舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第6章

第57話 探偵

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 食堂のステージの上。誰もいない客席。

 ピアノの鍵盤を前にして、月夜は腕を伸ばして座っている。冷たい鍵盤の感触。指に少し力を加えれば、それは沈み込み、小さな吃りのような音をステージ上に響かせる。ペダルを踏む足。手と足で別々の動作をする奇跡。いつしか、動物の手と足は移動するためだけに使われるのではなくなってしまった。では、果たして、それは手と呼べるのだろうか? 足と呼べるのだろうか?

 月夜にピアノを演奏する技術はなかったが、小学生の頃に鍵盤ハーモニカを吹いていたから、まったく弾き方が分からないわけでもなかった。だから、とりあえず指を適切な位置に配置して、音を出すことくらいはできる。簡単な曲ならメロディーにすることもできた。

 音楽の世界には、基本的なものとしては、音が七つしか存在しない。別の言い方をすれば、音楽という言語には、七種類の記号しかないということになる。これほどまでに種類の少ない言語が、果たしてほかにあるだろうか。二進数を言語として扱うことが許されるのであれば、たぶんそれが最小になる。そして、一種類の記号だけでは、様々なものを表すことができない。つまり、物事を表現するためには、最低限二つのものが存在する必要がある、ということが分かる。

 二つの組み合わせは、世界の様々な場面から見出すことができる。

 男女。

 左右。

 そして、有無。

 それら三つの中で、二進数が示す事柄に最も近いのは、おそらく有無だろう、と月夜は考えた。一なら有、ゼロなら無になるという意味だ。そうして、有と無をずっと並べていくことで、何もかもを表すことができるようになる。もしかすると、有と無というのがこの世の最も根源たる要素かもしれない。要素というと如何にも形があるように思えるが、無に形はないので、あくまで概念としての要素ということになる。けれど、その判断をするのは人間だから、人間にとってはそれでも良い。

 あるというのは動きだが、ないというのは状態だ。

 動きと、状態も、二つか?

 あるいは、両者とも本当は同じことで、一つだろうか?

 いずれにせよ、本当に二つなのかはともかくとして、二つとして見ることができるというのが重要なのだろうと月夜は思った。それは大分前に考えたことだ。そして、今のところその考えを大きく否定するような考え方に出会ったことはない。

「俺たちも、二人で一人だからな」

 膝の上で眠っていたと思っていたフィルが、顔を上げて唐突に呟いた。
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