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第15章
第142話 散歩する/散歩をする
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買ったパンは一つだけだったから、ビニール袋を貰う必要はなかった。潰れないように鞄の中に入れる。フィルも一緒に入れてしまっても良かったが、彼が自分で歩くと言ったのでやめておいた。無理矢理入れようとしても大して抵抗されなかっただろうが。
バスが来るまで少し時間がある。この辺りはどちらかといえば田舎町なので、バスの本数は当然のように少ない。
暫くの間海沿いを歩いた。頭の上にモノレールの線路が通っている。それは海中に巨大な脚を立てて、海の真上に続いている。なぜこんなものを作ったのか分からない。観光地らしくないこともないが、最早時代に取り残されているといって良い。
背後から何人か走り行く人々が近づいてきた。マラソンの練習だろうか。マラソンというのは四十キロ程を走る競技のことだが、その半分の距離を走るハーフマラソンなるものも存在する。そのさらに半分の距離を走る場合は何というのだろう。ハーフハーフマラソンだろうか。ハーフマラソンのハーフマラソンだろうか。
道の途中で立ち止まって海を見る。今までも視界に映っていたのに、わざわざ立ち止まって眺めようとする精神。
足もとをうろつくフィルを両手で抱きかかえ、視線の方向を自分と平行に揃える。
「綺麗」
月夜は呟いた。彼女が口から発した音に反応して、フィルが小さな頭を少し上に向ける。
「お前の口からそんな言葉が出るなんて、そちらの方が余程綺麗だな」
「そう言うと思った」
頭上の線路をモノレールが走る音で、周囲の物音は一時的に掻き消された。波の音も聞こえなくなる。ただ、塩と、生き物の死骸が腐った匂いが鼻をつく。居心地が悪いとは思わない。むしろ清々しい。
遙か遠くの方に工場らしきものが建っていた。何の工場か分からない。推測もできない。工場はそれが何の工場でも大抵同じ形をしている。学校もそうだ。たぶん、工場であることや学校であることを積極的に示すサインだからだろう。
風。
日が陰り始めている。
日は徐々に長くなりつつある。夏に近づいている証拠だった。
春はいつか終わる。
そして、またいつかやって来る。
本当は終わりなどない。時間を線のように捉え、その上に恣意的に終止符を打つのは人間だけだ。
「その思考は、もう終わりか?」
月夜はフィルを抱き締める力を強めた。
バスが来るまで少し時間がある。この辺りはどちらかといえば田舎町なので、バスの本数は当然のように少ない。
暫くの間海沿いを歩いた。頭の上にモノレールの線路が通っている。それは海中に巨大な脚を立てて、海の真上に続いている。なぜこんなものを作ったのか分からない。観光地らしくないこともないが、最早時代に取り残されているといって良い。
背後から何人か走り行く人々が近づいてきた。マラソンの練習だろうか。マラソンというのは四十キロ程を走る競技のことだが、その半分の距離を走るハーフマラソンなるものも存在する。そのさらに半分の距離を走る場合は何というのだろう。ハーフハーフマラソンだろうか。ハーフマラソンのハーフマラソンだろうか。
道の途中で立ち止まって海を見る。今までも視界に映っていたのに、わざわざ立ち止まって眺めようとする精神。
足もとをうろつくフィルを両手で抱きかかえ、視線の方向を自分と平行に揃える。
「綺麗」
月夜は呟いた。彼女が口から発した音に反応して、フィルが小さな頭を少し上に向ける。
「お前の口からそんな言葉が出るなんて、そちらの方が余程綺麗だな」
「そう言うと思った」
頭上の線路をモノレールが走る音で、周囲の物音は一時的に掻き消された。波の音も聞こえなくなる。ただ、塩と、生き物の死骸が腐った匂いが鼻をつく。居心地が悪いとは思わない。むしろ清々しい。
遙か遠くの方に工場らしきものが建っていた。何の工場か分からない。推測もできない。工場はそれが何の工場でも大抵同じ形をしている。学校もそうだ。たぶん、工場であることや学校であることを積極的に示すサインだからだろう。
風。
日が陰り始めている。
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春はいつか終わる。
そして、またいつかやって来る。
本当は終わりなどない。時間を線のように捉え、その上に恣意的に終止符を打つのは人間だけだ。
「その思考は、もう終わりか?」
月夜はフィルを抱き締める力を強めた。
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