舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第21章

第206話 透反射

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 校舎に囲まれた道の傍にある花壇に、技術員がホースで水を撒いていた。如雨露ではなく、ホースで撒くのは意外だな、と感じたが、花壇は遙か向こうの方まで続いているので、そうでもしないと作業が終わらないのかもしれない。

 放物線状に流れる水の向こう側に、景色が少し歪んで見えた。本来ならそのものの内に留まっているはずの色が、溶け出してほかのものにまで波及している。そうして、互いに色が干渉し合うが、溶け合って一つになってしまうことはない。あくまで、個は個として独立している。

 どこまでが個であるかを定義するのは難しい。自分という存在がどこまでを含むのか、と考えてみるとそれが分かる。もう何度も辿った思考経路だから、今さら遡る必要もないが。

 月夜が立ち止まって流れる水を見ていると、技術員が彼女に気がついた。

「どうかされましたか?」

 彼は紳士的な振る舞いで月夜の方を振り返り、彼女に尋ねる。

「いいえ」

「やってみますか?」

「やってみます」

 技術員からホースを受け取って、月夜は花壇に水を散布してみる。ホースから出る水の勢いは意外と強く、受け取った直後はホースが手から離れてしまいそうだった。しっかりと両手で掴み、右から左へ、左から右へと水の線を往復させる。

 花壇一つ分が終わると、今度はその左隣の花壇に移った。水分を失って反り返った土に、新しく水を与える。飛沫となった水が植物の葉や茎にも付着し、見るからに新鮮な趣に変化した。濡れているだけで、生きているように見えるから不思議だ。

 技術員に付き添ってもらって、一通り花壇に水を撒き終えると、月夜は彼にホースを返した。

 礼を述べてその場を立ち去る。中庭に噴水がある一画があるが、その縁に腰かけて休憩した。

 普段はあまり意識しないことだが、すぐ傍に流れる水の音がよく聞こえた。手を伸ばし、水面に触れ、ゆっくりとその中へと手を浸す。

 植物は、根から水を吸い上げることで、生きるのに必要な水分と養分を摂取する。それに対して、動物は口からものを取り込むことで、それらを摂取する。つまり、両者の栄養分の移動方向としては、下から上か、上から下か、という点で対立している。この対立が何ら意味のあるものかは分からない。

 植物は綺麗だな、と月夜は思った。

 それは、そう思っただけだから、彼女には制御できない。

 では、どうしてそう感じるのだろう、と彼女は考える。

 それは、そう考えることだから、彼女にもある程度制御できる。
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