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3 大胆と裏腹
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ハハハ、徒労に終わった感が半端ない。
心労、労苦、苦悩……ってああ精神が擦り切れててネガティブ漢字しりとりしちゃったよ。悩から始まる言葉は……悩殺? いやいやいや……。
「どうぞお入りになって下さいひなた様! 八巻からお連れすると聞いて色々と準備していたのですよ!」
八巻と言うのはどうやら良心の呵責もなく僕を巻き込んだ眼鏡先輩の名前らしい。
そっか八巻さんて言うのか。
くそ、八巻さんめ。
その彼女は僕の助けを求める眼差しからふいと顔を逸らし瞼を伏せた。
くっこれは完全に見て見ぬふりを決め込むつもりだよ!
「いや~ははは、さすがに上がるわけには行かないよ。っていうか今さっきの僕の言葉聞いてた? お断りした…」
「うふふまあいいじゃないですか。遠慮なさらないで少しくらいはゆっくりしていって下さい! それでは行きましょうかひなた様!」
「あ、ちょっ……!」
お嬢様に腕を取られたままあれよあれよと中の広く立派な和室に通されたというか引き摺られた。
果ては主人と客人なのに何故か祝言のようにぴっちりと隣同士くっ付いた座布団の上で、腕を絡められたままぴったりと寄り添われている。
何だこれ……。
嬉しいのか千尋さんとやらの狐耳はぴくぴく動き、毛艶のいいふさふさの尻尾は左右に揺れている。
へえ、最近のケモ耳グッズはここまでリアルなのか。
見ていたらばちっと綺麗な瑠璃色の目と目が合って、その色は僕の視界一杯に広がった。
あ――……。
ゴボゴボと耳奥で水音がする。
揺らぐ瑠璃色が……とても綺麗で……。
――揺ら、ぐ……?
思わず見惚れてしまっていたんだろう僕はハッと我に返ると、慌てて咳払いして目を逸らした。
一瞬自分がどこにいるのかわからなくなりそうだった。心が吸い込まれそうなくらいにとっても綺麗な目をした子だからかな。
「うふふ照れ屋さん」
「照れてないです。目を合わせてホントごめんなさいすいませんもうしません。ケモコスは予想以上にこだわりのクオリティでついつい気になった結果うっかり目が合っただけです」
「んもう偽物じゃないですわ。これは自前って昔教えたじゃないですか」
「自前……?」
確かにそれらは明確な意思の下で動いているように見える。
ハハハでもまさかだよ~。
良くできた人工知能制御の玩具なんじゃないのー?
「何なら触ってみます?」
角度によっては濃紺にも水色にも見える瑠璃色の瞳をキラキラさせて千尋さんは擦り寄って来る。
「えっ、やっ、そのあの良い匂いだから遠慮する……ってあああそうじゃなくて、いや良い匂いなのはそうなんだけどッ」
もはや取り乱し過ぎな程にあたふたとして突き出した僕の手が、何か柔らかい物に触れた。
「きゃぅ……っん!」
見れば僕の手は千尋さんの胸元に。
「――ッ、だあああごごごめんなさいごめんなさいごめんなさいわざとじゃないんです!」
咄嗟に離そうとしたけど、僕の手は何故か彼女によってしっかり掴まれ離せなくなっていた。
「は!? 何やってるの千尋さん!?」
「あんっ、変に力入れないで下さいひなた様ぁ」
だらだらと猛烈に変な汗を掻く僕の目の前で、千尋さんは頬を色っぽく染めている。
吐息すらピンク色に見えそうだよ。
「いやいやいやだったら手を離して!」
「……どうしてですか? 人間の年頃の殿方はこういう展開がお好きなのでしょう?」
「な……」
千尋さんはあろう事かより一層僕の手を自分の胸に押し付ける。
この感触……僕だって普通の男だから色々とヤバい。
潤んだ青紫の瞳、赤らんだ目元、上気した頬。
先の細い黒く長い睫毛を動かして彼女が瞬きする度に目を放したくなくなる。
小さい鼻は通っているのに目立たず、ほっそりとした白肌の顎先に映える瑞々しい紅唇が目に毒だった。
初対面なのに彼女は僕の衝動それさえも熟知しているかのように、段々と僕の方へと唇を近付ける。
縮まる空白、絡まる吐息。
限界だった。
「そっそりゃおっぱいとか好きだけどッそれはまた別の話だよ!」
乱暴に振る舞うのは好きじゃないけど、僕は思い切り手を引き抜いて彼女の両肩を掴むと強引に引き離した。
きっと僕の顔も耳も真っ赤になっているに違いない。
「こんな事したら駄目だ!」
思い切り走った後みたいに息を荒らげて叱る気で見据えると、彼女は零れんばかりに両目を見開いていた。
「……ひなた様はわたくしがお気に召しませんか?」
それは、とても心細そうで、小さく震えるような声だった。
僕が怖がらせた?
