短編中編マーブル(大体恋愛)

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忘却の恋と魔法のランプ3

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 大きく驚き狼狽を露呈したニルの様子に、さすがに説明不足だと気付いたラファトは若干気まずそうに頭を掻いてニルを宥めたが、落ち着いて事情を聞けば何と言うことはない。

「いや実は先の戦で手柄を立ててしまってだな、周囲が俺に執拗に結婚を勧めてくるようになって困っているのだ。妹を娘を孫娘を、と五月蠅くてなー……ハハハ」

 そう語るラファトはすこぶる乾いた目で乾いた笑みを浮かべている。
 相当しつこいのだろうとニルにも予想できた。

(戦功かあ、だったらそうなるのも仕方がないよねえ)

 この砂漠の国周辺では戦の手柄が何よりも名声を得られるのだ。

 一将軍からその地の君主スルタンになる者もさほど珍しくなく、富と栄誉を求める男たちは武を尊び日々の鍛錬を惜しまない。
 しかしそんなひしめく猛者たちの中で抜きん出るのは容易ではなく、加えて頻発する他国との戦において、死することなく敵を屈服させ領土を奪うという輝かしい戦功を挙げるとなると、最早運も必要となってくる。
 実力と運を兼ね備えた者ということで、手柄が大きければ大きい程周囲の目も集まってくるのだ。

「御主人様はじゃあさぞかし素晴らしい軍功をお持ちなんですね! お仕えできて鼻が高いです! おモテになるのは仕方のない現実と言いますか何と言いますか、御主人様のお眼鏡に適う相手もきっと中にはいるのでは?」

 ニルが無邪気にはしゃいだが、ラファトは自慢するでも謙遜するでもなく、ただ凪いだような静かな目をしていた。
 そんな目をされれば、ニルの心に波紋が生まれる。

(本当は馬鹿みたいに喜びたくない。だって御主人様は私の御主人様で、私だけの御主人様で……でも、私は御主人様の幸せを願うから、不満なんてもってのほかだもん)

 目線を下げ拗ねたようにして急に押し黙ったニルの様子に瞬きを返し、ラファトはポツリと言葉を落とした。

「本当にそうだろうか……」
「御主人様?」

 まるで脈絡がなく、ニルは意味がわからずキョトンとした。
 反面、心の葛藤に疑問を呈されたようにも感じてドキリとした。

「国一つ取ったところで、大事なものを護れなければ、どんな華やかな軍功も一杯の水にも劣る」

 その言葉は妙な真実味を帯びていて、彼の実体験が齎した心情なのだろうかと、ニルは気になってしまった。

「ええと、御主人様は国を取ったんですか?」
「ああ、そうだ。まあ元々その地域一帯は俺の故国だったから、取り返したとも言えるがな」

 ラファトは一つ息をついて、ニルを見つめた。

「アルフライラ、という国だった。白と青の玉ねぎ屋根の宮殿が美しい国だった」
「アルフ…ライラ……?」

 国の名を聞いた途端、ニルの心臓がドクリと大きく鳴った。

(何だろう、この不安な感じ。それに何だか、酷く切ない……)

「そうだ。知っているか?」
「……知識としては。そんなに大きくはなかったですけど、何年か前まで存在していた国ですよね」

 ラファトが口にしなければ、きっとニルはその国の名さえ知識の中から思い出さなかったに違いない。
 興っては消えていく中小規模の国など珍しくないのだ。
 努めて平静を装うような、そんなニルの様子をラファトはどこか興味深そうに、或いは何かを期待するように眺めた。

「そんなわけだが、ニル、一つ目の願いは叶えられそうか?」
「あ、は、はい! 頑張ってそのように励みます!! あ、でも曖昧な期間は駄目なので、何か数字でも状況の変化でもいいので、ここまで、とかこうなったら、という明確な区切りは必要ですけど」
「わかった。ならそうだな……」

 常日頃から冷静そうな青年将軍は、顎に手を当てしばし絵になるような立ち姿で思案すると、一つの区切りを提案した。

「それでは、俺が他の誰かを好きになるまで、というのはどうだろう?」
「えっとつまり、御主人様に誰か好きな人が出来れば一つ目は完了ってことですね?」
「ああ。それまではニルは俺の最愛の奥方だ。それで構わないか?」
「は、ははははい!」

