舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第8章

第77話 内包物と包内物

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 大通りをずっと歩き続けて、それでもまだ自宅には辿り着かなかった。左手と右手に山が見える。もともとそれらは一つだったらしい。それを切り開いてこの道が作られた。なんとも強引な手段だが、そうでもしなければ生きていけなかったということだろう。

 山の上に高速道路が走っている。それを下から見上げる。傍を走る自動車の音と、高速道路の上を走る自動車の音が重なって聞こえた。高速道路を支える脚に両サイドを挟まれて、奇妙に薄暗い道を歩く。

「時間が違ければ、景色も違って見えるものだな」

 周囲をきょろきょろと見回しながら、フィルがコメントする。

「もしかしたら、本当に景色が違うのかも」月夜は応じた。

「どこまでを景色の中に含めるか、という問題だな。比較的よくある種の問題だが、しかし、その手の問題が一番厄介で、答えにくい」

「答えを世界の側に求めているからでは?」

「じゃあ、人間が自由に線引きをしていいのか?」

 たしかに、そういうわけにもいかないだろうと月夜は思った。線引きをするのは人間だから、人間に都合の良いようにするというのは間違いではないが、少なくとも、人間によって捉えられる世界のプロトタイプのようなものがあるわけで、その括りを変に弄るようなことをすると、却って認識に支障を来すことになる。

「たぶん、景色の中には、光の色や強さは含まれないんだ」フィルが言った。「含まれるのは恒常的な存在だけだ。それらが、様々な具合に装飾されると捉えるのが妥当だろう。光の色や強さまで存在と同様に扱ってしまっては、存在とは何かという問題が大きくなってしまう。そこまで問題を広げる必要はないだろう」

 その通りだと思ったので、月夜は頷いておいた。

「ごもっとも」

 トンネルを潜る。自動車の走行音が木霊する。排気ガスの奇妙な匂い。

 トンネルを抜ける。風の通過音が蘇る。草木が齎す奇才な匂い。

 ずっと道を歩き続けて、ようやく自宅へと続く坂道に辿り着いた。学校からここまで来るのに、だいたい一時間くらいはかかる。その一時間を評価したことが月夜はなかった。あとになって、一時間、と認識するだけで、歩き始める前から「よし、一時間歩くぞ」などと考えることはない。

 自宅に到着する。

 玄関の前。

 小さな皿が一枚落ちていた。
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