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届けられたデビュタントのドレス
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𓂃𓈒𓏸︎︎︎︎
デビュタントを目前に控えたリリーチェの元に、繊細な銀糸の刺繍が施された純白のドレスが届けられた。
この国で純白のドレスを身につけるのは、デビュタントと結婚式の時だけ。
どちらも用意するのは家族か婚約者であり、リリーチェにドレスを贈ったのは勿論アルバート。
侯爵家が懇意にする商会に依頼して、現在のサイズに合わせたものを誂えてもらった。
「綺麗……」
「ご着用されるのが楽しみですね、お嬢様」
生地は純白と決められているが、そこに施す刺繍や付随する宝飾の色は自由。
婚約者がいる者は、相手の髪や瞳の色をイメージした糸や宝石を使うのがお決まりである。
リリーチェのドレスに縫われている糸はアルバートの銀髪を思わせ、ティアラやネックレスなどの宝飾品はプラチナの土台に極上のアメジストが輝きを放っている。
愛する婚約者の瞳を彷彿とさせるその輝きを見つめながら、リリーチェは思いを馳せていた。
「……間に合うかしら…」
早馬で届いた手紙によれば、デビュタントの式典がある3日前に帰国出来るらしい。
エスコートは必ずすると書かれていたが、何よりも優先すべきは第1王子…ならびに婚約者となった王女殿下の身の安全。
その為なら帰国を延ばす可能性もあるだろう事は理解しているが、やはり早く会いたい。
「アル……」
届けられたドレスをそっと抱き締めていると、涙が溢れそうになってしまい慌てて侍女に渡した。
染みを作るわけにはいかない。
「…良かった…皺にもなってない」
元の場所に戻して安心した途端、雫が頬を伝ってポタリと流れ落ちた。
ここ最近、リリーチェは不安に駆られている。
3日と開けずに手紙は届き、週に1度は何かしらのプレゼントが贈られていたが、同時に良からぬ噂も舞い込むようになった。
“グルナッシュ公爵家の嫡男が、女性を伴って帰国するらしい”
そんな噂が世間を騒がせており、ひとり残され放置状態…と見られているリリーチェには、同情や嘲笑など様々な視線が送られている。
噂が流れ始めたのは、第1王子が王女殿下と正式に婚約を結んだ3年前。
それまでも『女性と一緒に歩いていた』だの『新しい相手を選んだ』だの噂はあったが、ここ最近の噂には妙な真実味がある。
発端はその国を訪れたという者の証言。
『女性と2人きりで街のカフェにいるのを見かけた。ご嫡男は頬を染めて…それはそれは幸せそうに微笑みながら、お相手と会話を楽しんでいる様子だった』
『2人が宝飾店で商品を選んで購入する姿も何度か見かけたんだ。あれは本命だと思うぞ。あそこの商品はどれも高額だからな』
当時の状況をこと細かく話す様子に嘘や偽りは見受けられず、誰しもが真実だと受け取った。
それはグルナッシュ家とメルロー家の者達も同様で、リリーチェの心情を慮ってアルバートの話題を避けるようになっている。
けれど手紙は勿論のこと、プレゼントに添えられる小さなカードに書かれている文字もアルバート本人のもので、そのいずれにもリリーチェを想う文言が綴られていた。
ドレスを誂えた商会によれば、進捗状況を尋ねる使いが何度も訪れていたらしい。
その都度、職人達が困惑するほどの質問を投げかけられ、その答えは“報告書”としてアルバートに届けられていたとか。
だからリリーチェは覚悟を決めた。
もしこれが最後の贈り物になったとしても、アルバートが望むようにしてあげよう…と。
「だけどエスコートは…して欲しいわ」
「必ずお戻りになられますよ」
老年の侍女に励まされ、心が落ち着くようにと用意された花茶を口に含んだ。
芳醇な香りと味わいが心身に染み込んでいく。
その頃、アルバートは帰国の為に王家が用意した馬車に揺られていた。
ちなみに1番豪奢な馬車なのだが、それは賊の目を向けさせる為。
荷馬車を合わせると距離を置きながら10台以上も連なっているが、ランドルフと王女が乗る馬車は頻繁に変えられている。
そしてアルバートの向かいにはひとりの女性が座っているが、当然ながら2人きりではない。
アルバートの隣には王女の護衛騎士が座り、女性の隣にはランドルフの乳母だった侍女頭がいて、女性2人は長旅の疲れなど見せずお喋りに花を咲かせていた。
「子供はいいわよ。大きくなると生意気になるけど、この子の為ならってなんでも頑張れる」
「そうなんですね…私も早く子供が欲しいです」
そう言って女性は向かいに座る男に視線を向け、ニコリと微笑んだ。
ほんのりと頬を染めて可愛らしい。
「着いたら結婚するんでしょう?」
「私はそのつもりなんですけど…」
