裏切る者と、裏切られた者

Ringo

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②再会する男(後編) side夫

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「ミリア」


ハンスから話を聞いてから数日後。

侍女の制服に身を包む噂の“彼女”を見つけ、つい以前の呼び名で声をかけた。

振り向いた彼女は俺の姿に驚き…そして途端に瞳を潤ませ始める。


「……アベル…」


久し振りに聞いた柔らかな声に…不安げに瞳を揺らして涙を浮かべる姿に…場所も立場も忘れて腕の中に閉じ込めた。

ここは互いの職場でもある王宮。

そして認めたくはないが俺は既婚者だ。

許される行動ではない。

だけど我慢出来なかった。


「ミリア…どうして……」


腕の中にすっぽりと収まる彼女の髪から、懐かしい香りがして鼻先を擽る。

恋しくて、焦がれていた香り。

ずっと心から消える事のなかった存在。


「……アベル………結婚したの…?」


か細く聞こえてきた言葉に、屋敷で我が物顔をして過ごしているであろう女が過り殺意が沸いた。

息子に対しては愛情があるが、あの女には未だに憎悪と嫌悪感しかない。


「……子供も…いる……って…」


消え入りそうな涙声に、胸が締め付けられる。

どうして“彼女”がここにいるのか。

どうして王宮侍女をしているのか。

どうして髪色が違うのか。

聞きたいことは沢山ある。

そして、話さなくてはならないことも。


「ミリア……話がしたい」

「…ダメ……だって…っ」


ここが職場であるとか、俺の状況とか…そんなものはどうでもいいと思った。

ただ彼女を逃がしたくない。

もう二度と離れたくない。

それだけの思いで、咄嗟に唇を重ねた。


「アベル、、やっ───」


驚いて離れようとする彼女の細い腰と後頭部を押さえ、唇が薄く開いた瞬間に入り込む。

抵抗しようと俺の胸を押していた彼女の腕が首に周り、絡め返された温もりに目頭は熱くなる。

ずっと後悔していた。

ずっと会いたかった。






ミリアンナ……俺は今も君を愛している。






*~*~*~*~*~*






プラナ王国はここから三つ国を挟んだ国で、最後の遊学先であり一年間滞在した。

ミリアンナはプラナ王国の公爵令嬢。

俺が初めて想いを寄せた女性。

ミリアンナも同じ想いを抱いてくれて、後継者である兄がいることから、公爵家としても俺との婚約には好意的だった。

俺の両親からも快い返事を貰い、帰国したら正式に婚約を申し込もうと両家で話もしていた。








その願いが崩れたのは帰国間近となった時。

公爵家嫡男が詐欺事件に巻き込まれ、家の存続に関わる損害を出してしまった。

詐欺を働いたとして嫡男は捕らえられ、家を存続させる為に持ちあがったのが、プラナ王国の第二王子とミリアンナの政略結婚。

事件解決の手柄をあげた第二王子が婿入りする方向で話は進み、王家が負債を肩代わりした。

明らかに仕組まれていたと思えてならない。

聡明な嫡男が詐欺に加担した事もそうだが、その手柄は全て第二王子のもの。

決して優秀とは言い難い男が、複雑に絡み合った事件を解決するなど…誰もが首を傾げた。

そして、予め用意されていたとしか思えない婚約に関する書類の一切。

明らかに狙いは最初からミリアンナ。

特別な状況だからと婚約期間は設けず、すぐに婚姻を結び初夜を迎える旨が記載されていた。

ミリアンナや公爵家の意向は一切無視。


『残念だな、他国の侯爵子息よ。ミリアンナが結婚するのは俺で、ミリアンナは俺の子を孕む』


よそ者である俺からミリアンナを奪い、自分のものだと高らかに笑う男に殺意すら沸いた。

だが俺は他国の貴族子息でしかない。

事を起こせば国際問題となる。

駆け落ちも考えたが現実的ではなく、他国の王家が絡む婚姻に俺の実家が口を出すことも叶わず…身を引くしかなかった。

帰国の途は地獄で、今頃ミリアンナはあの男に無体を働かれているのかと、何度も狂いそうになって喚き叫んだ。








もう会うことは叶わない。

触れることも叶わない。








それなら、俺は誰とも結婚したくない。

誰にも触れずにいたい。

