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第2章 動く運命の前兆

第6話 ゼロラとしての日々

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 チュン チュン

 小鳥のさえずりが聞こえる。目を開けて窓を見ると日が差し込んでいた。もう朝か。そんなことを考えていたらドアの向こうから誰かが走ってくる音が聞こえた。

「ゼーローラーさーん! いつまで寝てるんですか!? もうとっくに朝ですよ!」
「分かってるっての…… 逐一口うるさい女だ」

 記憶を失った俺がこの村に流れ着き、ゼロラという名前を得てから二年ほどの月日が経った。俺は今もこの村で生活をしている。相変わらず記憶は戻っていないが、村の住人からは当時の盗賊団の一件から結構頼りにされているらしい。

「早く顔を洗って身だしなみを整えてください! 朝ごはんが冷めちゃいますよ!」

 今俺が寝泊まりしているのは村の宿屋の一室だ。そこで暮らしながら村の仕事などをこなして生計を立てている。
 そしてさっきから口うるさいこの女はマカロンという名前で、俺が二年前に倒した盗賊団に囚われていた……正確にはリョウ神官の気紛れで助けられた奴隷だ。あの時解放された奴隷達のうち何人かは今もこの村に残って生活している。

「俺は朝飯は食わないタイプだって言っただろ?」
「だーめーでーすー! ちゃんと朝食をとらないと体に悪いんですよ! ゼロラさんだってもう随分おじさんなんですから」

 マカロンも助けられた当初はお淑やかだったのだが、俺が生活する宿で働くようになり、さらに二年の月日が流れたせいか俺に対しても容赦のない態度で接するようになった。

「はあ、めんどくせえ……。はいはい、食べますよ」

 俺は宿の食堂に行ってマカロンが用意した朝食を口にする。マカロンが用意した朝食は結構な量だったが、食べきらないとうるさいので何とか平らげる。年のせいか俺も少食になったものだ。俺自身も実年齢は知らないが。

「あ。そういえばさっきイトーさんが訪ねてきましたよ。ゼロラさんに頼みたい仕事があるんですって」
「イトーさんが? ギルドの要件か」

 魔王が倒れ、お祝いムードの王都が落ち着いてからこの村も大分活気づいてきた。元々この村は王都へ向かう人間たちにとっての宿場村だったため、二年前と比べて目に見えて人の出入りが多くなった。冒険者も多く立ち寄るようになり、周辺の魔物被害や他の町との物資の取引を考えてイトーさんは酒場内に冒険者ギルドを立ち上げ、今や周辺の冒険者たちのちょっとした顔役となっていた。
 俺もイトーさんからギルドの仕事をもらうことがあるのだが、その内容は少々特殊である……。

「イトーさんのところに行ってくる。帰りはいつになるかわからん。飯の用意はいらねえ」
「そういうと思ってましたよ。はい、お弁当。お昼はちゃんと食べてくださいね」

 なんでそんなに準備がいいんだ、マカロンよ。お前は俺の女房にでもなったつもりか? いや、年齢差を考えると父に弁当を渡す娘のほうがしっくりくるか?

「仕事が終わったらまっすぐに帰ってきてくださいねー! 酔っぱらって帰ってきたらダメですよー!」

 いや、むしろ母親かもしれない。マカロンの世話焼き好きにも困ったものである。不思議と悪い気はしないのだが。
 俺は宿を出てイトーさんの店に向かうことにした。

 ■

「おお、ゼロラさん。お出かけですかね?」
「ええ。ちょっとイトーさんの店に用があるもんで」

「あらゼロラさんじゃないの! マカロンちゃんとは仲良くしてる? あの子顔がいいし、結構器量もいいと思うのよね。私も若いころはいろんな男に声をかけられて……」
「すまない、ばあさん。イトーさんに呼ばれてるんだ。話は今度聞かせてもらうよ」

