舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第23章

第226話 飼い

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 前方から衝撃があって、月夜は後方に押し倒される。正確には、倒されたのではなかったが、彼女にその衝撃に耐えられるだけの力がなく、倒れざるをえなかった。最近、こういうことばかり起こっているな、と頭の片隅で考える。こういうことというのは、普段は視線に対して垂直方向にあるはずの空が、視線に対して平行方向に現れるような事態、と言い換えられる。

 地面に転がり、月夜は咳き込む。地面に擦れた脚や腕ではなく、解放された首もとの方に先に意識が向いた。アスファルトに片手をついて、もう片方の手で喉もとを摩る。思った以上には咳き込まず、代わりに涙が溢れてきた。もちろん、涙が出るのは喉ではなく目だ。制服に黒い染みがいくつもでき、自分が泣いていることが分かった。

 衝撃はかなりのものだったが、自分のように転がっている者はほかにいなかった。

 前方に影が見える。

 二つ。

 街灯に照らされたり、照らされなかったり。

 影の一方は、歪な形をしている。全体的に人の形をしているのに、腕が片方だけない。だから、それが小夜だと推測できた。

 もう一方は、当然、数秒前まで自分の首を絞めていた少年と推測される。

 二人は争っているようだが、勢力は小夜の方が上に見えた。しかし、事実は逆かもしれない。相手の出方を窺うために、少年の方がわざと手を抜いている可能性もある。

 突然、小夜がこちらに向かってきて、月夜の手を取った。そのまま引っ張られ、彼女に無理矢理立ち上がらせられる。

「立ち去りなさい」

 戦って、息が切れていても良いはずだが、小夜はとても静かな声で少年にそう言った。

 少年は一歩後ろに飛び退き、攻勢を解いて、普通に立つ。

 赤い瞳が、右に行ったり、左に行ったりしていた。二つとも同じ方向に動くから、たぶんロボットではない。そんな推測は何の意味も成さないが。

「次は仕留める、と思う」少年が言った。「まあ、でも、分からない」

 それだけ言うと、少年は空に向かって大きくジャンプする。姿はたちまち視線の外へと消えていった。顔を上げると、彼が電柱を経由して道の遙か向こうまで駆けていくのが見える。

 訪れる静寂。

 小夜が月夜の手を離した。月夜がまたその場に倒れそうになると、小夜が再び彼女の肩に手を回して支えた。

「大丈夫ですか?」

 小夜が顔を覗き込み、確認してくる。

 月夜は小さく頷く。

「私は、戻らなくてはなりません。もう少ししたら、フィルが起きて、ここへ来ます。それまで待っていて下さい」

「さっきの人は?」月夜は質問する。

「彼は物の怪です」小夜は答えた。「必ず、また貴女を殺しに来ます」
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