舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第23章

第223話 舞い

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 少年に見つめられたから、月夜は首を傾げてみせた。「何?」と口に出しても良かったが、ジェスチャーにはジェスチャーで返すのが良いだろう、と今日の彼女は判断した。

 少年はゆっくりと立ち上がる。その反動で、彼が触れていた植物の葉が千切れた。立ち上がると、彼が自分よりも頭一つ分背が高いことが分かる。頭上を覆う葉の影が顔にかかり、その葉が風にゆれる度、彼の目もとを露わにしたり隠したりした。

 彼はゆっくりと瞬きをする。本当にゆっくりだった。しかし、やはりコマ送りのように見える。

 少年は千切ってしまった葉の存在に気がついて、暫くそれを見つめていた。それから、目の前に立つ月夜に目を向けると、それを彼女に差し出した。

 差し出されたから、月夜はなんとなくそれを受け取った。

 暫くの間、少年は月夜を見つめていたが、やがて彼女に背を向けると、またもとのようにその場にしゃがみ込む。そうして、また目の前に揺れる植物に触れ始めた。

「一昨日、私の家にいたのは、貴方?」

 暗闇の中に紛れていたから、何か特徴が掴めたわけではないが、背丈や仕草に思い当るところがあるような気がした。ただ、それは本当に気がするだけで、相手にとっては意味の分からない質問だったかもしれない。

 月夜の問いに対して、少年は軽く後ろを振り返ったが、何も言わずにまた正面に向き直った。

 沈黙。

 そろそろバスが来る時刻ではないか、ということをようやく思い出す。

 月夜は、とりあえず、その場を離れることにした。

「僕じゃないよ」

 月夜が一歩踏み出しかけたとき、背後から低く小さな声が聞こえた。靴底の地面からの距離、僅か〇・三ミリ程度の頃だった。

 前に進みかけていた足をもとの位置に戻して、月夜は身体を後退させる。

 もう一度、少年を見る。

 ほかに何かコメントがあるか、と待ってみたが、何もなかった。

 一応、質問の答えは得られたから、今度こそ月夜はその場を立ち去った。質問の答えが真かどうかは分からないが、それは今判断しなくても良いことだろうと思った。

 ……?

 今、判断しなくても良い?

 では、いつ判断するつもりなのか。

 腕時計を確認すると、バスが来るまであと四分三十秒だった。ぎりぎりだ。

 真夏の温度の中、坂道を小走りで下っていく。走るのは不得意ではないが、遅刻しそうで走るのはあまり好きではなかった。

 風。

 熱。

 走り始めて少ししてから、月夜は片手に千切られた葉を握っていることに気がついた。
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