舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第21章

第201話 緑翠日

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 玄関のドアを開けると、空が高かった。

 空との距離はいつも変わらないから、そう感じるのには自分の側に原因があるのだろう、と彼女は考える。そもそも、空とは何だろうか。おそらく、地上から上を見上げた場合に、そこに広がる青色の空間をそう呼ぶのだろうが、具体的にどこまでがそう呼べる空間なのか定義されていない。

 ドアを閉めかけると、向こう側から黒猫が現れて、彼女はもう一度ドアを大きく開いた。黒猫は外に出てから律儀に会釈をする。ドアを閉めて鍵をかけ、二人は家をあとにした。

 道路の上を歩くと暑かったが、建物や木々の影に入るとやや寒かった。露出した腕をなんとなく摩る。摩っても温かくなるわけではない。

 途中で黒猫と別れ、彼女は坂道を下っていく。

 いつも通り、という言葉が何を意味しているのか分からないが、とりあえず、彼女の生活はそう呼べそうな具合ではあった。しかし、季節は変わって夏になったし、それに伴って、学校に行くときの格好も変わったから、そうした点はいつも通りではなくなったといえる。しかし、いつも通りというのは、きっとそうした物理的な側面について言っているのではない。

 頭の上を蝉が声を上げて飛んでいく。思わず顔を上げ、その姿を視界に捉えようとするが、すでに見えなくなっていた。

 アスファルトの地面をローファーで歩くと、少々摩擦が強すぎるようだ。この季節になると、特にそれが顕著になる。もともと温度が高いのに、摩擦によってそれが増幅されるからだ。しかし、歩行に支障を来すほどではないから、とりたてて問題視するようなことではない。問題なのは、それを一度は問題視しようとした自分がいることだ。

 どうして、そんなことを思うのだろう?

 何かを問題として扱いたいからか?

 先客のいないバス停に到着して、その場に立ち止まってバスが来るのを待つ。まだ交通量は少ないが、これから多くなることが予想される。全然大した予想ではない。予想とすら呼べないかもしれない。

 こういうところが、いつも通りなのだ、と彼女は感じる。

 背負っていた鞄からお茶が入った水筒を取り出して、一口水分を摂取した。少しだけ、新鮮な感触が口に生じる。けれど、それはあたかも幻想だったがごとく、すぐにどこかへと消えてしまう。もう一口飲もうと思ったが、また同じ感想を抱くだけだと思ってやめておいた。

 今日、ものを摂取するのは、それが初めてではなかった。

 先ほど食べた白米は、今、お腹の中でどうなっているのだろう、と彼女は考える。
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