「え……と、大声出してごめん。お気に召すとか召さないとかじゃなくてさ」
彼女はしょんぼりとして、直前とは打って変わった様子にズキリと胸のどこかが痛む。
これなら明るくてどこかあざといままの彼女の方が良かった。
僕が傷付けたんだ。
でも、どの道この子に望みはない。
まあ現状通じてないみたいだけど。
もう一度はっきり言わないといけないのかな、僕が。
ここまで来たからにはもう最後まで陽向のふりをする以外最善はない気がした。
「君自身には落ち度はないよ。けど、僕は君とは付き合えない」
「……」
彼女は唇をぴたりと閉じて引き結んだ。今度は通じたんだろう。
近くに控えていた八巻さんが主の恋の終焉を感じ取ったのか静かに目を伏せる。
「最後に一つ言っておくと、今みたいな大胆な行動は心を許した本当の恋人相手じゃないと駄目だよ。本当は嫌だったんじゃない? 君はだって昔の僕以外を知らないだろ。見ず知らずの相手って言っても過言じゃないんだから、軽はずみな行動を反省するべきだ。厳しいこと言うようであれだけど」
「それは、そうですけれど……」
千尋さんは耳を垂れてしゅんとなってしまった。こんな空気だけどコス耳の性能良過ぎだろ。
彼女の肩を落とす様を見ていたら、何となくそうしたくなって僕はそっと彼女の頭に手を置いた。
「真実君が望むなら心を通わせてくれる人はきっといる。だから変に突っ走らなくていいんだよ」
「ひなた様……」
彼女はそれきり言葉が見つからないのか黙って俯いてしまった。
ああまでした理由は陽向が好きだからなのかもしれないけど、自分に無理をしてまでっていうやり方は見過ごせない。
仮に今ここに居るのが本物の陽向だったとしたら……と考えて、僕で良かったと思った。
何せ本物の陽向は現在彼女がいるし、それは決して一人に限定されない。要するに気が多くて手も早い……。
千尋さんみたいな滅多に居ない美少女に迫られて据え膳を食わない男じゃなかった。
って何で僕がこの子の心配してるんだか。
「とにかくさ、そういうわけだから僕はこれで失礼するよ。――さよなら」
分厚い座布団から徐に立ち上がってしかつめらしい表情を作ったけど、上手く作れていたかは知らない。
帰宅の意思を込めて八巻さんに目を向けると、背筋を綺麗に伸ばして端座していた彼女は上出来とばかりに頷いてくれた。
そんなグッジョブみたいなドヤ顔、無理強いされた身としては複雑だ。
溜息が出そうになったけど、千尋さんの手前堪えた。
心労、労苦、苦悩……ってああ精神が擦り切れててネガティブ漢字しりとりしちゃったよ。悩から始まる言葉は……悩殺? いやいやいや……。
「どうぞお入りになって下さいひなた様! 八巻からお連れすると聞いて色々と準備していたのですよ!」
八巻と言うのはどうやら良心の呵責もなく僕を巻き込んだ眼鏡先輩の名前らしい。
そっか八巻さんて言うのか。
くそ、八巻さんめ。
その彼女は僕の助けを求める眼差しからふいと顔を逸らし瞼を伏せた。
くっこれは完全に見て見ぬふりを決め込むつもりだよ!
「いや~ははは、さすがに上がるわけには行かないよ。っていうか今さっきの僕の言葉聞いてた? お断りした…」
「うふふまあいいじゃないですか。遠慮なさらないで少しくらいはゆっくりしていって下さい! それでは行きましょうかひなた様!」
「あ、ちょっ……!」
お嬢様に腕を取られたままあれよあれよと中の広く立派な和室に通されたというか引き摺られた。
果ては主人と客人なのに何故か祝言のようにぴっちりと隣同士くっ付いた座布団の上で、腕を絡められたままぴったりと寄り添われている。
何だこれ……。
嬉しいのか千尋さんとやらの狐耳はぴくぴく動き、毛艶のいいふさふさの尻尾は左右に揺れている。
へえ、最近のケモ耳グッズはここまでリアルなのか。
見ていたらばちっと綺麗な瑠璃色の目と目が合って、その色は僕の視界一杯に広がった。
あ――……。
ゴボゴボと耳奥で水音がする。
揺らぐ瑠璃色が……とても綺麗で……。
――揺ら、ぐ……?
思わず見惚れてしまっていたんだろう僕はハッと我に返ると、慌てて咳払いして目を逸らした。
一瞬自分がどこにいるのかわからなくなりそうだった。心が吸い込まれそうなくらいにとっても綺麗な目をした子だからかな。
「うふふ照れ屋さん」
「照れてないです。目を合わせてホントごめんなさいすいませんもうしません。ケモコスは予想以上にこだわりのクオリティでついつい気になった結果うっかり目が合っただけです」
「んもう偽物じゃないですわ。これは自前って昔教えたじゃないですか」
「自前……?」
確かにそれらは明確な意思の下で動いているように見える。
ハハハでもまさかだよ~。
良くできた人工知能制御の玩具なんじゃないのー?
