エーヴ王国の恋愛模様

Ringo

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寂寞の公爵令嬢タチアナ

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エーヴ王国には4つの公爵家があり、そのひとつレアンドル家には現王の妹が嫁いでいる。

公爵家としての歴史は一番浅いものの、実直な人柄を受け継ぐ歴代当主は代々裁判官を務め、王家は元より国民から広く支持されてきた。

特に現当主は叡智に富んだ頭脳を持ち、公正な判断を下すと信頼も厚い人物。

だが妻のこととなると途端に知能指数が下がり、周囲は何かと振り回されっぱなし。

その筆頭と言えるのが、次期公爵でもある長女タチアナ(16)とその婚約者であろう。


「お嬢様、ニコライ様よりお手紙と小包みが届いておりますわ」


講義の休憩時間に侍女からそれらを受け取ると、暫し眺めてから小さな嘆息を漏らした。

贈り主はタチアナの婚約者である侯爵子息ニコライ=マルセル(22)。

本来なら喜び勇んで開封するものだろうに、タチアナはただ黙って視線を落とすだけ。


───贈り物も手紙も嬉しい…でも……


暫し佇み封筒から便箋を取り出すと、熟れた林檎の香りがして益々恋い慕う想いが溢れてきた。


「……ニコライ様の香り………」


言葉数の少ない婚約者は滅多に甘い台詞を口にしないが、手紙の上では驚くほど饒舌になる。

この日届いた便箋にも、素直な想いがこれでもかと綴られていた。




─僕の可愛いタチアナ

君が傍に居ないと世界は色褪せている
君が一緒でないと食事も美味しくないんだ
君が隣に居ないとよく眠れない

離れていればいるほどに君が恋しくて
離れている間に奪われるんじゃないかと怖くて

僕は不安と嫉妬で狂いそうになる

君に名前を呼んでもらいたい
君を強く抱き締めたい
君の柔らかい唇に口付けたい

タチアナ

早く君の元に帰りたい

でもそれはまだ叶わないから、せめて君と同じ時間を過ごせたらと思う

愛してる

─ニコライ=マルセル




何度も読み返したタチアナは頬を赤く染め、小包みを開けて可愛らしい小瓶を取り出す。


「そちらは?」

「研修先の街で見つけた茶葉だそうよ」


小瓶の中には紅茶の葉と乾燥した林檎の欠片が詰められており、蓋を開けると甘く…それでいて清涼感のある香りが漂った。


「ニコライ様も、お仕事の合間にこちらを飲んでいらっしゃるんですって」

「左様でございますか。では、本日はこちらをご用意致しましょう」

「えぇ…お願い」








好物のマカロンが皿に盛り付けられ、お気に入りのカップからは湯気と香りが立ち上っている。


「いい香り…」


ニコライは法務部に属し、レアンドル家へ婿入りするに当たり裁判官を目指す文官。

必ず裁判官である必要はないのだが、幼少期からタチアナの父親を尊敬しており自ら望んだ。

見聞や知識の幅を広げる為に様々な国へ研修に出ており、戻るのは年に1、2回。


「ニコライ様は今コンドル王国でしたか?」

「…カレルヴォ王国らしいわ」

「それはまた…随分と足を伸ばされましたね」

「えぇ…1年振に戻るはずだったのに…」


ニコライによれば『法務部がカレルヴォへ向かう』との一報が入り、招集がかかったらしい。


「カレルヴォということは、まだ暫くお戻りが先に延びる…という事でしょうか」

「……そうでしょうね」


元はひとつの国が内乱で分かれ、3つの新しい独立国家となった。

カレルヴォはそのひとつ。

新たな君主の元、新しい法律が制定される。

その助言や手助けをする為に法務部からも人的支援が成されたのだが、タチアナが納得いかないのはニコライが招集されるに至った経緯。


【君のお父上から“我の名代を務めよ”と身に余る光栄を頂戴した。レアンドル公爵家の名に恥じぬよう努める】


ふつふつと怒りが湧き上がり、その矛先は法務大臣である父親へと向かう。

目を閉じて深呼吸を3度繰り返すと、目をカッと開いて徐に立ち上がった。


「お父様は?」

「本日はお休みですから、奥様とダイニングルームのサロンにいらっしゃるかと」


いざ、行かん。






*・゚・*:.。.*.。.:






「お父様っ!!どういうことですの!?」


バンッ!!と開けた扉の先には、予想通り両親が陽だまりで寛ぐ姿があった。

大きなソファーにふたり寝転ぶ形で。


「突然なんなんだ、藪から棒に」


折角の休日に妻と過ごす時間を邪魔されたと、不機嫌な態度で押し返す。

腕の中に愛する妻を抱き締めたまま、シッシッと片手を振って退室を促した。

だが怒りに打ち震えるタチアナは応じない。

タチアナが推察するに、本来ならカレルヴォへ向かうべきは大臣を務める父親であったはず。

それをニコライの向上心を擽り丸投げした。

それだけ信頼しているからとも言えるが、そのせいで恐らく半年は帰れない。


「仕方ないだろう?身重の妻を置いて行くわけにはいかないのだから」

「ヴァリオったら、わたくしは大丈夫よ?」


そう、原因は母ヴィヴィアンの懐妊。

年子の娘三人を持つヴィヴィアンは14年振りに子を身篭り、ただでさえ妻を溺愛する父親の過保護っぷりに拍車をかけてしまった。


「俺が無理なんだ。愛する君とお腹の子に何かあったらと心配で、正常な判断を誤ってしまう」

「ふふっ、ヴァリオでも間違うの?」

「あぁ、君がいないと俺は駄目男になるんだ」


イチャイチャイチャイチャと繰り広げられる光景に、タチアナの瞳に涙が滲む。

元はニコライ本人の意志で多忙な事もあるが、それ故にデビュタントすらエスコートを従兄弟に頼まざるを得ず、それ以降の夜会は壁の花。

婚約者を伴う茶会でもひとりぼっち。

寂しさと我慢の限界だった。


「っ………お父様の馬鹿っ!!嫌いっ!!」





この日から一週間、タチアナは部屋に籠城したのである。




    
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