平民娘の恋

Ringo

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⑧靄がかかる記憶 sideヴァンベルト

アンジェラと朝を迎えて宿舎に帰ると、王家の使いが待ち構えていて…油断した瞬間に薬で眠らされ、目覚めたら王宮だった。

あれからどれだけ経ったのか分からない。

部屋に閉じ込められ、定期的に催眠作用のある香を焚かれて眠ってしまう。


「アンジェ……っ…」


ここのところ、やたら頭痛がしていた。

割れるような痛みに襲われ、その後は決まってふわふわと浮くような感覚。

そして頭に靄がかかったようになる。


『ヴァンベルト様』


柔らかい声が脳裏に響いて…同時に明るい笑顔が浮かび……靄がかかって…会いたいと心が叫ぶのに……誰に会いたいと思ったのか分からなくて…


「…僕は………どうして………」


何かを考えようとするたび襲う頭痛。

何も考えられなくなる。

もう痛いのは嫌だ。

僕はただ……






「ヴァン」


ぼんやりする意識のなか、懐かしい声がした。

この声を知っている。

僕が愛しいと思っていた声。

誰よりも……愛していた人の声…………




「ヴァン、もう大丈夫よ」




大丈夫……本当に…?

もう苦しいのも痛いのも嫌なんだ。

僕はただ……




「わたくしはここにいるわ。これからはずっと貴方の傍にいる。もうすぐ結婚式よ」




そうだ……

僕はもうすぐ結婚する……

愛する人と……

大切な人と……

その相手は……




「貴方は結婚するのよ。わたくし…侯爵令嬢であるアンジェリカ=サンドラと」




そうだ…僕はアンジェリカと……






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暫く療養すると激しい頭痛は嘘のように治った。


「ヴァン」


鍛錬の場に鈴を転がすような声が響き、振り向くと婚約者のアンジェリカがいた。


「アンジー、来たのか」

「えぇ、ドレスの調整があったから」


僕達の結婚式は二ヶ月後。

最近は、その準備に追われている。


「無理はしないでね」

「大丈夫だよ」


心配そうにするアンジェリカに笑みを向け、喉を潤すために水筒の中身を口に含んだ。


「これ、不思議な味がするんだよね」

「そう?きっと体調を考えて作られてるのよ」

「そうかな…うん、きっとそうだね」


僕は数ヶ月前、アンジェリカを巡って他国の公爵子息と諍いを起こしてしまい、謹慎を兼ねて辺境の地に行っていた……と聞いた。

正直、記憶が曖昧だ。

アンジェリカが公爵子息と親しくしている様子に憤り、一方的に婚約破棄を突きつけ…あろう事か剣まで抜いたらしい。

全然覚えていないけど。

誤解させるような事をしたと気に病んだアンジェリカは床に伏してしまい、長く体調を崩していたんだそうだ。


『ヴァンベルト様』


……時々、ふわっと声が聞こえる。

その声が聞こえると心が温かくなって、同時になぜか苦しくもなってしまう。

誰の声なのか…
いつ聞いた声なのかも分からない。


「ヴァン?」


目を瞑って声に浸っていたら、アンジェリカが不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

相変わらず綺麗な顔だなと思う。

だけど……


「今夜は一緒に食事しましょう?」

「……そうだね」


何かを忘れているような気がするんだ。

決して忘れてはならない何かを。






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食事と湯浴みを終えて部屋で寛いでいると、アンジェリカが話があるとやって来た。


「どうした?こんな時間に」


いくら結婚式を控えているからと言って、こんな遅くに会うべきではない。


「ヴァン……お願いがあるの…」






アンジェリカの頼みとは、初夜を待たずして体を繋げたいと言うものだった。

長く伏せっていたせいで、もしかしたら妊娠しにくいかもしれず、早めに子作りに励んだ方がいいと医師や…僕達の親からも助言を受けたらしい。

結婚式はあと二ヶ月だから、仮に身篭ってもドレスの調整は必要ないとか。


「いや……でも…………」

「お願い。もしなかなか出来なくて、そのせいで貴方に第二夫人を迎えるとかいやなの」


だから抱いて欲しいと抱き着かれ…何故かその柔らかさに違和感を感じてしまう。

僕は誰と比べてる?


「ヴァン……貴方を愛してるわ。貴方に誤解させて傷付けるような事をして、本当に反省しているの。そのせいで変な噂も流れてしまった」


噂……アンジェリカが公爵子息と関係を持ち、子まで孕んだという心無いもの。

だけどアンジェリカは妊娠していない。

その噂は偽りなのだと分かる。


「だから…貴方に愛されて、ふたりの想いは確かなのだと示したい」


僕がアンジェリカと閨を共にする事で、真に愛し合っているのだと示すことが出来る。

噂にある公爵子息など関係ないのだと。


「お願いよ……わたくしを抱いて…」


何かが脳裏に過ぎるけれど、それがなんなのかが分からない。

曖昧な記憶の中に何があろうと、僕は二ヶ月後にアンジェリカと結婚する。


「……本当にいいの?」

「えぇ、勿論よ。ただ…初めては怖いから、お互いに媚薬を飲んで臨みたいわ」

「僕も?」

「ほら……男性も初めては緊張するっていうし」


あぁ、確かに。

緊張をし過ぎて、途中で萎えてしまい恥をかいたと聞いた事はある。


「分かった…でも、用意してないよ。今夜じゃなくてもいいんじゃない?」

「大丈夫よ」


ニッコリと笑って差し出された小瓶は、性欲を高めるだけではなく…妊娠しやすくする為の成分が含まれたものだった。


「愛してるわ」






この日、僕は初めてアンジェリカを抱いた。







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