舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第20章

第200話 “ ”

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 最後にルゥラが何を言ったのか、月夜はすでに忘れてしまった。ルゥラの四肢は煤のように砕け、それに合わせるように、言葉も一つとして手もとに残らなかった。

 残滓だけが残る。

 残滓とは、すなわち、温度、感触、そして、匂い。

 それから、確固たる形を与えられていない、けれど確かに存在する、記憶。

 否、思い出か……。

 気がつくと、月夜は川辺に座り込んでいた。

 左手に広がる竹林、右手に広がる河川。

 ここに来るまでの一連の出来事を振り返り、どのような経緯でこのようなことになったのか、思い出そうとする。けれど、思い出そうとすればするほど、それは遠くへと逃げてしまう。そして、遠くへと逃げてしまうほど、それに手を伸ばしたくなる。しかし、どれほど手を伸ばしても、それはもう手に入らない。

 この距離を感じることを、悲しい、寂しいというのだろうか。

 月夜は立ち上がり、後ろを振り返る。

 待ち構えていたルンルンが、それまで抱えていたフィルを月夜に手渡した。ルンルンは相変わらず理解不可能な表情をしていて、故にその行動も理解不可能だった。しかし、彼女はおそらく自分を守ろうとしてくれた。

「ありがとう」

 月夜の言葉を聞いて、ルンルンは大仰に首を傾げる。骨盤から背骨が外れてしまいそうな勢いだった。

「何が?」

 何が、と問われて、月夜は沈黙する。

 そうだ。

 何が、ありがとう、なのだろう?

 何に対する感謝なのだろう?

 ルゥラは、彼女によって消されたのだ。

 むしろ恨むべきではないか?

 ……。

 暫くの間考えてみたが、月夜はルンルンを恨む気にはなれなかった。そもそも、恨むというのがどういう行為なのか分からない。形と意味のリンクが頭の中にあるだけで、それを実践したことはない。実践されたことはあるかもしれないが……。

 ……。

 自分は、どうして、こうも冷静にいられるのだろう?

 何かを失ったというのに、どうして、こうも平気なのだろう?

 一人立ち尽くして考えていると、唐突に、前方から得体の知れない圧力が加わった。一瞬、何が起きたのか分からなかったが、頭の上から包まれるように手を回されて、身長差から、ルンルンが自分を抱擁したのだと悟った。

 視界が奪われ、代わりに周囲の音がよく聞こえるようになる。

 川のせせらぎ。

 吹き抜ける風の音。

 あの、物の怪の少女の声は、もう聞こえない。
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