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season2

強行

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あのあと、コーレス男爵家について調べてみた。

ビノワは一人息子だったけれど、亡くなったことで親戚から圧力をかけられ立場がないらしい。

小さいながらも豊かな実りある領土を持っているにも関わらず、財産と呼べるものは皆無で、唯一あるのはトレーシアのドレスや貴金属。

どうやら生前の散財が原因とのこと。


『親戚にすべて奪われてしまったの』


かつてそう話していたのは嘘だった。

目の前の嘆き悲しむ女性が話すことだけを信じ、ろくに調べなかったことが悔やまれる。

そういえば…トレーシアが別館に住むようになって少し経った頃、ジェイマンからナディアへの予算を減らすのかと問われたことがあった。

そんなことするわけない、何を言い出すのだと一蹴したが、手持ちなどなかったはずのトレーシアがちょこちょこ商人を呼んでいることは気になっていた。

幾ばくかの手当てを渡していたから、そのなかで遣り繰りしていると思っていたけれど…もしかするとナディアを脅して予算を流させていたのかもしれない。


「僕はどこまで馬鹿なんだ……」


ここ最近も訪問は続いており、主に僕がいない時を狙って来ている。

決して中に通さないよう指示しているが、連日のように門の前に現れては立ち続けているため、カクラスが実は僕の子供なのでは…との噂が流れるようになってしまった。

しかも、お茶会などでそれらをトレーシアが否定もせずに悲しそうに微笑むだけに留めている為、ナディアは肩身の狭い思いをすることになっているとの報告も上がっている。


「どこからどう見てもビノワのミニチュアじゃないか…なんで僕の子供になるんだよ」


髪と瞳の色、顔立ちまで父親そっくりだ。

亡き親友の面影を色濃く残しているからこそ、あの時は放っておけないと思ったが…もうそんな間違いはおかさない。


「本気で捉えている方はいらっしゃらないかと思います。皆さん、面白い玩具を見つけた…くらいで楽しんでいるのでしょう」


ジェイマンの言うことも分かるけれど、それで苦しむのはナディアじゃないか。


「ナディアはまだ戻らない?」

「間もなくだと思います」


今日のお茶会は伯爵家だが、平民出身のナディアのことも可愛がってくれている夫人が主催だから大丈夫…だと思うが……


「旦那様っ!!奥様が……っ!」


使用人の泣き叫ぶような声に、僕とジェイマンは執務室を飛び出した。






******






「ん……ばる……」

「起きた?気分はどう?」


気を失ったナディアが帰宅してから三時間、漸く目を覚ました。

けれどまだ顔色は悪く、ぼんやりしている。


「…わたし……」

「お茶会で倒れたんだ。大丈夫だよ、ここはうちの屋敷だから」


ナディアは少し狼狽え、その後思い出したのかみるみるうちに涙を溢れさせた。


「大丈夫だよ、ナディア」

「ば、る…っ……」

「愛してる…大好きだよ…」


何度も優しく口付け愛を囁いて、泣きながら手を伸ばしてきたナディアを抱き締め…そのまま愛し合った。

いつも以上に口付けを強請り、常に隙間なく抱き合うことを求める様子に、どれだけ不安で傷付いているのか伝わってきた。

だけどそれを癒せるのは僕だけなのだと言われているようで、心が温かくなる。


「ナディア、愛してるよ。僕が愛しているのは君だけだし、今までもこれからも君と生きていく」

「バル…バルト…ッ…」


付き添っていた侍女によれば、お茶会にゴシップ好きで有名な侯爵夫人が参加しており、伯爵夫人の許可もなくトレーシアを連れてきたらしい。

爵位を笠に着られて排除出来ず、仕方なしにその場に留まらせざるをえなくなってしまい、そこからは僕とトレーシアのあり得ない恋物語をつらつらと侯爵夫人が語り、トレーシアがそれを黙って聞いている…との状況が続いたとのこと。

