽く伸びをした。本当は、身体が固まっていたわけではないから、伸びをする必要はない。ジェスチャーによって、その行為に意味があると思わせようとしている、と考えられる。

「話題とは、何?」

「うん? だから、話の内容を、変えよう、という提案のつもりなんだけど」

「どうして、変える必要があるの?」

「行き詰まってきたからだよ」

「分かった」

「やっぱり、流れとか、そういうのは気にしないで、とにかく、行き詰まったら別のことを始める。これに限る、と僕は思うんだ。行き詰まったままだと、もう、どうしようもなくなるけど、内容を変えてしまえば、次のことに進めるからね」

「うん、そうかも」

「で、君は、何か、話したいこととか、ある?」

「君が決めていいよ」月夜は首を傾げた。

「うーん、そう言われてもね……。僕は、閃きとか、発想とか、そういうのに優れていないからなあ……」

「私も、特に優れてはいないと思う」

「あ、じゃあ、最も効率の良い睡眠の仕方、というテーマで話すのはどうかな?」

「早く布団に入って、早く起きるのが、最も効率の良い睡眠、だと思う」

「話し合う前から、答えを言わないでよ」

「ごめんね」

「でも、まあ、それは、そうかもしれないな」

「君は、眠るのは好き?」

「まあ、嫌いじゃないけど、どちらかというと、あまり積極的には眠りたくないね」

「どうして?」

「なんていうのか、ちょっと言い方が悪いけど、端的に言えば、人生を無駄にしている感じがするから、かな」

「睡眠は、生きるうえで必ずしなくてはならないから、人生を無駄にする原因には、なりえないと思う」

「そうだけど、それでも、やっぱり、そんなふうに考えてしまってさ。君も、そういうことって、ない?」

「そういうことって、どういうこと?」

「日常的な行いが、無駄に感じられてしまう、ということ」

「ない」

「あそう」

「私は、眠るのは、好きだよ」

「そうなの?」

「うん、そう。特に、君と眠るのが、好き」

「あ、それ、なかなか危ない発言だね」

「何が危ないの?」月夜は本気で首を傾げる。

「いや、別に危なくはないけど……」

「誰かと一緒に眠ると、その人の体温が伝わって、温かくなって、眠りやすくなるから、それは、私の利益になる。だから、嬉しく感じるし、安心もするから、生物的な欲求が満たされて、好き、という感情が生じる」

「あまり、そういう論理的な分析は、しない方がいいよ」

「そう?」

「うん……。分析とか、解析というものは、細かくしすぎると、もとの意味がなくなってしまうからね。形があるものは、そのままの状態で留めておかないと、正しく認識できなくなってしまう」

「そう……」

「あれ? 何か、落ち込んでいるの?」

「落ち込んではいないよ」

「じゃあ、どうしたの?」

「ん? 何が?」

「僕の見間違えかな」

「人間は、常に見間違えをしているよ」

「いやいや、そういうことじゃなくてさ」

「じゃあ、どういうこと?」

「眠るのが好き、と君は言うけど、じゃあ、食べるのは、どう?」

「あまり、好きじゃない」

「どうして?」

「美味しい、と感じるのが、一瞬だから」

「睡眠だって、気持ちが良い、と感じる時間は、あまり長くないじゃないか」

「比較的、長い。そして、眠っている間は、意識を失っているから、余計なことを考えなくて済む」

「まあ、結局は、個人的な好みだね」

「うん、そうだよ」

「僕は、どちらかというと、眠るよりも、食べる方が好きかな」

「どちらかというと、ということは、特別好きではない、ということ?」

「うん、まあね」

「そっか」

「あ、じゃあさ、残された、もう一つの欲求については、どう?」

「あまり、好きじゃない」

「うん、それは、僕も同じだよ」

「でも、それがなかったら、人間の文化は、ここまで発展しなかった、とは思う」

「たしかに、そうかもしれないね」

「生き物だから、仕方がない」

「仕方がない、という理由で、君は、それを許せる?」

「仕方のないことは、なんでも許せるよ」

「心が広いね」

「そう? 君は、許せないの?」

「僕は、あまり許せないかもしれない」

「あまり、というのは、どれくらい?」

「それ、言うだろうな、と思ったよ」

「思う、というのは、意識的?」

「準意識的、じゃないかな」

「君も、充分、心が広いと思うよ」

「君ほどじゃない、と思っているけど」

「うーん、それは、どうかな……」

 月夜は下を向き、真昼は上を向いた。目を合わせなくても、人の会話は成立する。そして、感情もきちんと伝わる。目で見えるものがすべてではない。月夜の場合、真昼の姿が見えなくても、彼がそこにいる、という事実が成立してさえいれば、それで良いと思っていた。だから、目を瞑っていても、彼がそこにいるのなら、それで満足だ。しかしながら、人間は、まず、目に見えたものを最重要の情報として処理するから、そもそも、そこにいる、ということを確認するためには、やはり目で見て把握するしかない。だから、彼女の考え方は少しおかしい。順序がきちんと整理されていない、ということだ。

