せめて夢の中は君と幸せになりたい

Ringo

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when I was little ・・・

夜明けの女神 -4/4-

社交界デビューをしてからの日々は思っていたよりも過酷で、それに加えてビノワを心配していたから余計に沈む日が続いた。

叔父は権力欲がなく公平な人で、だからこそ僕の後見人として生前のうちに父から指名されていたのだけれど…後見人それがなくなったことで、それまで抑え込まれていた渦巻く欲望が直接僕に向けられるようになり、やがて食欲もなくなり思考も鈍るようになっていった。


「バルティス様、お加減はいかがですか?」


社交界デビューしてから、ジェイマンは僕の事を【バルティス様】と呼ぶ。

もう正式な当主なのだから当然の事なのだが、それがどうにも寂しく思えた。


「今日は一日ゆっくりなさってください」


頭が痛くて眩暈もして…寝台から起きあがれない僕にジェイマンは優しい。

だけど本当は困っているはず。

だって僕の署名が必要な書類が山のように積まれているのだから。

ジェイマンが出ていき、扉が閉まってひとりきりになると再度訪れる静寂。

ふと、自分が泣いていることに気が付いた。


「父上…母上……」


こんな風に弱っている時、普通の家では母親が見舞ってくれるのだろう。

難しい領地運営は父上と話し合い、少しずつ学びを得ていくのだろう。


「オリバー…チェルシー……」


両親と離れていても寂しくなかったのは、常にふたりが傍にいてくれたから。

ジェイマンは変わらず傍にいてくれるけれど、開いてしまった心の穴は塞がってくれない。

僕にはもう、ジェイマンしかいない。


「…………辺境に……」


いつぞやにジェイマンが言ってくれた言葉を振り返るけれど、それが今なのかも分からない。

もう充分に頑張ってきた…だけどまだ頑張れるような気もするし…頑張らないといけないような気もする。

考えれば考えるほど分からなくなる。

こんな時、婚約者がいれば優しく労ってくれるのだろうか。

だけど僕の周りには僕を見てくれる人がいない。

僕ではなく、爵位や収入を見ている。

叔父やジェイマンは生活の為に婚約する必要はないと言ってくれるけれど、その目的以外で僕を必要としてくれる人なんているんだろうか。

あのアレギラ伯爵令嬢だって、自分の家より身分の低い…決して裕福とは言えないビノワを愛してると言っていた。

色んな噂のある人だけれど、ビノワを愛しているのは本当で、お金や身分ではないと思える。

そういう女性が、僕にも現れるだろうか。

……あまり移り気なのはいやだけれど。


「……………………疲れたな……」


不意に溢した自分の言葉に、もう限界なのだと心が訴えているのが分かった。






******






三日ほど寝込み、それでも浮上しない心。

ジェイマンはひどく心配して叔父に手紙を出したようだけれど、成人するまでの約束だからと言われたらしい。

権力争いに巻き込まれたくないのだろう。

ふと目を覚ますと、その静けさでだいぶ遅い夜更けなのだと感じた。

誰の声もせず、誰の足音もしない。


「………………ジェイマン……」


なんとなく名前を呼んでみたけれど、返事があるはずもなく、傍には誰もいない。


──────誰もいない


途端に激しい動悸に襲われた。

誰もいない……僕はひとり……その事が無性に怖くなって、涙が溢れてくる。


「…………助けて…………」


誰に…なんて分からない。

ただここから…暗闇から連れ出してほしい。

ふらつく体で寝台からおり、静まり返っている廊下を進んで…誰にも会わないように…屋敷を見張る騎士達に気付かれないように…秘密の裏口から逃げ出した。

当主家族にだけ伝えられている裏口。

不届き者などが押し入ってきた時、逃げる為に使われるそこから僕はひとり逃げ出した。

外は真っ暗で、人の気配はしない。

フラフラと…何も考えずにひたすら歩く。

このまま死んでしまえば、オリバー達に会えるのかもしれない。

馬鹿だなって怒られるだろうか。

だけどもうひとりはイヤだ。

なんだかんだ言われてるけれど、婚約者に愛されているビノワも羨ましい。

僕には誰もいない。