ナディアの顔色が悪くなっていることに伯爵夫人が気付いて退席を促してくれたが、


『三日前、バルト様お帰りにならなかったでしょう?ごめんなさいね』


とトレーシアに意味ありげに言われ、ナディアは倒れてしまったらしい。

三日前、急な取り締まりが入って連絡を入れられないまま朝帰りになってしまった。

どこからその情報を仕入れたのか、それをあたかも自分と過ごしていたせいだと言われ、ナディアは心労から汗をかいて倒れたという。


「愛してる、大好き、ナディアだけだ」

「バルッ、好き…、、大好き…っ、、もっとして…もっとぎゅってして…っ、、」


これは僕の落ち度だ。

対策として、今後連絡なく遅くなる時には誰かしら騎士団まで確認に寄越してもらうことにした。

折を見て騎士団も辞めよう。

ナディアが応援してくれたから幼い頃からの夢を叶えたけれど、そのせいで不安にさせ苦しめたくはない。






******






とことん愛し合って気付けば夜も更けていた。

ナディアが寝ながらもくっついて離れないから、軽食は寝室まで運んでもらって、寝顔を見ながら好物の具材がたっぷり挟んであるサンドイッチを胃に流し込む。


「うん、うまい」


このサンドイッチは、確かナディアの出した店でも人気だったはず。

ぐっすり眠るナディアを見れば、泣き続けたせいで残る赤く腫れた涙の跡が痛々しい。


『バル…どこにも行かないで……』


意識を落とす寸前、弱々しく小さく言ったその言葉が脳裏に響く。

前回とは違う選択をしたにも関わらず、またしてもナディアを傷付けているけれど…ひとつひとつ不安を拭ってやるしかない。

騎士団や紳士会でもトレーシアの勝手な言動だということは徹底して告げているし、噂はいずれ消えるだろう。

ナディアのよく手入れされたサラサラの髪に指を通し、その長さにふたりで過ごした年月を思う。

出会ってから七年…結婚して三年。

貴族である僕のために言葉遣いを改め、僕のために伸ばしてくれた髪…何もかもが愛しい。


「愛してるよ、ナディア」


よほど疲れたのか、起きる気配はない。

いつも以上に積極的だったのも、不安の表れなんだろうな。


「ナディア…お風呂入ろうね」


結婚して一緒に暮らすようになった当初は、贅沢すぎると遠慮がちだった入浴。

慣れさせるために毎日一緒に浸かった。

やがて慣れて、湯船に浸かってゆっくりのんびり過ごすのが好きになったと言っていたから、たとえ寝てても叶えてやろう。


「愛してるよ、ナディア」


貴族の生活や付き合いで無理をさせていることは多分にあるけれど、それでも傍にいたくて手放せないし…それをナディアも望んでくれるように頑張り続ける努力は怠らずにいきたい。


「ずっと傍にいてくれ……」


君の為なら僕はなんだって出来る。






******






「また来てるぞ」


詰め所で事務処理をしていたら、警らから戻ってきた同僚が哀れみの声をかけてきた。


「僕には関係ない」

「あれはさすがに引くわ。子供だってまだ三歳とかそこらだろ?毎日毎日、よく続くもんだと思ってたけど…さすがに恐怖」


屈強な男が、わざとらしく身を震わせる。


「しかもお前のことをパパとか呼ばせてるらしいぞ。パパはここで働いているって。頭おかしいのか?どう見てもビノワの子供だろうに。お前のこともそうだけど、なんだかビノワが不憫だ」

「あぁ…僕もそう思うよ」

「まぁ、とりあえずお前は内勤を続けるしかないな。警らなんかしたらまた付きまとうだろうし」


トレーシアの行動はエスカレートしていて、市井の警ら中に付き纏うようになり、さすがに仕事に影響するからと内勤を願い出た。

屋敷への訪問も絶えてはおらず、最近ではお茶会などで自ら僕への想いを口にしているという。

その内容と同じものが手紙に綴られ、それが毎日届けられている。

不穏な予告でも書かれていたら困るので確認のために開封しているが、決してひとりで読むことはせず、確認後すぐにナディアの前でジェイマンの管理する鍵つきの箱にしまった。

本来なら焼き捨てたいが、いずれ証拠として提出するために。

内容は日々気持ち悪さを増し、あり得ないと思っていてもナディアの不安を煽ってしまい、ナディアが望むこともあって連日抱き潰している。

ジェイマンによれば僕が帰るまで不安げにソワソワしているというし、気付けば玄関の前に立っているらしい。


「……そろそろ潮時だな…」


先日、ついにトレーシアの実家である伯爵がやって来て、これだけ想っているのだから第二夫人として娶って貰えないかと打診してきた。

即座に断り帰ってもらったが、トレーシアの奇行を諌める様子が見受けられないことから、このまま僕が流されるのを待っているのかもしれない。

ここ最近の手紙には、いかに僕達が愛し合い求め合っているのかの妄言を連ねており、家のために仕方なくビノワと結婚したけれど本当は僕と結婚したかった、僕の子供を生むつもりでいたとひたすら書かれている。


『生まれるまで貴方の子であることを祈った』


まるでビノワと同時進行で僕とも関係があったと思わせるこの文言には激しい怒りを覚えたし、妄言だと分かっていてもナディアは傷付いた。

同じことを夜会やお茶会で吹聴しているので一時期は周囲のあたりが冷ややかなものだった。


「バルティス、家から使いが来てるぞ」

「使い?」


まさかナディアに何かあったのかと慌てて応接室に向かうと、そこにはジェイマンの補佐を務めるトーマスがいた。


「何があった!?」

「コーレス夫人とご子息の私物が、先ほど屋敷へ運び込まれました」

「……は?」


どこか予想していた事が、現実となった。






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