短編中編マーブル(大体恋愛)

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番外編系

目覚めたら妊婦だった俺の人生が~の番外編の番外編 AS YOU WISH2

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「彼……?」

 悪魔はくしゃりと顔を歪め心底怪訝な顔をした。こんな表情も珍しいのだとはもう自らをカウントするのをやめる。

 言葉を待てば、レオナルドは無事な片目を細めて少し笑った。

 それは一転して自然で柔らかで、まるで自分の中の何かを理解されたような笑みに悪魔は動揺する。

(本当に、何だこれは……?)

「お兄さんは人間じゃないから、本当の姿じゃないから、異様な気配だけじゃあぼくでもさすがに最初はわからなかったみたいだ」
「何を言っている?」
「……わからない?」

 少年は雰囲気を元に戻し、まるで試すように悪魔を窺い見る。

(これは、単なる挑発ではないな)

 悪魔はその小さな姿を悪魔の目で探ってみた。

 そして瞠目する。

「レオナルドと言ったか、お前は何だ?」

 悪魔の目には、少年に重なるようにして数多の人間の像が見えた。

 正確には彼の上に次々と湧き出ては昇華するようにして消えるのだ。その全てにはまだ一つとして同じ顔はない。

「一体何人を……取り込んだ?」

 レオナルドは答えなかった。その代わりに横に緩く首を振る。彼自身ももうわからないからかもしれない。
 人間の中には人間たちが魔法や魔術と呼ぶ特殊能力を持つ者がいて、彼らは悪魔が使うような能力を行使できる。しかし悪魔程に強力ではないが。
 そしてその能力には様々な種類があるのだ。
 この少年が能力者だとして、彼はどんな力を持っているのか。

 一度に数え切れないくらいに沢山の人間の思念か何かをその身に伴うなど、人間としておよそまともではない。

「言っておくけど、ぼくは魔術師じゃないよ。ぼく自身じゃ何もできない。勝手に向こうから取り込まれに寄って来るんだ」

 悪魔は何がとは問わなかった。

「人の魂がね」

 問う前に言われたからだ。

「勝手に魂が寄って来る?」
「うん、正確には死んだ人の魂が。この世を漂っていた魂の一部でも欠片でも何でも。で、ぼくの中に勝手に取り込まれていく。そうすると見えるから、その人の人生が。欠片ならその欠片分だけに含まれるものや思念がね」

 ああ、だからこの子供は子供らしからぬのだなと納得した。ともすれば悪魔の自分にさえ匹敵するような長さの他者たちの人生時間をその身で追体験したのだろう。良い事ばかりではなく数多の艱難辛苦も共に。人生を見ると言う事はそう言う側面も持つ。

「それでは私を知る者がお前の中にいるのか?」
「いるって表現は何か気持ち悪いから嫌だなあ。ぼくはぼく。でもそう考えた方がお兄さんはわかり易いだろうからそれでもいいよ」

 何だか出来の悪い教え子扱いされたようで悪魔は不服気にしたが、話の腰は折らなかった。

「ぼくの中に取り込まれた人がって言うか、その人の経験から導き出される答えが、お兄さんに触れてやっとその本当の正体をぼくに示してくれたんだ。真っ直ぐ強く教えてくれたって言い換えてもいいけど」

 彼の言う相手が誰かはわからない。何しろこれまで老若男女多くの人間と会ってきた。

「何故魂を拒まない?」
「勝手に集まってくるんだって言ったでしょう。強制的で、ぼくの意思じゃあ拒めない。良いのも酷いのも散々なのもたくさんあった」
「いつから」
「たぶん生まれた時からじゃないかな」
「……」

 言葉もないかのような悪魔へと、レオナルドは人生を達観したような溜息を一つついた。

「悪魔の……お兄さんみたいな存在でも、ぼくみたいなのは御免? まあうじゃうじゃ他人の魂をその身に取り込んでいるなんて、聞いて気持ちのいいものじゃないだろうけどさ」
「いや、それは難儀だと思ってな」

 悪魔の感想にレオナルドはやや押し黙った。そうして小さく笑声を零した。

「ふふはっ、ぷっはは、まさかよりにもよってお兄さんの口から難儀だなんて言葉が出て来るとは思わなかった。――ずっと前はそう言われる方だったのにね」

 次は悪魔が押し黙った。そしてレオナルドを睨む。
 だがそうして慎重に彼と重なる人間たちの姿を見定めていても、思い描いた顔はない。一目でも会いたかった姿は見えない。
 願わくは幽霊でも何でももう一度会いたいと思っていたが、それが無理なのもとうにわかっていた。なのにレオナルドの内に気配を感じられず女々しくも落胆を感じている自分に、ぐっと咽の奥に力を込めて叱咤する。

