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山本未莉沙
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ーーー
報道員は絶句していた。
全員が信じられないと言ったような顔で未莉沙を見つめている。
「それは、事実ですか……?」
「……はい」
辟易しながらマイクに声を乗せる。確かに信じろという方が無茶なくらい荒唐無稽な話だが、なぜこの場で嘘を吐く必要があるのだ。
未莉沙は部屋の隅に掛けられた電波時計を見る。心労はピークに達しつつあるというのに、会見はまだ十五分しか経っていない。
「それでは、流出した写真というのも……」
心臓が電流を流されたようにばくんと大きく跳ねた。好奇と侮蔑がない交ぜになった視線が突き刺さる。
「そっ、そ、そ、そ」
それは、と言葉を続けたいのに上手く発せない。
幼少期から小学校高学年まで悩まされた吃音症。極度の緊張状態の時に発症していたが大人になるにつれて自然と症状は改善し、今の今まで存在すら忘れていた。それがどうして今……
真っ青な顔で口をはくはく開く未莉沙を見て、マネージャーが背中をさする。
「節度ある質問をお願いします」
マネージャーの気色ばんだ声に部屋の中がぴりつく。未莉沙は手元に置かれてあったペットボトルの水を手に取ると、一口、二口と勢いよくのどに流し込んだ。手の甲で口元を拭うと、マネージャーに「大丈夫」と息だけで呟く。
「流出した写真は私で間違いありません」
ここまではっきり言うとは思っていなかったのか、マネージャーも報道陣も目を丸くして驚いていた。事務所的には良くなかったかもしれない。
パシャと響いたシャッター音を皮切りに、どんどんフラッシュが焚かれる。目の前がチカチカと光り、思わず目を眇めた。
「未莉沙……!」
眉根を寄せるマネージャー。その目は「もう後戻りできないぞ」と訴えていた。
爛々と光る報道陣の目とカメラのレンズは今か今かと未莉沙の言葉を待っている。航大を救うためには真実を話すしかない。それでも呼吸は言うことを聞かず、また閉塞感で苦しくなった。
その時、後方の扉が勢いよく音を立てて開いた。
「会見中、失礼します」
入室したのはスーツを着た男性二人。先頭を歩くその顔には見覚えがあった。
「小野秋宏……?」
報道陣の一人が呟くと、瞬く間になんだなんだと戸惑いの声が広がる。
小野秋宏。
日本を代表するゲームクリエイターであり、この事件に関与する弟の実兄。以前ゲーム番組で共演したことがあるが、まさか航大の兄だったとは。
弟である小野航大が一時的に警察に連行されたということもあり、秋宏に向けられる視線は私以上にひどいものだった。こちらまで動悸がする。
しかし秋宏はその視線を掻い潜るように堂々と登壇すると、困惑するマネージャーに頭を下げた。
「僕の登壇は山本さんの事務所にも了承を得ています」
「は、はあ」
「えー皆様。この度は弟が世間をお騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
機先を制するように、秋宏は報道陣に深々と頭を下げた。
「先ほどゲームの解析が終わりましたので、ここからは僕も同席させていただきます」
秋宏は淀みなくすらすら話しながら早速着席した。もう一人のスーツの男性に目配せすると、男性はノートパソコンと数枚の資料を秋宏の手元にさっと置いた。おそらく付き人だろう。
面白い展開に喉仏を上下させる報道陣。ぎらぎらとした目はあっという間に未莉沙から秋宏にターゲットを移した。
重苦しい沈黙にも動じず、秋宏はキーボードを叩く。さすが場慣れしているだけある。
「えー、では」と秋宏は居住まいを正す。
ちらっと流れてくる秋宏の視線に、自分の視線がぶつかる。秋宏は強い眼差しでこちらをじっと見た後、口の動きだけで「ありがとう」と言った。
「……っ」
目頭が熱くなる。張り詰めていた緊張の糸がここに来て初めてわずかに弛んだ気がした。のどの奥につっかえていたものも消え、呼吸が幾分楽になる。
この兄弟に助けられてばかりだな……
そう思いながら秋宏の横顔を視線の端に入れる。目の前を真っ直ぐに見据えているが、机の下ではつくった拳が小刻みに震えていた。
その姿を見てハッと目を見開く。
本当は恐くて仕方ないのだ。この人も。虚勢を張ってでも、守りたい、救いたい人がいる。私のように。
航大くんもそうだったのかな。
たった一人で得体の知れないゲームに立ち向かい、期せずして犯罪に関与してしまった。
彼が失ったものを取り返せるのならばどんなに時間が掛かってもいい。だから自分はここにいる。
