舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第12章

第113話 天才

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 家に着くまでの間にルゥラは眠ってしまった。窓の方に頭を擡げて目を閉じている。冷えた窓ガラスに触れているので、風邪を引いてしまうかもしれないと思ったが、物の怪は風邪を引くのか否か月夜には判断できなかった。

「引く奴は引くし、引かない奴は引かないな」

 考えているとフィルが答えをくれた。彼はときどき親切になる。本当はいつも親切だが、それが発揮される機会が少ないという可能性、あるいは観察者の方に問題があるという可能性も考えられる。

「人間と同じだね」月夜は反応した。「何かした方がいいかな?」

「何かって、何だ?」

「暖める努力とか」

「彼女をか?」

「ほかに誰かいるの?」

 ルゥラを自分の傍に抱き寄せてみた。彼女の身体は小さいから、重力の影響をほとんど受けずに位置を変えることができた。いや、もっと別の原因かもしれない。そう……。彼女には物理の法則は適用できないと考えたのではなかったか。

 彼女の栗色の髪が頬に触れる。体温もきちんと伝達された。自分の体温の方が相対的に低いので、むしろ彼女の熱を奪ってしまいそうだったが、互いの熱が合算されて均等に配分し直されるのであれば、それで良いようにも思えた。

 今は春。

 その内夏になり、秋になり、冬になる。

 そして、また春が来る。

 輪廻転生。

 いつまでも繰り返す、生。

 たとえ個体が死んでも、質量保存の法則により、その固体を構成していた物質そのものが消滅することはない。したがって、物質はこの世界の中で様々に再利用されることになる。そうすると、個体の消失は、本当に個体の消失くらいの意味しかないといえてしまう。

 意味か……。

 そこで、意味、という言葉を使ったのは間違いだったかもしれない……。

「ルゥラがお前を殺そうとしたら、俺はお前を守るさ」唐突にフィルが言った。「それが小夜の願いだからな。たとえお前が自らが死んでもいいと考えていたとしても、だ」

「私の考えより小夜の考えを優先するのは、正しいと思うよ」

「皮肉か?」

「私は皮肉は言わない」

「分かっているよ。すまない」

「どうして謝るの?」

「謝りたい気分になったからさ」フィルは少し笑った。「理屈では解決できない場合があると知っているのに、お前はしょっちゅう「どうして」と尋ねるんだな」

「うん……」月夜は下を向く。「それが唯一、私が人間であることの証拠かもしれない」
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