「まあ、いいよ、すべて忘れよう」

 そう呟いて、真昼は再び椅子に座った。

 月夜は軽く頷き、すべてを忘れる。

「そろそろ、全部忘れられた?」

「忘れることはできないけど、忘れたことには、できる。だから、それは、できた」

「うん、なかなか素晴らしいね。反応が早くて助かるよ」

「助けようとは思っていないけど、君が、助かったのなら、それでいいと思う」

「うん、そうだね」

 沈黙。

 月夜は、頭の中で、帰宅後のスケジュールについて考えていた。帰ったら、風呂に入って、眠るだけだ。しかし、今日(正確には今日ではない)は宿題が出されたから、それを解き終えてからでないと、眠ることができない。あるいは、次の朝早く起きて、学校に行く前に終わらせるか、遅くとも、学校に着いたあと、授業が始まる前に、教室で終わらせる、という方法も採用できる。しかし、それでは、終わらなかった場合のリスクが高いし、ぎりぎりだと、精神に支障を来す恐れがあるから、できるなら、彼女は、宿題はその日の内に終わらせたいと思っていた。

 宿題は、いわゆる勉強だから、すでにやり方が決まっている。したがって、それらは単純な作業だ、ともいえなくはない。作業を素早く終えるには、予め頭の中で段取りを考えておくと、無駄を省くことができて、時間の短縮に繋がる。だから、彼女は、今、その宿題を頭の中で解いている最中だった。解いているといっても、明確な答えを出しているわけではない。答えを出すための道順を構築している、といった方が近い。つまり、作業は自動化することで早くなるから、今の内にルートを確保しておく、ということだ。そのルートに従ってさえいれば、答えは自然と出てくるから、結果的に作業を効率的に行える。これは、実はテストでも同じことがいえる。テストは、問題に正確に答えることを目的としていない。如何に素早くルートを構築できるか、といった作業の効率を競っているのだ。

 真昼は、月夜の表情を見て、彼女が、今、何かを考えているのを察知した。彼女は(真昼から見ると)賢いから、会話をしながらでも、頭の片隅で別のトピックスについて考えることができる。真昼はそんな器用なことはできないから、そういう点では、彼は彼女に一種の憧れのようなものを抱いていた。

 その憧れは、彼女みたいに賢くなりたい、といったダイレクトなものではない。賢い、というレッテルを自分に貼ることで、自信を得たい、というのが、彼の正直な望みだった。真昼は、自分にあまり自信がない。むしろ、周りの人間が、どうしてあんなに主体的に行動できるのか、不思議に思えるくらいだ。真昼からすると、どんな人間も、自分の行動に自信を持っているように見える。自信がない、と言っておきながら、それは口先だけのことで、本当は自信満々、という人もいるが、彼は正真正銘自分に自信がなかった。