『悪魔って奴はホント難儀だな』

 ハハハと明るく笑う懐かしい男の声が脳裏を過ぎった。

「お前の言葉を信じるとして、誰を取り込んでいる」

 自分が思い違いをしているかもしれないと半分疑った。

「この人は、実の所誰って程でもないんだ。たぶんほんの少~しだけ奇跡的に残ってこの世を漂っていた魂の小さな小さな欠片なんだと思う。だから名前も取り込んだ時にはわからなかった。でもそのたったのほんの欠片でもその人の本質みたいに色褪せない思念がぼくに残ってる。だけど、彼が何者かはこうして生きるうちに沢山のヒントがあったから自然とわかった。偉大な人だったんだって」

(やはり、そうなのか?)

 悪魔は直前の疑いを取り払った。

 少年が告げずとももう誰かがわかった。

「……始祖王なのか?」

 こくりと折れそうに細い首が頷く。
 適当に切られた不揃いの白髪が揺れる。
 遠い記憶の黒髪の彼とは正反対の色合いで。

「うん、お兄さんをこの地に喚び出した初代の王様で、お兄さんととても仲の良かった人。お兄さんを大事に思ってた人」

 悪魔を喚び出し王家を護るという契約を交わした初代国王、彼の魂はとうの昔に千々に弾けて消えてしまったはずだった。
 それがどうしてこんな形で自分の前に残滓を現したのか。
 光の中に溶けるような恋しい笑みが閃く。

「アルゼン……」

 彼の名だ。

「悪魔のお兄さん」

 レオナルドを前にして、うっかりしばし現実を忘れて想いに耽ってしまっていた。
 往々にして無慈悲と評される悪魔とは思えない人間染みた失態に、腹の底でアルゼンへの責任転嫁が湧く。

(全部お前のせいだアルゼン、本当にどうしようもないくらいに)

 少年は大人にも、大人しく悪魔が気を取り直すのを待っている。悪魔はばつの悪い心地でもう続きをいいぞと彼を促してやった。

「お兄さんはどうしてぼくの所に来たの?」
「気配が気になったからだ」
「へえ、それで、実際会ってみてどう思った?」
「どうも」
「ふうん」

 レオナルドは満足とも不満足ともつかない声音で言ってあっさり興味を失くしたように視線を外した。

「じゃあもういいよね。それとも、一晩だけでもぼくを買う?」
「は?」

 そうかと思えばピタと偽の笑みを張り付けて、おもねるような目を向けてきた。

「お兄さんなら容易いでしょう? おいしい食事をごちそうしてくれればご奉仕するよ」

 痩せぎすで、きっとぼろ服の下は傷だらけで、どこか病も患っている気のあるくせに、彼は自身が優位にあるかのような態度でそんな最低な提案をしてくる。

 悪魔は何故だかよくわからずも苛立って、無視するように視線を外した。

「レオナルド、お前とは二度と会う事はない」

 抑えた声音には何も返らなかったし、立ち去る際に一瞥した少年の顔には怯えも落胆もなかった。

 ただ、胡散臭い薄い笑みと虚無を見つめるかのような一つ目だけがそこにはあった。




 昼の内に行きと同じくテレポートで王宮に戻っていた悪魔は、それから夜までずっとレオナルドが気になってイライラしっ放しだった。
 自分から突き放して去っておいてこのざまだ。

「何だあの者のあの態度は。もっとこう、困窮しているなら素直に食事を寄越せと言えばいいものを。あのような棒切れの如き体を売ろうとするとは礼節も貞操も思慮も欠いた全く以て可愛くない子供だ。可愛くなさすぎて殺す気も湧かなかったぞ」

 腰かけていた大きくで豪華な椅子の肘起きに平手を叩き付けると、木っ端微塵になった。
 それを一瞬で別空間に放り出して豪奢な室内から消してしまうと、必然的に立つ形になった悪魔は、またぞろうろうろと徘徊する野良犬のように部屋の中を歩き回ってレオナルドに関してを思考する。

「ああくそどうして考えるのだ。もう放置でいいだろうに……!」

 しかし何度思考を放棄しようと試みて他の事を頭に浮かべてみても、いつの間にか考えてしまうのだ。
 これでは埒が明かない。

「うむむ、腹を空かせていないか気になっているのは否定できぬな。よし、いっその事食事を与えに行ってやればこの気も済むかもしれぬ」

 悪魔は本音を言えばまた会いたかった。

 よもや空腹で倒れていたらと想像したら居ても立ってもいられなかった。しかしそれは彼のプライドが肯定を許さなかったし、始祖王アルゼン以外の人間を心配するなど有り得ないと思い込んでいたので、自分でもわけがわからず気分が落ち着かなかったのだ。