「…………誰か助けて……」


ただただ歩き続け……やがて体力の限界を迎え、壁に凭れズルズルとしゃがみこんで横になった。

僕はこのまま死ぬんだ……

放ったままの執務は山積みのはず……

ごめんね、ジェイマン……

だけど、もう疲れた……








******






不意に意識があがり、ぶるりと体が震えた。

ゆっくりと覚醒してのろのろと体を起こし、座ったまま暫くぼーっとしてから、漸く生きているのだと…やっぱり死ねなかったんだと分かって苦しくなった。


「大丈夫?どうしたの?」


突然声をかけられ、その声の主を見上げた。


「何かツラいことでもあったの?」


朝日を背にして、なんだか女神みたいだ。


「大丈夫?」


首を傾げ、心底心配するような声と表情に、何かを見つけたような気がした。


「わたしの声、聞こえる?」


何も言わない僕を、耳の聞こえない人だと思ったらしい。


「…………聞こえる…」

「話せるのね?よかった」


ふわりと見せたその笑顔に、沈みきっていた心が急浮上してくる。


「あなた、どこから来たの?立てる?おうちはどこ?ちゃんと帰れる?」


矢継ぎ早に質問をされて…だけどそれに答えるより先に、僕は……


「……君はだれ…?」

「わたしはナディア。この近くの食堂で働いているの。これから朝食の時間なのよ」

「…ナディア……」

「良かったらあなたも来る?お腹すいてない?うちの食堂、美味しいって評判なのよ」


ニコッと笑い差し出された手を、僕は躊躇うことなく掴んでゆっくり立ち上がった。


「あなた、大きいのね」


小さいナディアは僕を見上げてくる。


「ほら、こっちよ」


手を引かれて歩き出し、ハッと気が付いた。

夜着のままである。


「ちょ、ちょっと待って、僕、夜着で……」

「え?素敵な装いだから普通の服かと思ったわ」


本気で言っているらしいということは、キョトンとする様子で分かった…分かったけれど、夜着のまま歩き回るなんて出来ない。

恥ずかしい。


「とりあえず、すぐそこだから行きましょう」


ぐいぐい引かれ、ついていく。

どんなに恥ずかしくても放す気にはなれない。


「食堂のご飯、とても美味しいのよ」


歩きながら振り返ってそう言う彼女の笑顔に、心はどうしようもなく高鳴る。


「難しいことはよく分からないけれど、ツラい時や悲しい時はお腹いっぱい食べればいいわ」

「あの……お金…持ってないんだ…」


そう言った途端にピタッと立ち止まってしまい、言わなければ良かったと後悔した。

だけど、最初にそう言っていたら連れ立ってはくれなかったはずで……


「あなた、馬鹿なの?」

「……え?」

「何か訳ありだから、あんな所にひとりで座り込んでいたんでしょう?窶れて死にそうな人を連れていって、そんな人からお金をとろうなんて、これっぽっちも思ってないわ」

「あの……ごめん……」


怒らせてしまい、このまま置いていかれるのが怖くて…繋がれている手を強く握った。


「置いていかないから大丈夫よ。とにかく、あなたはご飯を食べなさい」

「……うん…」

「元気だして!頑張ろう!」


その言葉と笑顔に、彼女が好きだと思った。

この手を離したくないと思った。

彼女と一緒にいたいと思った。

彼女がいるなら頑張れる。

彼女の為なら頑張れる。


「あの……」

「あっ、もうすぐよ!」

「……ナディア」

「なぁに?」

「僕と結婚してくれない?」


突然のプロポーズに振り向いたナディアは目を瞬かせ、暫しの間をあけてから再び歩き出す。


「変なこと言ってないで、行くわよ」


僕の人生初の告白は大失敗に終わった。






******






ナディアの食堂で朝食を食べさせてもらって、自分の身元を明かして街の伝達屋を呼び、ジェイマンに着替えと迎えを頼んだ。

さすがに夜着のままでは帰れない。

そんな僕の気持ちを察して、食堂の主人が奥にある休憩室なる部屋に通してくれた。

やがて知らせを受け取ったジェイマンが血相を変えてやって来て、その場でこれでもかと叱られたけれど、ナディアの前で叱られることが恥ずかしくて仕方なかった。


「しかもなんですか!初めてお会いする女性に夜着のまま相対するなど、この老いぼれ恥ずかしくて何も申せませんぞ!」


