舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第22章

第213話 取るか否か

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 太陽に見守られながら洗濯物を干した。見守られながら、というのはあまりにも観念的な表現かもしれない。午後へと向かうにつれ、太陽の光線は次第に強くなっていく。今はそのピークに向かう最中だったから、見守られるというよりも、むしろ攻撃を受けているような感じだった。

 月夜は、基本的に、洗濯物は一階に干す。一階というのは庭のことで、そこに物干し竿がある。一人分だから大層なものは必要ないが、どこに行っても大層な物干し竿しか売っていない。

 蝉の声が耳に煩かった。いや、別に煩くはない。やはりそれも観念的な表現で、事実と差がある可能性がある。蝉の声は一般的には煩いものとして認識されているが、鳥の声はそうではない。それは、鳥の声は美しいものだという一般的な観念があるからだ。

 夏。

 去年の今頃は何をしていただろう、と月夜は考える。しかし、考えても何も思い出せなかった。そもそも、自分は去年も生きていただろうか? この家で、こんなふうに過ごしていただろうか? 人間の場合、思い出せないことがあるのは普通だ。一週間前の晩ご飯を思い出すことも難しい。

 忘れることで生きていける。

 もちろん、忘れることができないこともあるし、忘れてはいけないこともある。

 寝坊してしまったから、少々の心配はあったが、どうやら洗濯物はすぐに乾きそうだった。手に付着した洗剤混じりの水が蒸発して、皮膚の水分を奪っていくのが感じられる。そうして、また濡れた洗濯物に触れて水分を取り戻す。その繰り返し。

 ものから完全に水分をなくすことはそう簡単にできない。

 フィルが今どこにいるのかは分からない。家の中にいるのかもしれないし、外へと遊びに行ったかもしれない。いずれにしろ、遙か遠くの彼方まで、たとえば、日本列島を横断して、ブラジルに向かった、というようなことはない。だから、会おうと思えばすぐに会えるし、全然寂しさは感じない。

 けれど、月夜は、自分の中に一種の寂しさがあることに気がついていた。

 それに気がついたのは、もう随分と昔のことだ。

 随分と昔というのは、去年の夏よりも前だろうか?

 ……分からない。

 特定の何かに対して寂しさを感じる、というわけではない。それはいつも自分の内側にあるが、蜃気楼のように見えたり見えなかったりする。
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