「それでは会見を続けさせていただきます」
秋宏と視線が合うと、力強く頷いた。
報道員は絶句していた。
全員が信じられないと言ったような顔で未莉沙を見つめている。
「それは、事実ですか……?」
「……はい」
辟易しながらマイクに声を乗せる。確かに信じろという方が無茶なくらい荒唐無稽な話だが、なぜこの場で嘘を吐く必要があるのだ。
未莉沙は部屋の隅に掛けられた電波時計を見る。心労はピークに達しつつあるというのに、会見はまだ十五分しか経っていない。
「それでは、流出した写真というのも……」
心臓が電流を流されたようにばくんと大きく跳ねた。好奇と侮蔑がない交ぜになった視線が突き刺さる。
「そっ、そ、そ、そ」
それは、と言葉を続けたいのに上手く発せない。
幼少期から小学校高学年まで悩まされた吃音症。極度の緊張状態の時に発症していたが大人になるにつれて自然と症状は改善し、今の今まで存在すら忘れていた。それがどうして今……
真っ青な顔で口をはくはく開く未莉沙を見て、マネージャーが背中をさする。
「節度ある質問をお願いします」
マネージャーの気色ばんだ声に部屋の中がぴりつく。未莉沙は手元に置かれてあったペットボトルの水を手に取ると、一口、二口と勢いよくのどに流し込んだ。手の甲で口元を拭うと、マネージャーに「大丈夫」と息だけで呟く。
「流出した写真は私で間違いありません」
ここまではっきり言うとは思っていなかったのか、マネージャーも報道陣も目を丸くして驚いていた。事務所的には良くなかったかもしれない。
パシャと響いたシャッター音を皮切りに、どんどんフラッシュが焚かれる。目の前がチカチカと光り、思わず目を眇めた。
「未莉沙……!」
眉根を寄せるマネージャー。その目は「もう後戻りできないぞ」と訴えていた。
爛々と光る報道陣の目とカメラのレンズは今か今かと未莉沙の言葉を待っている。航大を救うためには真実を話すしかない。それでも呼吸は言うことを聞かず、また閉塞感で苦しくなった。
その時、後方の扉が勢いよく音を立てて開いた。
「会見中、失礼します」
入室したのはスーツを着た男性二人。先頭を歩くその顔には見覚えがあった。
「小野秋宏……?」
報道陣の一人が呟くと、瞬く間になんだなんだと戸惑いの声が広がる。
小野秋宏。
日本を代表するゲームクリエイターであり、この事件に関与する弟の実兄。以前ゲーム番組で共演したことがあるが、まさか航大の兄だったとは。
弟である小野航大が一時的に警察に連行されたということもあり、秋宏に向けられる視線は私以上にひどいものだった。こちらまで動悸がする。
しかし秋宏はその視線を掻い潜るように堂々と登壇すると、困惑するマネージャーに頭を下げた。
「僕の登壇は山本さんの事務所にも了承を得ています」
「は、はあ」
「えー皆様。この度は弟が世間をお騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
機先を制するように、秋宏は報道陣に深々と頭を下げた。
「先ほどゲームの解析が終わりましたので、ここからは僕も同席させていただきます」
秋宏は淀みなくすらすら話しながら早速着席した。もう一人のスーツの男性に目配せすると、男性はノートパソコンと数枚の資料を秋宏の手元にさっと置いた。おそらく付き人だろう。
面白い展開に喉仏を上下させる報道陣。ぎらぎらとした目はあっという間に未莉沙から秋宏にターゲットを移した。
重苦しい沈黙にも動じず、秋宏はキーボードを叩く。さすが場慣れしているだけある。
「えー、では」と秋宏は居住まいを正す。
ちらっと流れてくる秋宏の視線に、自分の視線がぶつかる。秋宏は強い眼差しでこちらをじっと見た後、口の動きだけで「ありがとう」と言った。
「……っ」
目頭が熱くなる。張り詰めていた緊張の糸がここに来て初めてわずかに弛んだ気がした。のどの奥につっかえていたものも消え、呼吸が幾分楽になる。
この兄弟に助けられてばかりだな……
そう思いながら秋宏の横顔を視線の端に入れる。目の前を真っ直ぐに見据えているが、机の下ではつくった拳が小刻みに震えていた。
その姿を見てハッと目を見開く。
本当は恐くて仕方ないのだ。この人も。虚勢を張ってでも、守りたい、救いたい人がいる。私のように。
航大くんもそうだったのかな。
たった一人で得体の知れないゲームに立ち向かい、期せずして犯罪に関与してしまった。
彼が失ったものを取り返せるのならばどんなに時間が掛かってもいい。だから自分はここにいる。
「それでは会見を続けさせていただきます」
秋宏と視線が合うと、力強く頷いた。
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