嘘だ、もうずっと言いっぱなしじゃないか。

とは言えず。


「ごめんなさい。もうしません。反省してます」


ひたすら謝る僕の姿に、本当に貴族で当主なのかとナディアは小首を傾げている。

その仕草が可愛くて、知らず言葉が溢れた。


「可愛い」


ジェイマンが固まり、ナディアは胡乱な目をして僕を見ている…信じてもらえていないようだ。


「ジェイマン、僕────」

「帰りますぞ」


ナディアが好きだと言おうとしたのを遮られてしまい、ギロッと睨むが効果はない。

小声で「お戻りになってから」と言われ、渋々ながら了承して席を立つ。


「ナディア、ありがとう。これ……」

「お金はいらないってば。それより、もうこんなことしちゃダメよ?あなたのこと、こんなに心配してくれる人がいるんだから」

「……うん」

「ご飯はいっぱい食べてね?」

「……うん…」


まだ話したかったけれどジェイマンの圧に負け、また来るからと言って店を出る。

その時、店内にチラホラ見覚えのある貴族がいることに気づき、僕をチラリと見たあと……その視線はナディアに注がれている事にも気付いた。

そのまま残りたかったけれどそうもいかず、帰りの馬車の中では再びジェイマンの説教が始まったのである。






******






屋敷に戻るとみんなが出迎えてくれた。

涙を流して無事を喜んでくれる者もいて、どれだけの心配をかけたのかと心が痛んだ。


「申し訳なかった」


頭を下げた僕に、使用人に対してそんな必要はないとみんな言ってくれるけど、僕なりのけじめだからと受け入れてもらった。


「とりあえず湯浴みを」


ジェイマンに促され、食堂で軽く拭いただけだったと思い出し、鏡に映る自分の姿に愕然とした。

こんな状態でナディアに会ったのだ。

しかも夜着のまま。


「次にお会いする時は、きちんと整えてお会いすればよろしいかと」

「……会ってもいいの?」


髪や体を洗うのを手伝ってもらいながらそう問えば、ジェイマンは少しだけ間を置いてから質問を返してきた。


「平民と貴族の婚約や結婚は、貴族同士よりも難しい事をご存知ですか?」


答えに詰まった。

知ってはいる。

そして、それを望み叶えるには僕だけが努力しても仕方がない。


「子爵であれば婚姻自体は比較的可能ですが、それでも貴族社会に入るには数多くの問題が発生致します」


礼儀作法、マナー、ダンス、貴族教養、その他もろもろ、平民には必要のない事を強いられる。


「生半可なお心持ちでは耐えられません」


逃げ出した僕には、何も言えない。

でも……僕はナディアがいい。

ナディアと生きていきたい。


「それに、あの女性にお相手がいるかもしれませんよ?それはお聞きになりましたか?」


項垂れていた頭をバッとあげた。


「…………聞いてない」

「まずはそこからです」


ザバーッと頭から泡を流され、鬱屈しそうになっていた気持ちも流れていった。


「次に会ったとき、聞いてみる」

「それがよろしいかと」


ジェイマンには敵わない。

両親のいない僕にとっては父親代わりみたいなところがあるし、ジェイマンが「ここにサインを」と言えば内容なんて見ずにするだろう。

そんなことしようものなら、ちゃんと確認してからにしろと叱られるけれど。

そのジェイマンに会いに行く許可を貰えたことで浮かれた僕だけれど、その前に山積みの執務を終えるよう言われてしまい、次に会えたのはそれから二週間後のことだった。





僕の気持ちはひとつ。

ナディアと結婚したい。

その為に僕が出来る事はなんだってする。




だからナディア



どうか僕を見て欲しい
















───────────────────

ここでバルティス少年期はひとまず完了。


ここまで運命的な出会いをしておきながら…

「何故!?」とのお声が多いホラー夫人とのアレコレは、今後どこかのタイミングで描かれます。

ホラー夫人、地獄より呼び出しです。
彼女にハッピーエンドは訪れません。


次回より、season3が始まります♡
(巻き戻りませんよ!!2の続きです😎)


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