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偶然スマートフォンをいじっていたのか、ツーコールもしないうちに通話画面に切り替わった。
「もしもーし」
兄である秋宏の声を聞くのは久しぶりだった。変わらない家族の声に、荒んでいた心が少しずつ落ち着いていく。
「もしもし兄ちゃん?」
「おー、どうした? なんかあった?」
秋宏は察しがいい。そもそも自分ら兄弟は頻繁に連絡を取り合う仲でもない。突然電話など掛ければ、何かあったと思われるのが普通だ。
航大は乾いた唇を舐め、手汗まみれの掌をぎゅっと握った。
「お金、少しだけ貸して欲しいんだけど」
秋宏はしばらく間を置いて「どうした?」と低い声で言った。
「えっと、今月バイトのシフト結構削られちゃってさ。ちょっと家賃が足りなくて……」
嘘だ。ゲームのアイテムを買うための金を貸してくれだなんて口が裂けても言えやしない。
航大は頭の中で考えていた言い訳をなるべく自然に、申し訳なさそうな声色に乗せる。
「……そういうことね。まあこういうご時世だしな。分かった。送金しとくわ。五万で足りる?」
「うん。ありがとう。バイト代出たらすぐに返すから。なんかごめん。いきなりこんなことで電話して」
「なーんか元気ねえなあ。母さんには黙っとくから安心しな」
航大は秋宏に申し訳なさを感じながら、送金元である自身の電子マネーのQRコードを送信した。
「ほい。送った」
画面上に現れた通知をタップすると、秋宏から送金された五万円が残高にチャージされていた。
「ありがとう」
「おう。じゃあな」
「あっ、待って兄ちゃん」
「ん?」
「あのさ」
「んー? 次は何よ」
「……ゲームのキャラが現実世界に現れる未来って遠くない?」
航大の唐突な質問に、秋宏は困ったように「うーん」と言葉を濁らせた。
秋宏はプロのゲームクリエイターだ。謎が多いこのゲームのことはまだ話せないが、今の自分の背中を押してくれるような希望の言葉が欲しい。ただそれだけだった。
「そうだな。いずれはそうなる未来も来るかもな。というか、俺がそういうゲームを作ってみせる」
自信に満ち溢れた声。兄のその言葉から、逃げ場の無い地獄に一本の蜘蛛の糸が降りてきたような光を感じた。
「そっか」
航大はホッと息をついた。昔から兄は夢を言葉に出す人で、それを一番近くで見てきた自分はその行動が何よりも己を奮い立たせるものだと知っている。
航大は小さく笑うと、気合いを入れるように両手で頬をばちんと叩いた。
「ありがとう兄ちゃん。俺も頑張るわ」
「ん? よく分かんねえけど無理し過ぎんなよ」
秋宏に別れを告げ通話を切ると航大は再びゲーム画面に向き合う。
「ごめんお待たせ」
「ううん。大丈夫だよ」
覇気のない返事だった。ミザリの顔は先ほどよりも青白く、その表情はひどく不安に駆られていた。バトルモードを目の前にした今、前回の恐怖がリアルにフラッシュバックしているのだろう。
「ミザリ」
「なっ、なに? 航大くん」
大袈裟に体をビクリとさせるミザリ。この調子では今日は無理だろう。今回はとりあえずアイテムだけ購入し、バトルはまた後日心の準備が整った時にすれば良い。
「大丈夫だよ。今日はバトルしないから。とりあえず前回みたいに睡眠薬だけ買っておこう」
カーソルを動かし、注射器タイプの睡眠薬をふたつカートに入れる。カートの合計金額は一万二千円。かなり痛い出費だが、秋宏からの送金でなんとかなりそうだ。
『睡眠薬(注射器) 購入完了』
ふーっと息を吐き、チェアの背もたれにぐっと背中を預ける。そしてアイテムショップを閉じミザリのいる画面に戻ると、ミザリは眉を顰めながら何かを真剣に考えているようだった。
「ミザリ?」
声を掛けるとミザリは伏せていた顔を上げ、そして決意したように口を開いた。
