100 / 255
第10章
第100話 邂逅
しおりを挟む
リビングで朝食をとった。本当は食べるつもりはなかったが、なんとなく食べてしまった。食べたといっても食パン一枚だけだが、普段食べない人間からすれば、食べるのと食べないのでは天地の差と言っても良かった。
学校に行くまでまだ少し時間がある。月夜はフィルを抱いた格好でソファに座っていた。別に何をするわけでもない。少し前まで勉強をしていたが、そのときどんなことを学んだのか、もう忘れてしまった。少なくとも、意識に上らせることはできない。けれど、次に同じ参考書を開いたときには、前回学んだ内容をすぐに思い出せる。常時思い出せるようになる必要はない。道を覚えるように、ある地点に至ったときに、次にどちらの方向に進めば良いのかさえ分かれば良い。
「大層な理屈だ」
フィルは、月夜の腕の中が好きみたいだった。小夜の腕の中も好きかもしれない。何かに閉塞されているのが良いのだろうか。
「大層は、何を修飾しているの?」月夜は質問する。
「理屈」
「大層というのは、物事の性質を程度づける言葉だから、理屈をそのまま程度づけると、意味に齟齬が生じるのでは?」
「でも、何が言いたいのか分かるだろう? もし意味に齟齬が生じているのなら、それでも意味伝達が成立することに齟齬が生じるんじゃないか?」
フィルの指摘は適確だ。つまり、ここでは意味に齟齬が生じているのではない。「大層な理屈」という構造は間違えではないのだ。仮に「大層」と「理屈」の間に何かが省略されているとすれば、それは省略すべくして省略された。また、「大層」が「理屈」のような言葉を修飾するとき、単に物事の性質を程度づけるという機能以外が獲得される可能性もある。
面白い話題だったが、時間になったので家を出ることにした。戸締まりをし、靴を履いて、鞄と一緒に玄関の外に出る。
ドアを開けて一歩踏み出したとき、固い何かを踏んだ感触があった。
いつもの癖で、鍵を取り出しながらだったから、ドアの向こうを見ていなかった。
固いローファーの靴底から伝わる奇怪な信号の発信源を探るために、月夜は足を持ち上げる。
白い陶器の破片。
皿がピザのように割れていた。
割れた皿の隣に、無傷の皿がもう一枚落ちている。
いや、一枚ではない。
二枚、三枚、四枚……。
顔を上げると、黒いはずの道路が白く染まりきっているのが分かった。
「これじゃ、駄目なの?」
すぐ傍から声。
栗色の髪が、明るくなり始めた空の中で眩しく揺れていた。
学校に行くまでまだ少し時間がある。月夜はフィルを抱いた格好でソファに座っていた。別に何をするわけでもない。少し前まで勉強をしていたが、そのときどんなことを学んだのか、もう忘れてしまった。少なくとも、意識に上らせることはできない。けれど、次に同じ参考書を開いたときには、前回学んだ内容をすぐに思い出せる。常時思い出せるようになる必要はない。道を覚えるように、ある地点に至ったときに、次にどちらの方向に進めば良いのかさえ分かれば良い。
「大層な理屈だ」
フィルは、月夜の腕の中が好きみたいだった。小夜の腕の中も好きかもしれない。何かに閉塞されているのが良いのだろうか。
「大層は、何を修飾しているの?」月夜は質問する。
「理屈」
「大層というのは、物事の性質を程度づける言葉だから、理屈をそのまま程度づけると、意味に齟齬が生じるのでは?」
「でも、何が言いたいのか分かるだろう? もし意味に齟齬が生じているのなら、それでも意味伝達が成立することに齟齬が生じるんじゃないか?」
フィルの指摘は適確だ。つまり、ここでは意味に齟齬が生じているのではない。「大層な理屈」という構造は間違えではないのだ。仮に「大層」と「理屈」の間に何かが省略されているとすれば、それは省略すべくして省略された。また、「大層」が「理屈」のような言葉を修飾するとき、単に物事の性質を程度づけるという機能以外が獲得される可能性もある。
面白い話題だったが、時間になったので家を出ることにした。戸締まりをし、靴を履いて、鞄と一緒に玄関の外に出る。
ドアを開けて一歩踏み出したとき、固い何かを踏んだ感触があった。
いつもの癖で、鍵を取り出しながらだったから、ドアの向こうを見ていなかった。
固いローファーの靴底から伝わる奇怪な信号の発信源を探るために、月夜は足を持ち上げる。
白い陶器の破片。
皿がピザのように割れていた。
割れた皿の隣に、無傷の皿がもう一枚落ちている。
いや、一枚ではない。
二枚、三枚、四枚……。
顔を上げると、黒いはずの道路が白く染まりきっているのが分かった。
「これじゃ、駄目なの?」
すぐ傍から声。
栗色の髪が、明るくなり始めた空の中で眩しく揺れていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる