舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第23章

第225話 請い

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 夜になってもフィルが現れなかったので、月夜はいつもより少し早く帰宅した。といっても、すでに午後十一時を回っている。

 校舎の外に出ると、すぐに涼しい風が感じられた。昼間の人工的な刺すような冷たさではなく、密度の穏やかな肌に浸透するような涼しさだ。アスファルトの地面を踏むと、硬質な音がよく響いた。

 バスに乗って家へと向かう。幸い、まだバスは走っていた。あと少し遅ければ乗れなかっただろう。乗れなければ歩いて帰るしかない。飛んで帰ることができれば、そもそもバスに頼る必要はないが。

 いくつもバス停を通り越して、いよいよ目的地に到着した。いよいよといっても、待ち望んでいたわけではないから、心的態度としてはいよいよではない。反対にするとよいよいとなるが、それが祭りのかけ声を表すのか、それとも夜になりかけた時間帯かける二を表すのか、月夜には判断しかねた。

 ずっと坂道を上って、公園の前まで来たとき、彼女の足は止まった。いや、厳密には自分の意志を持って止めた。今は、そうしようとしてそうしたことが自分で分かった。

 公園を囲む柵の前に、誰かがしゃがみ込んでいる。

 その姿に見覚えがあった。

 朝見かけた少年だ。

 どうしようかと一瞬の計算があったが、月夜は彼に近づいた。同時に、鞄の中から、千切られた葉を取り出した。それを彼に返そうと思ったのだ。

 一歩。

 近づいた刹那。

 少年が身体を起こし、こちらに向かって飛びかかってくる。

 暗闇の中にいるのに、月夜には彼の挙動がよく見えた。だから、とっさに身を翻して、彼の攻撃を避けることができた。

 しかし、追撃は止まない。

 避けた先に腕があった。それに首もとを掴まれる。

 細いが硬質な指の骨が頸椎に絡みつき、自分の身体が悲鳴を上げた。もう片方の腕も添えられ、両サイドから首を挟まれる。

 手に持っていた葉が、零れ落ちる。

 音を立てずに、ひらひらと舞った。

 少し上。

 そこに少年の顔がある。

 禁断の果実のように、赤く光った瞳が宙に浮いていた。僅かな振動に伴って暗闇に尾を引き、湾曲した線をレーザーのように描く。

 口から唾液が漏れ出るのが分かった。

 苦しかった。

 なぜ、苦しいのか?

 生きているからにほかならない。

 しかし、今は、そんな理屈を考えているときではない、と判断。

 苦しい。

 苦しい……。
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