舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第6章

第58話 読書読書

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 教室に戻る頃には、もう夜と呼んで差し支えない時間になっていた。窓の外に月が見える。恥ずかしがり屋の太陽は地平線の向こう側に隠れて、今は姿を見せなかった。

「さて、今日は何をするつもりなんだ?」

 教壇の上に陣取ったフィルが、そのままの姿勢で月夜に尋ねてくる。そうしていると、彼はどこかの魔法学校の先生のように見えなくもなかった。

「特に、何をするかは決めていないけど、たぶん、読書をする可能性が高い、と予想する」

「まだ決まっていないんだな」

「うん……。決めていないと言うよりも、そっち……、決まっていないと言う方が正しい」

 可能性と、確率では、何が違うだろうか、と月夜は改めて確認する。具体的に書物を当たったわけではないので、この解釈が本当に正しいかは分からないが、少なくとも、月夜は、前者は百が決まっていない場合に、後者は百が決まっている場合に使える概念だと考えている。サイコロを振って一が出る可能性は考えられないが、確率なら求められる。また、明日地球に隕石が降ってくる可能性は考えられるが、確率は求められない。

 数秒前に予想した通りに、月夜は鞄の中から本を取り出して開いた。彼女の行動を見て、フィルがにやにや笑っていたが、月夜は彼を無視して本を読み始めた。

 フィルは今は月夜から離れているが、それは先ほどまでべったりくっついていたからだ。べったりくっついていると、その内に離れたくなり、そして、暫く離れていると、またくっつきたくなるというのが彼の性質らしい。もっとも、それは彼にだけ適用できる見解ではないようにも思えた。ありとあらゆるもの(あるいは物事と言っても良いかもしれない)は、そのように、離れたり、くっついたりを繰り返している。きっと、その間隔がそれら二つの適切な距離なのだろう。

「読書をしても、世界は変わらない、と感じたことはないか?」

 前方からフィルの声。

 月夜は顔を上げて彼を見る。

「ある」

「それでも、お前は読書をする。どうしてだ?」

「たぶん、客観的な世界は変わらなくても、主観的な世界が変わると思っているから」

「つまり、自己満足か?」

「うん……」月夜は視線を手もとに戻しながら答える。「結局のところ、ありとあらゆる行いは、自分のためになるという側面があるんだと思うよ」
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