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真実の愛
しおりを挟むフレーフトの町に、ひときわ異彩を放つ家があった。小綺麗で小さな家、窓には白いカーテンが掛けられ、常に外からは中の様子がうかがえなかった。そこに住んでいたのはアリスという名の女性で、町の人々からはあまり話題にされることもなかったが、何か不穏な空気を漂わせていた。
彼女の夫、ヘンリーは数ヶ月前に病死していた。
彼の死は町の誰にも悲しまれることなく、葬儀も簡素に済まされた。
だが、アリスにとっては、ヘンリーの死はただの「出来事」ではなかった。
彼女は、ヘンリーが亡くなった後も、何かしらの形で彼と一緒にいたいと強く願い続けていた。
そして、ある日、アリスは決心した。
ヘンリーの死を受け入れられないのならば、死そのものを無視してしまおう、と。
町の墓地からヘンリーの遺体を掘り起こし、家に運び入れた。
彼の顔は青白く、手足は固まっていたが、アリスにはそれがまるで「眠っている」ように見えた。
アリスはヘンリーを自分のベッドの横に寝かせ、毎日、何事もなかったかのように生活を続けた。
数週間後、アリスは自分で結婚式の準備を始めた。
町の広場にある教会で、ヘンリーと結婚式を挙げることに決めたのだ。
もちろん、誰もがその計画を奇異に思う。
町の人々は、アリスがついにおかしくなってしまったと思っていたが、当の本人はどこか幸せそうだった。
彼女は朝から晩までヘンリーの棺を飾り、花を敷き詰め、結婚式の日を待ちわびていた。
そしてその日、アリスは教会で一人、ウェディングドレスを着て立っていた。
ヘンリーの棺は、ゆっくりと祭壇に運ばれ、アリスの前に置かれた。
彼女はヘンリーの遺体にそっと手を置き、静かに目を閉じた。
「これで、ようやく私たちは一緒になれる」と、心の中で呟いた。
町の人は、その結婚式を見に来なかった。
誰もがその場に足を運ぶことをためらった。
だが、アリスは気にしなかった。
彼女にはヘンリーがいる。
ヘンリーと一緒にいられることだけが、今のアリスにとっての唯一の現実だった。
その夜、アリスは家に帰ると、ヘンリーの遺体をベッドに寝かせ、そっと自分もその隣に横たわった。
ヘンリーの冷たい手を自分の胸に重ね、静かに目を閉じた。
「私たちはこれからもずっと一緒だよね?」
そう呟きながら、アリスは眠りについた。
だが、目を覚ましたとき、アリスは気づいた。
ヘンリーが、ほんの少しだけ動いていたのだ。
その手がアリスの胸を押さえた。
冷たく硬直していたはずの指が、わずかに動き、彼女に触れたのだ。
アリスは驚き、恐れのまなざしでその手を見つめた。
そして、ヘンリーの目が、わずかに開いたような気がした。
その目は、かつての彼のものとは異なり、何かを訴えかけるように彼女を見ていた。
「ヘンリー?」
アリスは震える声で呟いた。
だが言葉を発することはなかった。
彼の顔には、かすかな微笑みが浮かんでいるように見えた。
その微笑みは、どこか不気味で、そしてまたどこか冷たかった。
アリスはその後も、ヘンリーと共に過ごし続けた。
彼が動くことはもうなくなったが、アリスは毎晩、彼と話し、手を握り、眠りにつく。
町の人々は、次第にアリスがまるで本当に死者と結婚しているかのように、奇妙で恐ろしい存在であることを理解し始めていた。
後に、フレーフトの町に伝わる噂によれば、アリスは永遠にその家に閉じ込められ、ヘンリーと共に生き続けるのだという。
町を離れることも、誰かと話すことも、日常の一切を取り戻すこともなく――
彼女はただ、冷たい死者の隣で、ひっそりと生き続ける。
町の者たちは、彼女をこう思うのだ。
「死者と結婚した女にとって、もう何も怖いものはない。」
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