 そんな悪魔は決断した一秒後にはテレポートで少年の所へと移動した。

 悪魔が向かった辺境一帯は、度重なる内紛や内乱の影響で治安は下降の一途を辿っている。盗みや殺人も後を絶たない。
 気配を頼りに降り立った場所は昼間とは別の場所だった。
 そこは多少なりともひと気のあった路地裏とは異なり、夜には誰も寄りつかないような真っ暗な袋小路だ。

 そこでは、例の少年レオナルドが地面に倒れ込んでいた。

 少年の他に小太りの成人男性の影もある。

 男は腕力と体格差を利用してレオナルドを抑えつけるようにして組み敷いている。

「――っ、このっ、やめろ変態! 放せっ!」

 レオナルドは必死に抵抗しているが、それも時間の問題だろう。彼にはそもそも体力がない。

「いいから我慢しろよ。痛い思いするよか気持ち良い思いする方がいいだろう?」
「そんなわけあるか! 毎度毎度気持ち悪いんだよっ! 放せっ!」
「うるせえな! 今までもこれからもてめえは俺の良い玩具なんだよ。済んだら飯食わせてやるからな? 女みてえな良い声出せよ、なああ?」
「嫌だっ放せブタ野郎おおおーッ!」
「黙れガキッ、――また目を潰されてえのか!?」

 少年の小さな体はその時の痛みと恐怖を思い出したかのように強張った。

「ははは、はっむしろその方が従順になるか? 手取り足取り色々面倒を見てやるのもいいな」
「……クッソ野郎!」
「言葉を慎めよ。てめえも他のガキみてえにうっかり殺されたくはねえだろ?」
「……っ」

 ここでは時々浮浪児が死ぬが、不運はよくある事だとほとんど誰も気に留めない。
 抑え込まれて唇を噛んだレオナルドの目には悔し涙が滲んでいる。

 夜目の利く悪魔にはその危うい光景がありありと見えていた。

 悪魔は絶句し、自覚なくもこの上なく愕然として大きく両目を見開いていた。
 暗がりに音もなく現れた悪魔の存在に、二人はまだ気付かない。

(レオナルドの片目を潰したのはこの男なのか)

 悪魔は目の中で火花が散ったかと思った。
 しかも他にも子供を犯して殺しているらしく、その魔手はレオナルドにも伸ばされようとしている。いや、断片的なやり取りから既に体の関係は強要されていたようだ。
 目の前が怒りで赤く燃えたかとも思った。

 相手がレオナルドでなかったならこうはならなかっただろう。

(彼だけは駄目だ。彼だからこそ駄目だ。レオナルドは私のものだ……!)

 小太りの男が下腹部を露わにして、レオナルドの擦り切れたズボンに手を掛ける。

「やっ……めろ……!」

 恥辱、嫌悪、まもなくされる行為への無念。
 少年の素の表情を見た悪魔は頭が真っ白になって、しかし次の瞬刻、思考の一切が暗黒に塗りつぶされて、後は悪魔の本能が己の望みに従って全てを動かして、露の滴る最上の果実にかぶり付こうとしていた最も忌むべき害獣を駆除した。

「クズが……」

 呟きに吸い込んだ空気が血腥くなる前に塵と化し、一人の男が髪の毛一本すら残さず跡形もなく消滅した。

「な……にが……?」

 急に一切の重さが消え一体何が起きたのかわからなかったのか、レオナルドは呆けたようにして暗闇をキョロキョロと見回した。

「あ……?」

 何度目かでようやく闇夜に埋没する悪魔の姿に気がついたらしかった。
 自分を見た瞬間、彼が心底ホッとした無防備な顔を晒すのに、悪魔は密かにぎゅっと拳を握り締める。

「お兄さん……?」

 悪魔はそれには返事をしなかった。少年は苦笑する。

「正直、ぼくに怒ってもう来ないと思ってた。変な場面を見られたね。お兄さんが助けてくれたんでしょう? ありがとう」

 怒りはあった。だがそれはレオナルド個人に対してではないのだ。

「お前は何も悪くない。私がもっと早くに来ていたら……」

 来ようと思えば何年も前にそうできたのだ。

「どうしてそんな顔をするの?」

 レオナルドは気遣うようにした。これは彼の今の感情そのものだと悪魔はわかって、偽りの笑みの仮面ではないそんな事が何故だか無性に嬉しい。

「お兄さんのおかげでぼくは嫌な目に遭わずに済んだんだよ。不遜に偉そうにしなよ」
「……」

 彼は当然だが今夜の話だと思ったらしい。
 加えて、いつも横柄にしていると思われているらしい。アルゼンの欠片のせいだろう。とことん事実だがどこか可笑しみを感じた悪魔だ。
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