 というのも、嘘かもしれない、と、彼は一応は考えたが……。

「宿題は、順調?」真昼は当たり障りのない質問をした。

「うん、順調だよ」月夜は答える。「ところで、順調、の定義は?」

「予定通り、ということじゃないかな」

「君は、予め、スケジュールを立てるタイプ?」

「いや、たぶん、違うと思う」真昼は説明した。「僕は趣味人だから、行き当りばったりで選択することが多いよ。……君は、やっぱり、計画的な方、かな?」

「君と比べると、そうかもしれない」

「一般的には、そうでもない、と言いたいの?」

「言いたくはないけど、そういう意味も、含んでいる、と思う」

「なるほど」

「でも、君の生き方も、とても素晴らしいと思うよ」

「そう? それはありがたいね」

「そんなふうに、考えなしで行動できるのは、過去に蓄積された沢山のデータに基づいて、反射的に行動できるパターンが構築されている、ということだと、私は考えている」

「今日はやけに雄弁だね」

「そう?」

「うん。なんだか、いつもの君じゃないみたいだ」

「いつも、とは?」

「概念的に、頻度の高いパターン、という意味」

「それなら、たしかに、そう」

「どうして、雄弁なの?」

「理由は、分からない」

「でも、そんな君も、格好いいよ。そして、それと同時に、可愛くもある」

「格好いいと、可愛いの違いは、何?」

「格好いいというのは、対象に自分を守ってもらいたい、という感情。一方で、可愛いというのは、対象を自分で守りたい、という感情、じゃないかな」

「そっか」

「それは、納得したの?」

「うん。その説明は、凄いと思う」

「説明が凄いだけで、僕は凄くないからね。そこのところ、間違えない方がいいよ」

「よく、違いが分からない」

「分かる必要はない」真昼は話す。「分かる、というのは、分ける、というのが語源だから、分ける癖のない人には、分からなくても、当然だよ」

 大分遅くなったから、二人は広場から立ち去ることにした。時間的に、もう電車には乗れないかもしれない。これから歩いて帰るとなると、一時間半ほどかかる。それでも、月夜は、それが当たり前とでもいうように、歩いて帰ろう、と真昼に提案した。真昼は、彼女がそう言うだろうと予想していたから、特に反対しなかった。というよりも、ほかに帰宅する方法はない。帰宅しない、という選択肢もあったが、さすがに、それを実行するのは気が引けたし、月夜と違って、真昼には両親がいるから、帰らないと、心配されるかもしれない。といっても、彼の両親はほとんど家にいない。家にいる時間帯も不規則だから、帰ったとしても、一人でいる可能性が高かった。

 数時間前に歩いた道を戻って、学校の前に到着する。当然、窓に明かりは灯っていない。正門には鍵がかかっていた。しかし、いつも月夜が出入りしている裏口だけは、今日も開いている。どうして鍵がかかっていないのか、係の者が確認していないのか、そもそも管理人がいないのか、すべて謎だった。月夜一人のために開いている、とは到底考えられない。けれど、それが月夜にとっては利益になるのだから、まあ、なんでもいい、と彼女は考えていた。

「ねえ、今度、僕の家に遊びに来なよ」真昼は歩きながら言った。「きっと、面白い発見が沢山あるよ」

「さっき、そう言われたばかりだよ」月夜は呟く。「沢山、というのは、どれくらい?」
「君が自宅にいるときよりも、多い、とは、いえるかもね」

「うん。分かった。じゃあ、今度行く」

「ああ、楽しみだなあ。君が僕の家に来るなんて、もう、想像しただけで悶てしまいそうだよ」

「ごめん、意味が分からなかった」

「うん、そうだろうね」

「君の家には、何があるの?」

「何、というのは、物について訊いているの?」

「なんでも」

「うん、まずね、高級感がある」真昼は笑いながら話す。「豪邸ではないけど、まあ、一般的な家よりは、少し上をいっている、と思うな」

「うん、いいね」

「いいだろう? あ、もしかして、君も一緒に住みたい?」

「一緒に住んでいいの?」

「君さえよければ、いいと言ってくれると思うよ、うちの両親は」

「じゃあ、一緒に住みたい」

「え、本当?」真昼は驚いて、月夜の顔を見た。

「君が、そう言ったんじゃないの?」

「いや、まあ、そうだけど……。……まさか、本当に了承してくれるとは、思わなかったから」

「じゃあ、やめる?」

「いや……。……ああ、じゃあ、こうしよう。数日間、まずはお試しで住んでみる、というのはどう?」

「いいよ」

「えっと、じゃあ、来週くらいからどう?」

「テストが終わってから、でもいい?」

「あ、いいよ。君にとって、テストの重要度は高いみたいだね」

「そうかな」

「そうだよ、たぶん」

「やらないよりは、やった方がいいと思う」

「その通りだ」

「君は、明日、学校に来る?」

「たぶん、行くと思うけど。どうして?」

「もう、眠くて、起きられないかな、と思って」

「今日は、もう寝ない」

「そっか。でも、大丈夫?」

「きっと」

「私は、寝る」

「うん、そうした方がいいよ。特に、女性なら、もう少し健康に気を遣った方がいい」

「分かった」

 空を覆っていた雲が晴れて、巨大な三日月が姿を現した。気分は魔術師、合言葉は月夜。どこかで蝙蝠が鳴いていたが、その声は二人の耳には届かなかった。

 月が沈めば、太陽が昇ってくる。

 月夜が終わって、真昼が始まる。
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