「あ! ゼロラのおじちゃんだ!」
「ホントだ! ねえ、ねえ! ぼくたちにも武術を教えてよ!」
「また今度な。それにまずは体をよく動かして鍛えておくのが大事だぜ」



 自分で言うのもなんだが、村の住人との関係は良好だと思う。俺の外見はどちらかと言えば……いや、結構怖い分類に入ると思うのだが、交流を続けてくうちにみんな俺に対して臆することなく接してくれるようになった。やはり、人間大事なのは見た目ではなく誠意。外面より内面なのだろう。

「ねえ、そこの彼女? ボクと一緒にお茶しない?」
「す、すいません……。私、待ち合わせが……」

 外見はいいのに内面でダメにしてしまっているパターンもあるが。

「おい、腐れ不良内面ダメ神官。朝っぱらから村の往来でなにナンパしてんだよ」
「おや、ゼロラ殿か。君はいつになっても口が悪いんだねぇ」
「お前にそういうことは言われたくないな。あと、口が悪くなるのはお前限定だ」
「クフフフ。これは相変わらず手厳しい」

 こいつ……リョウ神官との腐れ縁も続いている。普段はこの村にはいないが、たまにやってきては気に入った人間をナンパして回っている。そして俺がそれを見つけて咎めるのがいつもの流れだ。

「あ~。またゼロラ殿の介入で逃げられてしまった……」
「懲りない奴だな。お前は本当に神官なのか? 聖職者なのか?」
「失礼なことを言うものだね。今のボクはスタアラ魔法聖堂の大神官だよ? ものすごく偉いんだよ?」

 そうだった。こいつは最近国の大きな聖堂の大神官の職に就いたのだった。
 スタアラ魔法聖堂。ルクガイア王国最大の聖堂であり、日々新たな魔法の研究を行っている機関で、国内に流通している便利な魔道具の発祥元である。
 その話を聞いた時は俺もイトーさんも耳を疑ったが、調べたところ本当のことらしい。リョウ神官は確かに神官としては優秀なのだが、こんな内面問題だらけな人間を大神官にしてこの国は大丈夫なのかと不安にもなったものだ。

「だからこれからボクのことは敬意をこめて、"リョウ大神官様"と呼びたまえ」
「誰が呼ぶか。この、腐れ不良内面ダメナンパ残念神官」
「罵倒が増えたね。これでもボクは女性なのだからもう少し言葉を選んでほしいものだね」

 ……忘れてた。こんなのでもこいつは女だったな。だが、それは今更というものだろう。こいつが女だろうが男だろうが内面がこのままでは接し方を考える以前の問題というものだ。

「それで、ゼロラ殿はどこかにお出かけかな?」
「イトーさんのところに行く途中だよ。呼び出しがかかったんだ。おそらくいつもの件でな……」

 それを聞いてリョウ神官は「あー」っといった感じの表情になる。

「……うん。ゼロラ殿も大変だね。ボクも事情を全く知らないわけじゃないから分かるんだけど、イトー殿もゼロラ殿にしか頼めないだろうしね」
「もう慣れてきたがな」

 リョウ神官にしては珍しくバツが悪そうな顔をしながら答える。イトーさんが俺に頼む仕事の内容を知っている人間は少ない。リョウ神官はそのうちの一人だ。

「ボクが口出しできた立場でもないけどさ。時には断る勇気も必要だよ? いや、それが難しいってことは分かってるんだけどね。辛かったらボクも話ぐらいは聞いてあげるよ」
「お前にしては珍しい気遣いだな。まあ、礼は言っておく。ありがとよ」

 腐れ縁とはいえ、俺にとってはイトーさんと同じく記憶喪失になった当時からの付き合いだ。なんだかんだでリョウ神官も俺の良き友人である。

「じゃあそのお礼と言ってはなんだけど、今度君が暮らしてる宿のマカロンちゃんとボクのデートをセッティングして……」

 俺は近くにあった桶の水を思いっきりリョウ神官にぶちまけていた。
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