252 / 255
第25章
第250話 どうしても流す
しおりを挟む
学校が終わってから、すぐに家に帰った。いつもなら夜まで学校に残るが、今日はルーシが気がかりだった。
家に帰ると、案の定ルーシの姿が見当たらなかった。フィルの姿もない。空っぽのリビングに、空っぽの空気だけが停滞している。硝子戸から橙色の光が差し込み、ヒグラシの鳴き声が闇に溶けていた。
部屋の中央に立って、ぐるりと周囲を見回す。ぐるりを見回す、という表現ができるのはなぜだろう。
何かに見つめられているような気がした。
それは、いつも自分の中にあるもの。
唐突な目眩。
四角いはずの天井が円形に見える。
バランスを崩し、ソファに凭れかかる。脚の力が抜けて、床にぺたんと座り込んだ。
今日学校で学んだことが、頭の中をぐるぐると駆け回っていた。色々な文字や数式がすべて統合されたかと思うと、今度は限りなく分裂され、もとの姿が見る影もなくなる。
リビングのドアが開いて、誰かがこちらにやって来るのが分かった。紙みたいな足音。軽快な摩擦音は、溶け出した世界にむしろ新鮮だった。
月夜の傍までやって来ると、その誰かは彼女の身体に触れた。顔を上げて朧気な目で相手を見る。
なんとなく、それがルーシだと分かった。
さらに、背後から黒い四肢を纏った動物の姿。
「やはり、お前のせいだったか」フィルの声が聞こえた。「何とかしなければ」
「何とか、とは?」ルーシが尋ねる。
「何でもいい。眠らないようにするんだ」
「眠らないように?」
フィルが月夜の前に来て、彼女の掌に噛みついた。手の表面から甲にかけて、パイプで突き抜けられるような痛みを覚える。
痛くて、月夜は、痛い、と零した。
考えて発したのではない。
おそらく、反射。
ルーシが月夜の肩に手をかけ、身体を持ち上げる。その力は想像以上に強く、彼女は一度に床から引き剥がされた。
「やりすぎだ」フィルが呟く。
「なるほど」ルーシの応答。
ルーシは月夜をソファに座らせた。それから、両手で彼女の頬を挟む。何の陰影もない瞳で見つめられた。鋭い眼差などではない。鈍すぎて、色がなく、生きているとは思えない。
「僕のせいらしい」ルーシが言った。「ごめん」
「……何が?」月夜は小さな声で尋ねる。
「色々」
色を失いかけていた世界に、少しだけ色が戻った。しかし、少し気を抜けばまたすぐに失われてしまいそうだ。
雷が鳴れば良いのに、と思った。
それから、自分にしては素直な発想だ、とも。
家に帰ると、案の定ルーシの姿が見当たらなかった。フィルの姿もない。空っぽのリビングに、空っぽの空気だけが停滞している。硝子戸から橙色の光が差し込み、ヒグラシの鳴き声が闇に溶けていた。
部屋の中央に立って、ぐるりと周囲を見回す。ぐるりを見回す、という表現ができるのはなぜだろう。
何かに見つめられているような気がした。
それは、いつも自分の中にあるもの。
唐突な目眩。
四角いはずの天井が円形に見える。
バランスを崩し、ソファに凭れかかる。脚の力が抜けて、床にぺたんと座り込んだ。
今日学校で学んだことが、頭の中をぐるぐると駆け回っていた。色々な文字や数式がすべて統合されたかと思うと、今度は限りなく分裂され、もとの姿が見る影もなくなる。
リビングのドアが開いて、誰かがこちらにやって来るのが分かった。紙みたいな足音。軽快な摩擦音は、溶け出した世界にむしろ新鮮だった。
月夜の傍までやって来ると、その誰かは彼女の身体に触れた。顔を上げて朧気な目で相手を見る。
なんとなく、それがルーシだと分かった。
さらに、背後から黒い四肢を纏った動物の姿。
「やはり、お前のせいだったか」フィルの声が聞こえた。「何とかしなければ」
「何とか、とは?」ルーシが尋ねる。
「何でもいい。眠らないようにするんだ」
「眠らないように?」
フィルが月夜の前に来て、彼女の掌に噛みついた。手の表面から甲にかけて、パイプで突き抜けられるような痛みを覚える。
痛くて、月夜は、痛い、と零した。
考えて発したのではない。
おそらく、反射。
ルーシが月夜の肩に手をかけ、身体を持ち上げる。その力は想像以上に強く、彼女は一度に床から引き剥がされた。
「やりすぎだ」フィルが呟く。
「なるほど」ルーシの応答。
ルーシは月夜をソファに座らせた。それから、両手で彼女の頬を挟む。何の陰影もない瞳で見つめられた。鋭い眼差などではない。鈍すぎて、色がなく、生きているとは思えない。
「僕のせいらしい」ルーシが言った。「ごめん」
「……何が?」月夜は小さな声で尋ねる。
「色々」
色を失いかけていた世界に、少しだけ色が戻った。しかし、少し気を抜けばまたすぐに失われてしまいそうだ。
雷が鳴れば良いのに、と思った。
それから、自分にしては素直な発想だ、とも。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる