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第4話
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何だろう……体がふわふわしているようなこの感じ。
瞼の裏に映る景色は真っ黒で何も見えない。けれど、手がぽかぽかと温かかったり、ペチペチと頬を弱々しく叩かれたり、表現しようのない不思議なものに包まれている気分。でもどこか心地いい。
もう少しだけこのままで──と思うけど、これだけ考えたりしているということは、そろそろ起きる時間ですよということ。もうちょっとでアラームが鳴るはず。
短い時間だったけど、深く眠った気がする。疲れもいい感じにとれている。二日酔いやら失恋やらで、重かった頭もどこかすっきりとしている。けれど、肌がヒリヒリしているのは何故?
長いすでかぶれたとか? でも、二十分で肌が痛くなるほどかぶれるのはおかしい。じゃあ……何時間も寝ていたとか? いや、私に限ってそれはない。今日の朝だって二日酔いのくせにきっちり起きたし……とはいうもののセットしていたアラームが鳴る気配がない。起きる時間を意識して寝たはずだし……まさか、アラームを止めて二度寝? 信じたくないけど、今日の私のテンションならやりかねないかも。
十三時から新しい上司との顔合わせなのに、二度寝で遅刻……。
「やばい!」
自分の状況のまずさを悟ると同時に、飛び起きた。
「っ……」
叫んじゃって恥ずかしいとか誰かに見られたらどうしよう、とか思ったのは一瞬。
「何? これ?」
私の目に映るのは真っ白な空間。
一体、何が起きているの?
そう思った途端、頭がクラクラしてきた。せっかく起きたのに、私の体は再び寝転んでしまう。
落ち着け。急に起きたから変なものが見えただけだ。一回、瞳を閉じて大きく息を吸って吐く。大丈夫、気のせいだから──自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと瞳を開いた。
落ち着いて見た景色は、さっきほど真っ白ではなかった。けれど、明らかにおかしい。
ここはさっきまで私がいた休憩室ではない。訝しげに思いながら、あたりを見回してみる。
休憩室より狭くて、私の部屋よりかは広い。
白くて無機質な天井に微かに香る消毒液の匂い。
見覚えのないパジャマっぽいものを着て、ベッドの上にいる自分の体──って知らない間に着替えた挙句、ベッドの上って軽くホラーなんですけど。
ここはどこ? 休憩室じゃないのは確かだから医務室か。でもこの会社に医務室があるなんて聞いたことがない。医務室だったとしても着替える必要はないはず──ということは病室、つまりここは病院?
消去法で自分がいる場所を探り当ててみるけど、どうして私がこんなところにいるのかが、さっぱりわからない。
どうすればいい?
会社に戻りたいけど、こんな恰好で外には出られないし。どうしたものかと迷っていたら、ガラガラと扉が開く音がすると同時に聞きなれた声が聞こえた。
「つぐみ!」
南ちゃんだ。
「つぐみ! 気がついたのね? よかったー」
わけがわからない状況で知っている顔を見てほっとしたのもつかの間、南ちゃんを見た途端、私の頭の中に次々と疑問符が浮かんできた。
ここにいてくれることは嬉しい。でも、用事は大丈夫なの?
グレーのスーツを着てたよね? なのにどうして、水色のカットソーにジーパン姿なの? オフィスカジュアルの域、超えちゃってるよ。
それに……その腕の中の存在は?
赤ちゃんだってことくらいわかる。でも、なんで南ちゃんが抱いてるわけ? 南ちゃんは独身でしょ?
聞きたいのに、聞いてはいけない気がして何も言えない。
私の目の前にいるのは、確かに南ちゃんだ。でも私の知っている彼女じゃない。いつもはビシッとした空気を纏っているのに、今の南ちゃんはやわらかい感じがする。
南ちゃんの顔をした他人? 南ちゃんを呆然と見つめていたら、勢いよくドアが開く音がした。誰かと思ったら、京都にいるはずの母。
いつもは楽天的で、げらげら笑っているおばちゃんなのに、今にも泣きそうな顔をしている。
「やだ……なんでいるの?」
素直に思ったことを口にしただけなのに、母は怒りながら信じられないことを言い出した。
「まったく、あんたって子は。心配で心臓止まるかと思ったでしょ。運動音痴のくせに、妊婦さんを庇って車に跳ねられるなんて……」
……は?