困ったように眉を下げた女性の心情を読み取り、侍女は向かいに座る男に厳しい目を向ける。
「女性にこんな顔をさせちゃダメじゃない。こういう事はしっかりハッキリしないと」
「……すみません」
男は眉間に皺を寄せてグッと喉を鳴らして小さく謝罪した。
「もう覚悟はきめたんでしょ?」
「それは……はい」
尚も皺を刻んだまま、硬い表情で男は答える。
はたから見たら「不本意なのか?」とも取られかねない様子だが、実の所は小躍りしたいほどに内心ではお祭り騒ぎをしている。
想いを寄せる相手に「子供が欲しい」とまで言われ、気を抜けば鼻血すら放出しかねない。
しかし“己は騎士”という精神と矜恃から、人前でだらしない顔など見せられないと踏ん張っているだけなのだ。
そんな男の心情を察したのは、隣に座るアルバートただひとり。
5年の滞在で親しくなり友人となった男の口下手さ加減には呆れているが、それでも真剣な想いを知るからこそ応援してきた。
「ザック…こういう時くらい、素直に自分の気持ちを伝えたらどうだ?口下手にも程があるぞ」
ザックと呼ばれた男は名をアイザックという。
王女が幼少期から仕え始め、御年28歳。
武家の一族である伯爵家の次男であり、現在は騎士爵を得て王女の筆頭護衛騎士を務めている。
女性経験はあるが、閨教育で受けた1度きり。
流れが分かればあとは自己鍛錬同様に自身でなんとかすると言って教本を読み漁り、以降の14年間は右手が相棒である。
本人もまさかこんなに長く自主学習に明け暮れる事になるとは思っていなかった。
「お…俺も……子供は欲しい…出来れば沢山」
尻すぼみになりながらも言い切ったアイザックは耳まで真っ赤にしているが、言われた女性…王女の専属侍女であるデイジーも火を噴きそうなほどに真っ赤。
「……婚約指輪も…落ち着いたら買いに行こう」
「…はい」
なんとも初々しい2人だが、既に交際して3年の月日が経っている。
2人の性格故の事もあるが、それぞれ責任ある立場なのでなかなかに恋人らしい時間を作れないでいた事も原因。
ランドルフと王女がお忍びで街のカフェに行く時も当然付き添うが、邪魔をしないように距離を置いて様子を見守らねばならない。
宝飾店に入る時も帯同するが、護衛と侍女では持ち場が異なるのでそうそう同じ場所にいる事は叶わず、そもそも職務中である。
真面目な2人は目すら合わせず、己の職務に全うしていたのだ。
そんなこんなの流れのひとコマを切り抜いて目撃した人物があらぬ噂を流したのだが、アルバートがそれを知るのはデビュタントの夜会であった。
デビュタントを目前に控えたリリーチェの元に、繊細な銀糸の刺繍が施された純白のドレスが届けられた。
この国で純白のドレスを身につけるのは、デビュタントと結婚式の時だけ。
どちらも用意するのは家族か婚約者であり、リリーチェにドレスを贈ったのは勿論アルバート。
侯爵家が懇意にする商会に依頼して、現在のサイズに合わせたものを誂えてもらった。
「綺麗……」
「ご着用されるのが楽しみですね、お嬢様」
生地は純白と決められているが、そこに施す刺繍や付随する宝飾の色は自由。
婚約者がいる者は、相手の髪や瞳の色をイメージした糸や宝石を使うのがお決まりである。
リリーチェのドレスに縫われている糸はアルバートの銀髪を思わせ、ティアラやネックレスなどの宝飾品はプラチナの土台に極上のアメジストが輝きを放っている。
愛する婚約者の瞳を彷彿とさせるその輝きを見つめながら、リリーチェは思いを馳せていた。
「……間に合うかしら…」
早馬で届いた手紙によれば、デビュタントの式典がある3日前に帰国出来るらしい。
エスコートは必ずすると書かれていたが、何よりも優先すべきは第1王子…ならびに婚約者となった王女殿下の身の安全。
その為なら帰国を延ばす可能性もあるだろう事は理解しているが、やはり早く会いたい。
「アル……」
届けられたドレスをそっと抱き締めていると、涙が溢れそうになってしまい慌てて侍女に渡した。
染みを作るわけにはいかない。
「…良かった…皺にもなってない」
元の場所に戻して安心した途端、雫が頬を伝ってポタリと流れ落ちた。
ここ最近、リリーチェは不安に駆られている。
3日と開けずに手紙は届き、週に1度は何かしらのプレゼントが贈られていたが、同時に良からぬ噂も舞い込むようになった。
“グルナッシュ公爵家の嫡男が、女性を伴って帰国するらしい”
そんな噂が世間を騒がせており、ひとり残され放置状態…と見られているリリーチェには、同情や嘲笑など様々な視線が送られている。
噂が流れ始めたのは、第1王子が王女殿下と正式に婚約を結んだ3年前。
それまでも『女性と一緒に歩いていた』だの『新しい相手を選んだ』だの噂はあったが、ここ最近の噂には妙な真実味がある。
発端はその国を訪れたという者の証言。
