シンデレラ・ゲーム【R-18】

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 家から一歩出ると朝の日差しが全身を包んだ。いつもはまとわり付くような暑さにうんざりするのだが、今日は何故だか清涼な空気にさえ感じる。昨晩のじめじめした重苦しい出来事を一瞬でも忘れさせてくれる日の光が、今ではとても有り難い。
 だが六月も中旬。少し歩けば額に汗がにじむ。加えて最寄り駅までの道は上り坂ときた。ぜえぜえと自分の息が荒くなるたびに、膨れ上がるのはやはり昨晩の出来事だった。

男たちの荒い息。
剥がされるミザリの衣服。
生気を失ったミザリの眼……

「うっ、わあああああああ!」

 航大は思わずその場にしゃがみ込んだ。幸いにも周りには誰もいなかったが、フラッシュバックする昨晩の事がまるで金縛りのように自分の体を支配する。

「はっ、はっ、はっ」

 分からなくなっていく呼吸の仕方。顔からさっと血の気が引き、のどの奥からヒューという音がしたその時だった。

「おい!?」

 腕を強く引かれ、誰かに体を支えられる。
 顔を上げるとそこにはひどくあわてた様子の涼がいた。遠くから走ってきたのか、メガネは面白いくらいにずれていた。

「相変わらずの……タイミングの、良さ、だな……」
「なに! どうしたよお前! 熱中症!?」

 涼はメガネを掛け直さずに、ふらつく航大を木陰まで引っ張った。そしてリュックをアスファルトの上に投げるように置くと、ごそごそと中をまさぐる。

「あー…… あったあった! うちの麦茶で悪いけどこれ飲め。すぐ!」

 涼はマグボトルを取り出し、航大にずいっと差し出す。
 渡された麦茶を一口、二口と口に含む。涼が目の前にいる安心からか、体中にまとわりついていたものがすーっと軽くなっていくのが分かる。
 今の自分にとって、日常は薬だ。涼がメガネを正しながら母親のように説教を垂れながしているが、この日常こそがぐらつく心を何とか支えてくれているような気がする。

「うぉい! ほんとに大丈夫かお前! この前からおかしいぞ」

 いつの間にか呼吸は整っていたが涼の言葉に「大丈夫」と返す気力は無かった。

「……なあ、マジでなんかあった?」

 心配そうに航大の顔を覗き込む涼。その真剣な眼差しに、今さら何を取りつくろっても誤魔化せないだろうと諦める。
 それに、もう限界だった。自分一人で抱え込むには余りにも重過ぎる。全て話して楽になりたい。
 航大は汗ばんだ手を力なく握る。

「涼。信じてもらえないかもしれないけど……」



「全部聞いて欲しい」


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