何言っちゃってるのこの人?
妊婦さんを庇って車に跳ねられる?
この私が?
何のために?
何の冗談?
そんな覚えまったくありませんが?
確かに今日の朝、電車で妊婦さんに席を譲ってその後の満員列車で押しつぶされ、死ぬとは思ったけど、車に跳ねられた覚えはない。
会社の休憩室で眠っていただけの人間が、どうやって車に跳ねられることができるわけ? 超能力か何かで妊婦さんの危険を察知して駆けつけて跳ねられたとでもいうのか。超能力があるくせに、跳ねられるなんてどんな間抜けだよ。
「ほんとだよ。飛ばされた先が木の上だったから、かすり傷だけですんだけど。一時的に意識を失っているだけだって言われても、つぐみったらなかなか起きないし。でも、もう大丈夫だからね。看護師さんも呼んだし、谷崎さんもいるからね」
南ちゃんまで何言っちゃってるの?
二人の話の意味が全くわからないのですが。二人共、泣きそうな顔しちゃって、何だっていうのだ。
仕方ない。こういう時は、わかることから考えよう。予備校の先生も、わからない問題は飛ばして、できるものから解けって言うし。
わかること……看護師さんってことは、やっぱりここは病院ってことか。
はい……次、谷崎さん。
確か、来月異動する市場開発課の課長がそんな名前だったはず。そう言えば打ち合わせ……こんなところにいるって事はすっぽかしたってことだよね。
なんで課長さんがわざわざ病院にと思うけど、契約終了の話とかするのかもね。
会社には何の未練もないからどうでもいいけど。今から職探しかと思うと不安になる。本当に案件が少ないらしいし、理由が理由だし。もういっそのこと試験だけに集中しようかな? そうやって開き直って心を落ち着かせていると、静かにドアが開き青ざめた表情の男性が入ってきた。
この人が谷崎課長か。
確かに地味。それに……三十三歳にしては老けてない?
これと言って印象に残らないというか。多分、市場開発課にお使いに行った時に顔ぐらいは目にしているんだろうけど、全く記憶に無い。好きでも嫌いでもなくて、どうでもいい感じ──って一体、何様だ。
打ち合わせをすっぽかしたくせに、その相手を老けてるとか地味とかどうでもいいとか。失礼にも程がある。
それにこの人怒ってるっぽい。常識的に考えても怒るよね。上司ならともかく、部下が打ち合わせをすっぽかすってあり得ないし。
きちんと謝ろう。事情はわからないけど、打ち合わせに出られなかったのは事実なんだから。
さっきの二の舞にならないよう、慎重に体を起こして谷崎課長の目を見て言った。
「打ち合わせに参加できず、誠に申し訳ありませんでした。せっかく、お時間を頂いていたのに。それにこのような場所にも来て頂いて、どのように、お詫び申し上げればいいのか……言葉もございません」
自分に言える最大限の言葉で謝り頭を下げた。怒られようが罵られようが谷崎課長の反応を受け止めよう。恐る恐る頭を上げ、谷崎課長の方を見る。
谷崎課長は怒るでも罵るでもなく、何も言わず私を見ている。
何言っちゃってんの? こいつ──そうはっきりと顔に書いて。
谷崎課長のリアクションに戸惑う私に追い打ちをかけるように、南ちゃんと母の顔にもそう書いてある。
一体、どういうこと?
