エーヴ王国の恋愛模様

Ringo

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“国民の妹”アンリエット

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エーヴ王国の末姫アンリエット(16)は、天使のように愛らしい王女である。

ふわふわのハニーブロンドにはいつも小花を模した髪飾りを編み込み、色白な頬は薄っすら桃色に色付いており、唇はぷっくりとして艶やか。

くりっと丸い垂れ目がちの瞳は柔らかな黄緑色で、春の息吹を感じる温かさを持つ。

彼女が笑えば周囲は幸福感に包まれ、木の葉が風にそよぐような軽やかな声は、聞く者の心を穏やかにさせた。

小柄な体格に幼さの残る面立ちが相まって、彼女は“国民の妹”と呼ばれ愛されている。


「ルディ!!」


そんな彼女が愛してやまないのが、婚約者である侯爵子息ジェラルド=エティエンヌ(18)。

父親の補佐として登城に伴ってきた彼の元へ駆け寄ると、勢いよく抱き着いた。


「アンリエット姫、淑女は走ってはならないと何度も言っているでしょう?いけませんよ」


受け止めたジェラルドはビクともしない。

代々外務大臣を務めるエティエンヌ家に生まれたジェラルドは、文官でありながら鍛えている。

きっかけはアンリエット。

幼き頃、若くして騎士団統括となったジェラルドの叔父を見て『素敵ね』と言ったから。

実のところ隊服の意匠について言っただけなのだが、嫉妬に燃えたジェラルドはその日から鍛錬にも勤しんできた。

ジェラルドはお転婆な婚約者を言葉で窘めながらも、紺青色の瞳を柔らかく細めて愛おしげにアンリエットを見つめる。


「だって……」


ジェラルドの胸板あたりを指先でクリクリして仰ぎ見れば、自分を映す瞳の奥にドロリと燃える焔を見つけて頬を染めた。


「…会いたかったの……寂しかった…」


ふたりは婚約して10年になるが、早過ぎる結婚は様々な弊害があるとして法律が変わり、あと2年は婚約者のまま。

当然、王女であるアンリエットの乙女を散らす事は許されず、認められているのはエスコートでの接触のみ…なのだが、むしろアンリエットの方から積極的に絡んでいく為、彼女を溺愛する国王も強くは諌められない。

干渉し過ぎて娘に嫌われたくない複雑な男親心。




「たった5日ではないですか」

「5日“も”よ、酷いわ。ルディはわたしに会いたいと思わなかったの?」

「会いたかったに決まってる」


どんぐり型の目を潤ませて拗ねるアンリエットが可愛くて仕方のないジェラルドは、赤らむ頬へ優しく口付けを落とした。

これはふたりが幼い頃から変わらない、仲直りのルーティン。

ジェラルドの事が大好き過ぎるが故に拗ねたり泣いたりしてしまうアンリエットを、彼は殊の外愛している。

嫉妬や束縛を全面的に受け入れ、アンリエット以外の女性には愛想笑いのひとつもしない。

だが氷のような冷たさで接するにも関わらず、一部の令嬢達からは「そこがイイ」と纏わりつかれてしまい、アンリエットは嫉妬で拗ねる。

そしてまた仲直りを繰り返し、ふたりの仲は日に日に深まっていた。


「ルディ…大好き♡」

「私もお慕いしておりますよ、アンリエット姫」


見つめ合い、すっかりふたりの世界を構築して忘れているようだが、ここは城内の回廊。

たとえ公認の婚約者同士とはいえ、人目も憚らずにしていい行動ではない。

「ごっほん!!」という、態とらしく諌めるような咳払いが響いた。


「あら、エティエンヌ侯爵。ごきげんよう」

「居たのですね、父上」


まるで反省の色を見せないふたりに呆れるが、友人の愚痴に聞く『娘が婚約者と上手くいっていない』となるよりまだマシか…と内心で嘆息する。


「おはようございます、姫様。本日も大変お元気そうで何より。そしてジェラルド…お前、父と共に登城した事を忘れたのか?痴呆症か?ところで姫様、先程ユゲット夫人をお見かけ致しました。これからマナー講義のお時間では?」

「……まだ平気だわ」

「そうですよ、父上。ユゲット夫人の講義まであと30分はあります。その後も今日は語学講習が三つも控えているのです。間に挟む休憩はほんの10分程度。少しくらいの息抜きをしないと、アンリエット姫が疲弊してしまうではありませんか。私の姫が倒れでもしたらどうするのです」


思わずジト目で饒舌な息子を見てしまうが、思い返せば息子は昔からアンリエットに並々ならぬ恋心…と言う名の執着を見せていた。

何時に起きて何時に寝るのかは勿論、何を食べて何をして過ごすのか…更には下着の色まで知りたがった程に。

息子は変態なのだろうか…と悩んだ事もある。

流石は父、大正解。

現在、アンリエットの所有する下着は全て様々な濃淡の蒼色で揃えられているが、当然ながら贈り主はジェラルド。

そして露骨な独占欲にアンリエットが喜色満面となっている事を、侯爵は知らない。


「……お送りしてから戻りなさい」

「畏まりました」

「ありがとう、お義父とう様」


仲良く手を繋いで歩くふたりを見送りながら、エティエンヌ侯爵は深い皺を刻む眦を下げた。

些か思うところはあれど、一途に互いを想い合う様子は微笑ましい。

何より、いずれは夫婦となるふたりが仲睦まじい事は、家督の安寧や繁栄にも良き影響を齎す。

きっと沢山の子宝にも恵まれる事だろう。


「ジェルメールにも見せたかった…」


亡き愛妻へ想いを馳せつつ、ひとり執務室へと足を向けた。




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