舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第10章

第93話 to die for...

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 夜の山の中は暗い。照明も何もないので、星や月の明かりを頼りにするしかない。神社は斜面の頂上にあるから、比較的明るい方ではあった。自然の妖光に照らされて、露出した小夜の首筋がよく見える。

「フィルは、一度死んでいるというのは、本当?」

 誰も何も話していなかったが、月夜は言葉を発した。別に何の勇気もいらなかった。

 小夜とフィルが同時に彼女の方を向く。

「本当です」先に答えたのは小夜だった。「でも、一度ではありません。彼は九回死んでいます」

 発話権が自分にはないと判断したのか、フィルは小夜の膝の上で丸くなってしまった。眠るつもりはないだろう。眠るような格好をするのが、彼のお気に入りなのだ。スーツを着るとズボンのポケットに必ず手を入れたくなる心理と同じかもしれない。

「それは、小夜のため?」

「ええ、そうです」小夜は頷く。「彼はそういうひとです」

 小夜とフィルの関係について、月夜はおおよその枠組みは知っている。けれど、ディテールに関しては、知らないこともある。フィルが死んで物の怪となったのは、小夜を庇うためだったらしい。庇うというと、少し言いすぎかもしれないが……。

「誰かのために命を捨てる行為は、いつの時代にも見られることです。それは、何かへのイニシエーションのように、私には思えます」

 小夜はフィルの背中を撫でる。フィルは相変わらずなんともないような顔をしていて、たぶん、明日地球に巨大隕石が降ってくることになっても、そんな顔をしているのだろうな、と月夜は奇妙な想像をした。

「おそらく、一種の愛情表現なのでしょう。身を尽くしてその人に貢献する……。その犠牲の終着点として表れるのが、死です。自分を最大限に犠牲にするのが、死なのです。でも、それはおかしな行為です。身を犠牲にする側は、自分が犠牲になることで相手が助かると思い、そして、そうした結果を確認することで、安らぎを得るのです。けれど、死んでしまったら、相手の状態を確認することができなくなります。つまり、死は本来の愛情の在り方のルールを逸脱した、特別なケースといえます。相手と自分が存在することで、愛が生じるはずなのに、そのための要素である、自分そのものをなきものにしてしまうのですから……」

 風が吹く。

 ちょっと、冷たい。
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