何? この空気。
さっきまでは噛み合わないなりに、時間が流れていた。それなのに今は一時停止ボタンを押したみたいだ。そのボタンを押したのは、私らしい。だからと言って、何とかしろと言われても困る。
みんな私の方を見て黙っている。「きゃっきゃっ」と空気を読まずに笑っているのは、南ちゃんの腕に抱かれた赤ちゃんくらいだ。病室に大の大人が四人もいて、何も話さず赤ちゃんの声だけがするってシュールな光景。
そんな時間が十分くらい続いた後、この空気を破るかのように、谷崎課長が口を開いた。
「つぐみ……どうした? 一体、何の話をしているんだ?」
瞼の裏に映る景色は真っ黒で何も見えない。けれど、手がぽかぽかと温かかったり、ペチペチと頬を弱々しく叩かれたり、表現しようのない不思議なものに包まれている気分。でもどこか心地いい。
もう少しだけこのままで──と思うけど、これだけ考えたりしているということは、そろそろ起きる時間ですよということ。もうちょっとでアラームが鳴るはず。
短い時間だったけど、深く眠った気がする。疲れもいい感じにとれている。二日酔いやら失恋やらで、重かった頭もどこかすっきりとしている。けれど、肌がヒリヒリしているのは何故?
長いすでかぶれたとか? でも、二十分で肌が痛くなるほどかぶれるのはおかしい。じゃあ……何時間も寝ていたとか? いや、私に限ってそれはない。今日の朝だって二日酔いのくせにきっちり起きたし……とはいうもののセットしていたアラームが鳴る気配がない。起きる時間を意識して寝たはずだし……まさか、アラームを止めて二度寝? 信じたくないけど、今日の私のテンションならやりかねないかも。
十三時から新しい上司との顔合わせなのに、二度寝で遅刻……。
「やばい!」
自分の状況のまずさを悟ると同時に、飛び起きた。
「っ……」
叫んじゃって恥ずかしいとか誰かに見られたらどうしよう、とか思ったのは一瞬。
「何? これ?」
私の目に映るのは真っ白な空間。
一体、何が起きているの?
そう思った途端、頭がクラクラしてきた。せっかく起きたのに、私の体は再び寝転んでしまう。
落ち着け。急に起きたから変なものが見えただけだ。一回、瞳を閉じて大きく息を吸って吐く。大丈夫、気のせいだから──自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと瞳を開いた。
落ち着いて見た景色は、さっきほど真っ白ではなかった。けれど、明らかにおかしい。
ここはさっきまで私がいた休憩室ではない。訝しげに思いながら、あたりを見回してみる。
休憩室より狭くて、私の部屋よりかは広い。
白くて無機質な天井に微かに香る消毒液の匂い。
見覚えのないパジャマっぽいものを着て、ベッドの上にいる自分の体──って知らない間に着替えた挙句、ベッドの上って軽くホラーなんですけど。
ここはどこ? 休憩室じゃないのは確かだから医務室か。でもこの会社に医務室があるなんて聞いたことがない。医務室だったとしても着替える必要はないはず──ということは病室、つまりここは病院?
消去法で自分がいる場所を探り当ててみるけど、どうして私がこんなところにいるのかが、さっぱりわからない。
どうすればいい?
会社に戻りたいけど、こんな恰好で外には出られないし。どうしたものかと迷っていたら、ガラガラと扉が開く音がすると同時に聞きなれた声が聞こえた。
「つぐみ!」
南ちゃんだ。
「つぐみ! 気がついたのね? よかったー」
わけがわからない状況で知っている顔を見てほっとしたのもつかの間、南ちゃんを見た途端、私の頭の中に次々と疑問符が浮かんできた。
ここにいてくれることは嬉しい。でも、用事は大丈夫なの?
グレーのスーツを着てたよね? なのにどうして、水色のカットソーにジーパン姿なの? オフィスカジュアルの域、超えちゃってるよ。
それに……その腕の中の存在は?
赤ちゃんだってことくらいわかる。でも、なんで南ちゃんが抱いてるわけ? 南ちゃんは独身でしょ?
聞きたいのに、聞いてはいけない気がして何も言えない。
私の目の前にいるのは、確かに南ちゃんだ。でも私の知っている彼女じゃない。いつもはビシッとした空気を纏っているのに、今の南ちゃんはやわらかい感じがする。
南ちゃんの顔をした他人? 南ちゃんを呆然と見つめていたら、勢いよくドアが開く音がした。誰かと思ったら、京都にいるはずの母。
いつもは楽天的で、げらげら笑っているおばちゃんなのに、今にも泣きそうな顔をしている。
「やだ……なんでいるの?」
素直に思ったことを口にしただけなのに、母は怒りながら信じられないことを言い出した。
「まったく、あんたって子は。心配で心臓止まるかと思ったでしょ。運動音痴のくせに、妊婦さんを庇って車に跳ねられるなんて……」
……は?
