舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第2章

第20話 人物メッセージ等値化シンドローム

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 とりあえず、風呂に入って、一日にやるべきことをすべて終えた。やるべき、というのは少々奇妙な言い方だ。生き物は、皆、生きたくて生きているようなものだ。少なくとも、今すぐに死にたいとは考えていない。

 冷蔵庫から烏龍茶が入ったボトルを取り出して、グラスに注いで少し口に含む。それを持ったままリビングを進み、硝子扉を開いてベランダに出た。ベランダというよりは、そこはウッドデッキと呼んだ方が近い。ベランダは空間の名前だが、ウッドデッキが空間の名前なのか、それともデザインの名前なのか、月夜には分からなかった。

 フィルはまだ風呂に入っている。身体は洗ってやったので、たぶん、まだ湯船でぷかぷかしているのに違いない。一度くらい彼を温泉に連れていっても良いかもしれないな、となんとなく想像。いつも長風呂だし、フィルは風呂が好きかもしれない、と月夜は思っている。けれど、断定できるほど確信があるわけではなかった。他者に対する認識に関して、彼女のそれはいつも推測の域を出ない。

 月が浮かんでいた。その前に雲がかかっている。

 彼女の住む家の目の前には、小規模な山がある。それは隣接する公園の敷地内にあるもので、本当に小さなものだ。地面が隆起して山の形になったのか、それとも、もともとそれくらいの高度があるのがこの辺りの土地では当たり前で、それを切り開いたから、山として残っているのか、月夜は知らなかったが、公園に山があるという表現は、些か不思議な感じがするような気がした。

 もっと遠くの方にも山はある。そちらの方は本当に山らしく、この辺り一帯をぐるっと取り囲んでいる。ハイキングコースが形成されていて、ここからでは見えない、左の端から、右の端まで、ずっと歩いていくことができる。

 上着のポケットに入っていた携帯電話が震えて、月夜はそれを取り出した。電話ではなく、メールだった。送り主を確認し、内容に目を通す。それから簡単に返事を書いて、すぐに相手に送り返した。

 瞬間的なコミュニケーション。

 向こう側にも、自分と同じ相手がいる、という感覚。

 何の根拠もない。

 それなのに、多くの人が信じている。

 背後で音がして、フィルが月夜の傍までやって来る。せっかく洗ったのに、足が汚れるといけないと思って、ウッドデッキの上を歩く前に、月夜はしゃがんで彼を抱えた。

「これはどうも、お姫様」

「うん」

 声は、文字より確実で、速い。
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