エーヴ王国の恋愛模様

Ringo

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閑話✻断罪後の姉妹〜ルイーズ&ルミール〜

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ルミールは幼い頃から異母姉を慕っていた。

自分と同じ黒い髪を持ち、けれど自分の赤い瞳とは違う空色の瞳をしたルイーズのことを。

本館に住まいを移すと言われた時は「お姉様と一緒に暮らせる!!」と無邪気に喜んだが、そんな日は来ないのだと早々に理解する。


「あの女が産んだ娘なんて要らないのよ。いっそ病気にでもなって死なないかしら」


自分によく似た顔で口汚くルイーズを罵り暴力を振るう母親に対し、この状況を打破する為に反抗は悪手と悟り、大人しく従う素振りを続けた。


「ルミール、あんたがこの伯爵家を継ぐのよ」


いつの間にか自分が後継者となっている事に驚くが、母親に依存している父親ならそれも有り得る事だと、特に異論は呈さない。

そして周囲をじっくりと観察すれば、使用人達も自分と同じ心積りなのだと気付く。

そう確信出来るまでだいぶかかったけれど。


「お姉様、お食事をお持ち致しましたわ」

「……ルミール…ここへ来ては駄目だと何度も言っているのに……」

「たとえお姉様でも、その意見には同意しかねます。さぁさぁ、お召し上がりになって」


父母や弟妹の目を盗んではルイーズの元を訪れ、こっそりと交流を持ちながらきたるべき日を共に待つ…そんな日々を過ごした。

婚約者の協力を得て、ヴェロニク辺境伯に現状を知らせる事をしたのもルミール。


「ルミール姉様もストレス発散すればいいのに」

「あの子がどうなろうと興味もないわ」


家族の目を欺きつつ、後継者になるべく勉学に励む振りを続け、異母姉を救い出す機会を窺う。

愚者共を完膚なきまでに叩き潰す為、ルイーズを愛する者達は暴れ狂いそうな心に忍耐を強いた。

そしてデビュタントを迎えたのである。






*・゚・*:.。.*.。.:






元マイヤ伯爵家は全員貴族籍を失い、ルイーズは辺境伯の養女となる事が決定していたが、そんな彼女の残る懸念はルミールのこと。

平民となったままでは、婚約者侯爵家三男と共に在ることは叶わない。


「ルミールといる為なら僕も平民になる」


彼は躊躇なくそう口にしたが、高位の貴族子息として大切に育てられた彼を、わざわざ平民には出来ないとルミールは固辞。

しかしそんなふたりに吉報が入る。

身体的理由から子を成せないアガサ男爵から養女に迎えたいとの打診があり、ルミールは男爵令嬢となる事が確定。

とはいえ男爵令嬢と侯爵子息…身分差から婚姻は難しいと別れる覚悟を決めるが、その憂いもすぐに取り払われた。


「息子がね、結婚するなら貴女でないと嫌だと言うのよ。わたくし達もそう思うわ」

「アガサ男爵領は良質な作物が採れるし、領民も真面目な者が多いと聞く。息子夫婦が継ぐ領地だしな、我が家も必要な支援をしよう」


ファニング侯爵夫妻もルミールを望み、新たな身分で婚約を結ぶ事と相成った。

すると今度は、ルイーズの今後が心配で堪らないルミール。


「ねぇルイーズ。貴女も辺境伯令嬢となるからには、いずれ婚約者を作るのでしょう?誰かお慕いする人はいないの?」


実のところ、ルミールには心当たりがある。

デビュタントの会場を警備するひとりの近衛騎士に、ルイーズがほんのり頬を赤く染めるのを目にしていたのだ。


「…………いないわ」


ルイーズはそう答えるが、その命を守る為に僅かな変化も逃すまいとしてきたルミールに偽りは通じない。

だが同時に、件の近衛騎士を思い浮かべて同情の念も抱いてしまう。

何故なら人外な美貌を持つその騎士は、苛烈な性格をする婚約者がいると有名だから。


「わたくしはこれから先の人生、手を差し伸べてくれた人達に恩を返していきたいの。危険を冒してまで支えてくれた使用人達や、ファニング侯爵家の皆様…勿論、貴女にもね。その為に結婚が必要とされるならば、辺境伯お父様のご意思に沿ってその方の元へ嫁ぐだけよ」

「……ルイーズ…」

「でも……ひとつだけ我儘を言ってもいいと許されるなら………あの方を慕う心だけは持ち続けていたいわ」


想うだけなら罪にはならないでしょう?

そう言って微笑むルイーズは幸せそうだった。






*・゚・*:.。.*.。.:






「ルイーズ、こっちよ。静かにね」


辺境に移るまでの間、ルイーズはアンリエットに誘われて度々王城を訪ねていた。

防衛の要でもある辺境伯と王家の間には、強固な信頼関係が築かれている。

元より顔見知りだったふたりも交流が増え、登城したルイーズをあちらこちらへ連れ回す様子も、この頃には見慣れた光景。

そしてこの日も、アンリエットは親友となったルイーズの為にへ身を潜めていた。

当然ながら護衛も付き添う為、女性騎士達も身を屈めるという些かおかしな状況。


「えっと……何処かしら」

「…………あちらにいらっしゃるわ…」


ポッと頬を染めたルイーズの視線を辿れば、そこには人外美人な騎士が鍛錬に勤しむ姿がある。


「あら本当だわ。相変わらず令嬢の数と声援が凄いったらないわね」


同僚と模擬戦を行っている様子を、ふたりの位置よりも近い場所を陣取り騒ぐ令嬢達。

その殆どが人外美人な騎士の名前を叫んでおり、


「あ、イヴォンヌが何か言ってる。きっとまたエサイアスに焼きもちでも妬いて、当たり散らしているんでしょうね」


その言葉にルイーズは表情を曇らせた。


「…………エサイアス様は…イヴォンヌ様の事を愛していらっしゃるのね…」


理不尽な八つ当たりも、エサイアスは寛大な心で受け止めていると聞き及ぶ。

それは愛があるが故の事だとルイーズは思った。


「どうなのかしら…正直なことを言えば、諦めに近いものを感じるけれど」


後ろで大きく頷く女性騎士達の様子に、前を見るふたりが気付く事はない。

そしてルイーズは、たとえアンリエットの言う通りだとして…貴族同士の婚姻に個人的な感情は必要ないのだと内心で独り言ち、辺境に行けば滅多に見かける事は叶わなくなる想い人の姿を、目に焼き付けるようにして見つめた。




2年後、予期せぬ再会をするとは思わずに。






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