何言っちゃってるのこの人?
妊婦さんを庇って車に跳ねられる?
この私が?
何のために?
何の冗談?
そんな覚えまったくありませんが?
確かに今日の朝、電車で妊婦さんに席を譲ってその後の満員列車で押しつぶされ、死ぬとは思ったけど、車に跳ねられた覚えはない。
会社の休憩室で眠っていただけの人間が、どうやって車に跳ねられることができるわけ? 超能力か何かで妊婦さんの危険を察知して駆けつけて跳ねられたとでもいうのか。超能力があるくせに、跳ねられるなんてどんな間抜けだよ。
「ほんとだよ。飛ばされた先が木の上だったから、かすり傷だけですんだけど。一時的に意識を失っているだけだって言われても、つぐみったらなかなか起きないし。でも、もう大丈夫だからね。看護師さんも呼んだし、谷崎さんもいるからね」
南ちゃんまで何言っちゃってるの?
二人の話の意味が全くわからないのですが。二人共、泣きそうな顔しちゃって、何だっていうのだ。
仕方ない。こういう時は、わかることから考えよう。予備校の先生も、わからない問題は飛ばして、できるものから解けって言うし。
わかること……看護師さんってことは、やっぱりここは病院ってことか。
はい……次、谷崎さん。
確か、来月異動する市場開発課の課長がそんな名前だったはず。そう言えば打ち合わせ……こんなところにいるって事はすっぽかしたってことだよね。
なんで課長さんがわざわざ病院にと思うけど、契約終了の話とかするのかもね。
会社には何の未練もないからどうでもいいけど。今から職探しかと思うと不安になる。本当に案件が少ないらしいし、理由が理由だし。もういっそのこと試験だけに集中しようかな? そうやって開き直って心を落ち着かせていると、静かにドアが開き青ざめた表情の男性が入ってきた。
この人が谷崎課長か。
確かに地味。それに……三十三歳にしては老けてない?
これと言って印象に残らないというか。多分、市場開発課にお使いに行った時に顔ぐらいは目にしているんだろうけど、全く記憶に無い。好きでも嫌いでもなくて、どうでもいい感じ──って一体、何様だ。
打ち合わせをすっぽかしたくせに、その相手を老けてるとか地味とかどうでもいいとか。失礼にも程がある。
それにこの人怒ってるっぽい。常識的に考えても怒るよね。上司ならともかく、部下が打ち合わせをすっぽかすってあり得ないし。
きちんと謝ろう。事情はわからないけど、打ち合わせに出られなかったのは事実なんだから。
さっきの二の舞にならないよう、慎重に体を起こして谷崎課長の目を見て言った。
「打ち合わせに参加できず、誠に申し訳ありませんでした。せっかく、お時間を頂いていたのに。それにこのような場所にも来て頂いて、どのように、お詫び申し上げればいいのか……言葉もございません」
自分に言える最大限の言葉で謝り頭を下げた。怒られようが罵られようが谷崎課長の反応を受け止めよう。恐る恐る頭を上げ、谷崎課長の方を見る。
谷崎課長は怒るでも罵るでもなく、何も言わず私を見ている。
何言っちゃってんの? こいつ──そうはっきりと顔に書いて。
谷崎課長のリアクションに戸惑う私に追い打ちをかけるように、南ちゃんと母の顔にもそう書いてある。
一体、どういうこと?
何? この空気。
さっきまでは噛み合わないなりに、時間が流れていた。それなのに今は一時停止ボタンを押したみたいだ。そのボタンを押したのは、私らしい。だからと言って、何とかしろと言われても困る。
みんな私の方を見て黙っている。「きゃっきゃっ」と空気を読まずに笑っているのは、南ちゃんの腕に抱かれた赤ちゃんくらいだ。病室に大の大人が四人もいて、何も話さず赤ちゃんの声だけがするってシュールな光景。
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