「何なら触ってみます?」
角度によっては濃紺にも水色にも見える瑠璃色の瞳をキラキラさせて千尋さんは擦り寄って来る。
「えっ、やっ、そのあの良い匂いだから遠慮する……ってあああそうじゃなくて、いや良い匂いなのはそうなんだけどッ」
もはや取り乱し過ぎな程にあたふたとして突き出した僕の手が、何か柔らかい物に触れた。
「きゃぅ……っん!」
見れば僕の手は千尋さんの胸元に。
「――ッ、だあああごごごめんなさいごめんなさいごめんなさいわざとじゃないんです!」
咄嗟に離そうとしたけど、僕の手は何故か彼女によってしっかり掴まれ離せなくなっていた。
「は!? 何やってるの千尋さん!?」
「あんっ、変に力入れないで下さいひなた様ぁ」
だらだらと猛烈に変な汗を掻く僕の目の前で、千尋さんは頬を色っぽく染めている。
吐息すらピンク色に見えそうだよ。
「いやいやいやだったら手を離して!」
「……どうしてですか? 人間の年頃の殿方はこういう展開がお好きなのでしょう?」
「な……」
千尋さんはあろう事かより一層僕の手を自分の胸に押し付ける。
この感触……僕だって普通の男だから色々とヤバい。
潤んだ青紫の瞳、赤らんだ目元、上気した頬。
先の細い黒く長い睫毛を動かして彼女が瞬きする度に目を放したくなくなる。
小さい鼻は通っているのに目立たず、ほっそりとした白肌の顎先に映える瑞々しい紅唇が目に毒だった。
初対面なのに彼女は僕の衝動それさえも熟知しているかのように、段々と僕の方へと唇を近付ける。
縮まる空白、絡まる吐息。
限界だった。
「そっそりゃおっぱいとか好きだけどッそれはまた別の話だよ!」
乱暴に振る舞うのは好きじゃないけど、僕は思い切り手を引き抜いて彼女の両肩を掴むと強引に引き離した。
きっと僕の顔も耳も真っ赤になっているに違いない。
「こんな事したら駄目だ!」
思い切り走った後みたいに息を荒らげて叱る気で見据えると、彼女は零れんばかりに両目を見開いていた。
「……ひなた様はわたくしがお気に召しませんか?」
それは、とても心細そうで、小さく震えるような声だった。
僕が怖がらせた?
「え……と、大声出してごめん。お気に召すとか召さないとかじゃなくてさ」
彼女はしょんぼりとして、直前とは打って変わった様子にズキリと胸のどこかが痛む。
これなら明るくてどこかあざといままの彼女の方が良かった。
僕が傷付けたんだ。
でも、どの道この子に望みはない。
まあ現状通じてないみたいだけど。
もう一度はっきり言わないといけないのかな、僕が。
ここまで来たからにはもう最後まで陽向のふりをする以外最善はない気がした。
「君自身には落ち度はないよ。けど、僕は君とは付き合えない」
「……」
彼女は唇をぴたりと閉じて引き結んだ。今度は通じたんだろう。
近くに控えていた八巻さんが主の恋の終焉を感じ取ったのか静かに目を伏せる。
「最後に一つ言っておくと、今みたいな大胆な行動は心を許した本当の恋人相手じゃないと駄目だよ。本当は嫌だったんじゃない? 君はだって昔の僕以外を知らないだろ。見ず知らずの相手って言っても過言じゃないんだから、軽はずみな行動を反省するべきだ。厳しいこと言うようであれだけど」
「それは、そうですけれど……」
千尋さんは耳を垂れてしゅんとなってしまった。こんな空気だけどコス耳の性能良過ぎだろ。
彼女の肩を落とす様を見ていたら、何となくそうしたくなって僕はそっと彼女の頭に手を置いた。
「真実君が望むなら心を通わせてくれる人はきっといる。だから変に突っ走らなくていいんだよ」
「ひなた様……」
彼女はそれきり言葉が見つからないのか黙って俯いてしまった。
ああまでした理由は陽向が好きだからなのかもしれないけど、自分に無理をしてまでっていうやり方は見過ごせない。
仮に今ここに居るのが本物の陽向だったとしたら……と考えて、僕で良かったと思った。
何せ本物の陽向は現在彼女がいるし、それは決して一人に限定されない。要するに気が多くて手も早い……。
千尋さんみたいな滅多に居ない美少女に迫られて据え膳を食わない男じゃなかった。
って何で僕がこの子の心配してるんだか。
「とにかくさ、そういうわけだから僕はこれで失礼するよ。――さよなら」
分厚い座布団から徐に立ち上がってしかつめらしい表情を作ったけど、上手く作れていたかは知らない。
帰宅の意思を込めて八巻さんに目を向けると、背筋を綺麗に伸ばして端座していた彼女は上出来とばかりに頷いてくれた。
そんなグッジョブみたいなドヤ顔、無理強いされた身としては複雑だ。
溜息が出そうになったけど、千尋さんの手前堪えた。
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