「バトルしよう。航大くん」
「もしもーし」
兄である秋宏の声を聞くのは久しぶりだった。変わらない家族の声に、荒んでいた心が少しずつ落ち着いていく。
「もしもし兄ちゃん?」
「おー、どうした? なんかあった?」
秋宏は察しがいい。そもそも自分ら兄弟は頻繁に連絡を取り合う仲でもない。突然電話など掛ければ、何かあったと思われるのが普通だ。
航大は乾いた唇を舐め、手汗まみれの掌をぎゅっと握った。
「お金、少しだけ貸して欲しいんだけど」
秋宏はしばらく間を置いて「どうした?」と低い声で言った。
「えっと、今月バイトのシフト結構削られちゃってさ。ちょっと家賃が足りなくて……」
嘘だ。ゲームのアイテムを買うための金を貸してくれだなんて口が裂けても言えやしない。
航大は頭の中で考えていた言い訳をなるべく自然に、申し訳なさそうな声色に乗せる。
「……そういうことね。まあこういうご時世だしな。分かった。送金しとくわ。五万で足りる?」
「うん。ありがとう。バイト代出たらすぐに返すから。なんかごめん。いきなりこんなことで電話して」
「なーんか元気ねえなあ。母さんには黙っとくから安心しな」
航大は秋宏に申し訳なさを感じながら、送金元である自身の電子マネーのQRコードを送信した。
「ほい。送った」
画面上に現れた通知をタップすると、秋宏から送金された五万円が残高にチャージされていた。
「ありがとう」
「おう。じゃあな」
「あっ、待って兄ちゃん」
「ん?」
「あのさ」
「んー? 次は何よ」
「……ゲームのキャラが現実世界に現れる未来って遠くない?」
航大の唐突な質問に、秋宏は困ったように「うーん」と言葉を濁らせた。
秋宏はプロのゲームクリエイターだ。謎が多いこのゲームのことはまだ話せないが、今の自分の背中を押してくれるような希望の言葉が欲しい。ただそれだけだった。
「そうだな。いずれはそうなる未来も来るかもな。というか、俺がそういうゲームを作ってみせる」
自信に満ち溢れた声。兄のその言葉から、逃げ場の無い地獄に一本の蜘蛛の糸が降りてきたような光を感じた。
「そっか」
航大はホッと息をついた。昔から兄は夢を言葉に出す人で、それを一番近くで見てきた自分はその行動が何よりも己を奮い立たせるものだと知っている。
航大は小さく笑うと、気合いを入れるように両手で頬をばちんと叩いた。
「ありがとう兄ちゃん。俺も頑張るわ」
「ん? よく分かんねえけど無理し過ぎんなよ」
秋宏に別れを告げ通話を切ると航大は再びゲーム画面に向き合う。
「ごめんお待たせ」
「ううん。大丈夫だよ」
覇気のない返事だった。ミザリの顔は先ほどよりも青白く、その表情はひどく不安に駆られていた。バトルモードを目の前にした今、前回の恐怖がリアルにフラッシュバックしているのだろう。
「ミザリ」
「なっ、なに? 航大くん」
大袈裟に体をビクリとさせるミザリ。この調子では今日は無理だろう。今回はとりあえずアイテムだけ購入し、バトルはまた後日心の準備が整った時にすれば良い。
「大丈夫だよ。今日はバトルしないから。とりあえず前回みたいに睡眠薬だけ買っておこう」
カーソルを動かし、注射器タイプの睡眠薬をふたつカートに入れる。カートの合計金額は一万二千円。かなり痛い出費だが、秋宏からの送金でなんとかなりそうだ。
『睡眠薬(注射器) 購入完了』
ふーっと息を吐き、チェアの背もたれにぐっと背中を預ける。そしてアイテムショップを閉じミザリのいる画面に戻ると、ミザリは眉を顰めながら何かを真剣に考えているようだった。
「ミザリ?」
声を掛けるとミザリは伏せていた顔を上げ、そして決意したように口を開いた。
「バトルしよう。航大くん」
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