『女性と2人きりで街のカフェにいるのを見かけた。ご嫡男は頬を染めて…それはそれは幸せそうに微笑みながら、お相手と会話を楽しんでいる様子だった』
『2人が宝飾店で商品を選んで購入する姿も何度か見かけたんだ。あれは本命だと思うぞ。あそこの商品はどれも高額だからな』
当時の状況をこと細かく話す様子に嘘や偽りは見受けられず、誰しもが真実だと受け取った。
それはグルナッシュ家とメルロー家の者達も同様で、リリーチェの心情を慮ってアルバートの話題を避けるようになっている。
けれど手紙は勿論のこと、プレゼントに添えられる小さなカードに書かれている文字もアルバート本人のもので、そのいずれにもリリーチェを想う文言が綴られていた。
ドレスを誂えた商会によれば、進捗状況を尋ねる使いが何度も訪れていたらしい。
その都度、職人達が困惑するほどの質問を投げかけられ、その答えは“報告書”としてアルバートに届けられていたとか。
だからリリーチェは覚悟を決めた。
もしこれが最後の贈り物になったとしても、アルバートが望むようにしてあげよう…と。
「だけどエスコートは…して欲しいわ」
「必ずお戻りになられますよ」
老年の侍女に励まされ、心が落ち着くようにと用意された花茶を口に含んだ。
芳醇な香りと味わいが心身に染み込んでいく。
その頃、アルバートは帰国の為に王家が用意した馬車に揺られていた。
ちなみに1番豪奢な馬車なのだが、それは賊の目を向けさせる為。
荷馬車を合わせると距離を置きながら10台以上も連なっているが、ランドルフと王女が乗る馬車は頻繁に変えられている。
そしてアルバートの向かいにはひとりの女性が座っているが、当然ながら2人きりではない。
アルバートの隣には王女の護衛騎士が座り、女性の隣にはランドルフの乳母だった侍女頭がいて、女性2人は長旅の疲れなど見せずお喋りに花を咲かせていた。
「子供はいいわよ。大きくなると生意気になるけど、この子の為ならってなんでも頑張れる」
「そうなんですね…私も早く子供が欲しいです」
そう言って女性は向かいに座る男に視線を向け、ニコリと微笑んだ。
ほんのりと頬を染めて可愛らしい。
「着いたら結婚するんでしょう?」
「私はそのつもりなんですけど…」
困ったように眉を下げた女性の心情を読み取り、侍女は向かいに座る男に厳しい目を向ける。
「女性にこんな顔をさせちゃダメじゃない。こういう事はしっかりハッキリしないと」
「……すみません」
男は眉間に皺を寄せてグッと喉を鳴らして小さく謝罪した。
「もう覚悟はきめたんでしょ?」
「それは……はい」
尚も皺を刻んだまま、硬い表情で男は答える。
はたから見たら「不本意なのか?」とも取られかねない様子だが、実の所は小躍りしたいほどに内心ではお祭り騒ぎをしている。
想いを寄せる相手に「子供が欲しい」とまで言われ、気を抜けば鼻血すら放出しかねない。
しかし“己は騎士”という精神と矜恃から、人前でだらしない顔など見せられないと踏ん張っているだけなのだ。
そんな男の心情を察したのは、隣に座るアルバートただひとり。
5年の滞在で親しくなり友人となった男の口下手さ加減には呆れているが、それでも真剣な想いを知るからこそ応援してきた。
「ザック…こういう時くらい、素直に自分の気持ちを伝えたらどうだ?口下手にも程があるぞ」
ザックと呼ばれた男は名をアイザックという。
王女が幼少期から仕え始め、御年28歳。
武家の一族である伯爵家の次男であり、現在は騎士爵を得て王女の筆頭護衛騎士を務めている。
女性経験はあるが、閨教育で受けた1度きり。
流れが分かればあとは自己鍛錬同様に自身でなんとかすると言って教本を読み漁り、以降の14年間は右手が相棒である。
本人もまさかこんなに長く自主学習に明け暮れる事になるとは思っていなかった。
「お…俺も……子供は欲しい…出来れば沢山」
尻すぼみになりながらも言い切ったアイザックは耳まで真っ赤にしているが、言われた女性…王女の専属侍女であるデイジーも火を噴きそうなほどに真っ赤。
「……婚約指輪も…落ち着いたら買いに行こう」
「…はい」
なんとも初々しい2人だが、既に交際して3年の月日が経っている。
2人の性格故の事もあるが、それぞれ責任ある立場なのでなかなかに恋人らしい時間を作れないでいた事も原因。
ランドルフと王女がお忍びで街のカフェに行く時も当然付き添うが、邪魔をしないように距離を置いて様子を見守らねばならない。
宝飾店に入る時も帯同するが、護衛と侍女では持ち場が異なるのでそうそう同じ場所にいる事は叶わず、そもそも職務中である。
真面目な2人は目すら合わせず、己の職務に全うしていたのだ。
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