後継は親戚筋から受け入れればいい。




そしていつか、

年老いてからでも一目会いに行きたい。







そう思っていたのに、あの女に嵌められた。






*~*~*~*~*~*






戸惑うミリアンナの手を引き足早に進む様子に、すれ違う人達が驚いて視線を寄越すが構わない。

私室に連れ込むと、そこに控えていたベントレが目を丸くして驚き…ミリアンナと気付くとすぐに笑みを浮かべて受け入れてくれた。

遊学に付き添っていたベントレは、勿論ミリアンナの事を知っているし、当時の俺との関係も把握している。


「ベントレ、お茶を頼む。あと菓子も幾つか。ミリアはこっち」

「え、、えぇ……」

「畏まりました」


笑いを含んだ返事をするベントレには構わず、戸惑うミリアンナをソファーに座らせ、俺はその隣に腰を下ろした。

ミリアンナの仕事は終わっていると言うし、俺も残りは幾つかの署名だけだ。

時間を気にせず過ごせることに…久し振りに傍にいられることに…少しだけ浮わついてしまう。


「ミリア…この髪、どうした?」


俺がそう問うと、ミリアンナはおずおずと手を頭に添え…被っていた鬘を取った。

現れた黒髪は、耳の下で切り揃えられている。


「黒はこの国で珍しいから……」

「……そっか…でも似合ってる」


思わず髪に指を通してそう言うと、ミリアンナは恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。

かつては腰まであった艶やかで綺麗な黒髪。

貴族令嬢にとって髪を切ることは、その世界から身を引くことを意味する。

再会するまでの間に一体何があったんだと心配になっていると、ミリアンナが眉をへにょりと下げて教えてくれた。


「邪魔だから切っちゃった」

「…ミリア……第二王子とは…」


結婚は…初夜はどうしたのかと気になるが、そんな事を聞けるはずもない。

情けなく言い淀む俺に、ミリアンナは俯き力なくふるふると首を横に振った。


「……逃げ出したの…」

「…逃げ出した?……第二王子から…?」


ゆっくりあげた顔は悲しみに染まっていて、大きな空色の瞳からはポロポロと涙が零れ落ちる。


「いや…だったの……貴方以外と結婚なんて…初夜なんてしたくなく…っ…て……」


つっかえながらも、懸命に話すミリアンナが愛しくて…俺は自分の現状を呪いたくなった。

俺の意思ではないとしても、実際にミリアンナ以外の女性と体を繋げ子供まで儲けた。

ミリアンナがあの王子と…と思うだけで怒りに染まるのに、実際そうなっている俺に…ミリアンナはどれほどの衝撃を受けただろうか。


「お父様達が、、逃げていいって…大丈夫だから行きなさい、、って……でもっ……おと…おとうさまと……おか…ぁさまは……っ…」


言葉に詰まるミリアンナを抱き寄せると、堪えていた嗚咽も漏らし始めた。


「っ……もう、、会えない…ッ……」


悲鳴にも近いミリアンナの言葉を聞いて、ベントレは静かにその場を辞した。

公爵達がどうなったのかは聞かずとも分かる。

醜悪で卑怯なあの王子の事だ。

恐らくミリアンナの兄も道連れにされた。


「っ……アベ、、ルに……っ会い、、たく…て……わたし、、っ……わた、、し……」


プラナ王国からここまで、最短でも三つの国を跨がなければならない。

公爵令嬢であるミリアンナが、その道のりをどのようにして渡りここへ辿り着いたのか…何故ここで働いているのか…分からないことだらけだ。


「……連れて逃げればよかった…ごめん……」

「っ、、、、」


ミリアンナは小さく首を振るけれど、そうすべきだった。

だけど当時の俺はまだ何も出来ない小僧で、ミリアンナもまだ少女でしかなかった。

家族にも振りかかるであろう咎を恐れ、離れることが最善なのだと思っていた。

それしか選択肢がないと……

今でも分からない。

どうすればミリアンナが家族を失わず、俺に嫁ぐことが出来たのか。








「……ミリア…俺の話を聞いてくれる?」


幻滅させてしまうかもしれない。

たとえどんな事情があろうと、

俺は既婚者であり息子もいる。







だけどもう……



心から愛するミリアンナと離れるなど出来ない。







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