 最愛の奥方だなんて言われて、ニルは内心悶絶寸前だった。
 しかもラファトはやっぱり気を許したような可愛い笑みを向けてくるのだ。

「こ、こんなイケメンな旦那様が出来るなんて、ななな何かランプの精なのに役得って感じです!」
「……」

 動揺の余りの率直過ぎる物言いには、さすがにラファトも面喰らってちょっと頬を赤くする。

「願った身で逆にそんなにも喜んでもらえるとは、光栄だよ」
「ええっと、美女を出してって願う事もできたのに本当に私でいいんですか?」
「ああ。ニルがいい」
「そ、そうですか。……えへへっ、初めての御主人様がすごく優しい人で良かったです!」

 嬉しさを我慢できずついついふにゃりとはにかんで言えば、ラファトはちょっとだけ息を詰めるようにして瞳を揺らして、それから半分目を伏せるようにする。

「……俺も、君のランプを手に出来て、心から良かったと思っているよ」

 若くしてどこか達観した彼が目を上げ、そしてニルに向けた優しさに満ちた笑みからは、確かな愛情が感じられた。

 早速ランプから出たニルは早々に一室を与えられた。
 今はその部屋の窓から殺風景な庭を眺め、微かに聞こえる水の音に耳を傾ける。
 最初に見た所とはまた違う庭だったが、ここも先の庭同様に物寂しい。
 この建物はラファトの持ち家で、彼はさすが将軍をしているだけあって一通り案内された家はビックリするくらい大きかった。
 庶民のレベルでは収まらない規模だ。
 けれど使用人は極めて少ない。
 住み込みの者はなく、通いの者が数人、昼間にその日出来る範囲分だけの仕事をしていくらしい。なので一日二日手の入らない場所も多いという。

 容姿も地位も財もあるラファトがどうして若くして枯れたような生活をしているのかは、ニルにはわからない。
 それでも少しずつ知っていけるだろうか、とニルは彼への「知りたい」を膨らませる。

 そしてもう一つ、ニルには知りたいことができていた。

「もしかしたら、アルフライラっていう国は、私に関係のある国だったのかな」

 ランプの精は博識だが、自らに関わる情報は著しく欠如する。

 古代の大魔術師が生み出したと言われる魔法のランプだが、それを司るランプの住人は元が人間で、故に身内に有利にするなどの不公平を無くすために、人間だった頃の記憶を一切持たない。

 それはニルも例外ではなく、彼女は自分が何者だったのかを覚えていなかった。

「でも、私と関係があったとしても、今の私はラファト様って一等星みたいな御主人様がいるランプの精だもん。しっかりお仕えしなくちゃね!」

 ラファトのことを考えるとニルの心は無条件で浮き浮きする。
 奥さんを演じるなんて、演技とわかっていても緊張するし、何だか自分の長年の夢が叶ったみたいで心底嬉しかった。

 ニルはラファトがとても好ましい。

 彼が誰かを好きになるまでを見届ける。
 きっとそれは辛い恋を生むかもしれなかったけれど、自分よりもラファトが幸せならそれでいいのだ。
 ランプの住人が自らの主人の幸せを願うのは当然だが、それ以上にそう思う。

「どれだけ泣いても、後悔しない。だって……」

 彼に会えただけで僥倖ぎょうこうなのだ。
 それは理屈とか根拠が必要のない自分の中の確信だった。

 呼び出されてまだ一日と経っていないのに、改めて自分はラファトが大好きになっているのだと気付けば、そんな自分にやや呆れ、しかしそう感じる自分を誇らしくも思う。

「さてと、そろそろラファト様も準備できたかな。市場で一緒にお買い物だったっけ? ……見せつけるために」

 外出の支度をするまで少し待っているように言われていたニルは、直後に部屋の外から掛けられたラファトの声を聞き付けると、頭に被る布を手に取って飛び跳ねるように部屋の外へと駆け出すのだった。
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