61 / 67
山本未莉沙
(5)
しおりを挟む骨が砕ける音を、体のあちこちが引きちぎられる感覚を、今でも鮮明に覚えている。自分の血の色があんなに赤いこともあの時初めて知った。
恐くて、痛くて、声が出なかった。
「あ……が」
画面の向こうから私を呼ぶ声がする。
しかし、狂犬に噛みつかれた体は既に瀕死状態。頭に残るのは「死」への恐怖だけだった。
痛い 痛い 痛い 痛い 痛い
死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ
死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ
死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ
死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ
死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ
そして狂犬と目が合った時、私の口角は極限の恐怖でひくひくと上がった。既に私の血の色で染まった鋭い犬歯が、躊躇うことなく頸動脈を突き刺す。
「がっ」
そこからの記憶は無い。
ーーー
「ーーーっつ!!!」
飛び起きると、そこはいつものクローゼットの中だった。額は脂汗で滲み、体は震え、奥歯はガチガチと音を鳴らす。
床には液体。鼻をつくような臭いと下着の不快感に、自分が失禁したことに気付く。
「げぇっ、おしっこしちゃったの」
奥の部屋から覆面男が鼻をつまみながら顔を出す。恐怖と羞恥で声を発することができなかった。
「勘弁してよー タオルあげるから拭いといて。あと、そろそろ臭うから着替えな。俺ので悪いけどパンツとTシャツ。着替える時に一瞬だけ手枷外したげるから」
叱責されると思ったが、覆面男は機嫌が良いようでテキパキとタオルと着替えを用意した。
一瞬だけ外された手枷と足枷。手首にも足首にも痛いほどに痕がくっきり刻まれている。
自由になったからといってもちろん逃げ出せるわけではない。あんな恐怖を植え付けられた後だ。そんなこと出来るはずがない。
監視下の元で自分の尿を隅々まで拭き、そして男に見張られながら衣服を着脱する。
屈辱だった。
部屋を一通り掃除させられ、そしてまた手足の自由を奪われる。再びマリオネットと化した私に男は耳元で囁いた。
「そういえばどうだった? 死んだ感覚」
嬉々とした声に、またもや眩暈が襲う。この男が私をいたぶらない理由がここにきて分かった。私を現実で苦しめる必要などないのだ。
仮想の世界で、簡単に殺せるのだから。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる