囲われ姫は日々ほのぼの、時々撃沈~結婚式前騒動~

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2 リックの気持ち(後)

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 ロジーナ王女が異母弟のユージーンと婚約しているのは知っている。

 だが当時八歳の彼はまだ婚約は国同士の約束事くらいにしか思っていなかった。
 ちょっと放っておけないような頼りないお姫様は、この先自分が相手をして護ってやらなければならないとも思った。

「あ、そうだ。俺の事も誰にも内緒な。無駄話してるってバレたら大目玉だからさ」
「うん、わかった。庭師のお仕事がんばってね」

 すっかり泣きやんだ茂みの奥のロジーナ王女と別れ、リックは他の人間に見つからないうちにと離宮の庭を後にした。
 その後も彼は庭師見習いのリックとして時々彼女の話し相手になってやった。服装はそのために汚れ仕事用の物を持参して着替えた。彼女はリックの正体を疑いもせず、いつも去り際には労いと励ましの言葉を掛けてくれた。
 本当は王子なのに使用人扱いされても別に不快ではなく、むしろ見習い修行は順調かと気に掛けてくれる彼女の優しさが擽ったかった。
 この頃、既にユージーンがこの離宮を度々訪れるようになっていて、滞在時間も次第に長くなっていたのだとは、リックの耳にも入っていて、実際にロジーナも婚約者の話をリックにしてくれていた。とても良い子なのだと。

 弟は王妃に似て確かに天使なのでそこは同感だと彼は思いながらも、何となく彼はロジーナに会う時は弟と被らないようにと願った。

 彼女は自分が見つけた秘密の友人で、彼女と居る時は彼女を一人占めしたかったからだ。

 その想いが天に通じたのか、幾度か会いに行ったものの、一度も異母弟とかち合いはしなかった。
 このまま自分は弟に隠れるようにしてロジーナと会うのかと思ったら微かな後ろめたさはあったが、会いたい気持ちは募るのだからしょうがない。

 しかし、それも異母弟とロジーナが仲良く庭に居るのを見るまでの間だった。

 その日もこっそり出向いた東の離宮で、リックはロジーナが異母弟に笑いかけている光景を目の当たりにしてしまったのだ。

 一緒にお昼寝する程仲の良いと噂の婚約者同士なのだから何も不思議ではないが、その様が何故か酷くショックで、いつものからりとした自分のまま「はよっ、ロジーナ。実は俺も王子なんだよ」なんてカミングアウトする気にもなれず、結局は二人の前には出て行けず静かに踵を返した。

 その日はもう周囲が困惑するくらいに不機嫌で荒れてむしゃくしゃしてしょうがなかった。

「あいつになんてもう会いに行ってやるかよ!」

 憤りのままに私室の壁を殴り付けたら手が痛くて悶絶し、短気を起こした自分の馬鹿さを痛感した。

 ずっと会いに行かないまま、このまま燻ぶるような苛立ちを胸に日常を送らないといけないのかと、絶望にも似たものが生まれたそんな頃、彼は外国に遊学が決まった。

 九歳の時の話だ。

 晩餐の席で父王から言われた時は、どこかに逃げ出しても良いと許されたような解放感に救われて、気付けば涙が滲みそうだった。周囲にそれと悟られる前に照れ隠しのようにさりげなく俯いて袖で目元を擦った。
 そうして、準備に慌ただしくしているうちにロジーナには会わないまま出発当日になった。
 本当にとうとうその日になってしまったのだ。
 ロジーナとユージーン、二人は個々に嫌いじゃない。
 むしろ好きだ。大事な友人と弟なのだ。

 ただ二人一緒の姿を思い出せばやっぱり全然面白くなくてこのまま発ってしまおうとも思ったが、一度落ち着いて彼女の顔を思い浮かべればどうしても一目最後に顔を見たくなって、彼は東の離宮に走った。

 明るい庭先に駆け込んで、彼女の姿を探す。
 しかしそうそういつも庭に出ているとは限らない。
 弟は自分の見送りをしてくれるはずなので、今は中央宮殿で他の者たちと待っていてここにはいない。だからこそ彼は彼女の元に躊躇いなくも走って来られた。
 そう悠長にしている時間もない。自分の姿がないとなれば城の人間総出で捜されるだろうからだ。
 露見する前に戻らなければならなかった。
 今ここでロジーナを見つける最適な方法、それは逆に向こうから見つけてもらえばいいと思い付き、彼は思い切り叫んだ。

「ロジーナ! 聞こえるか、ロジーナ! ロジーナアアアッ!」

 程なく離宮の窓の一つが開いて、

「誰かと思ったらリック!? どうしたの久しぶりね!」

 そこからロジーナが驚いたような顔を覗かせた。きっと勉強の時間だったのだろう、彼女は何かの書物を腕に抱えていた。
 最近は顔を合わせなくなっていたのに彼女は自分を覚えていてくれた。それだけでも嬉しい。

「ロジーナ! はよっ!」

 まだ時刻は午前。自然と浮かんだ笑みを向けて彼はいつもみたいに簡単で砕けた挨拶を告げた。

 一目会えただけで満足だった。

 彼女の顔を見ただけで、これまでの鬱屈が嘘のように霧散した。

「あのさっ俺しばらくこの国離れるんだ。だからまたなロジーナ!」

 何か言葉を返してもらいたかったわけじゃない。

 ただ、本当に純粋に一目会いたかったのだ。その目的は達せられた。

 言い終えてすぐ彼は勢いよく踵を返した。もたもたとしていれば離宮の使用人にも目撃されかねない。いやもしかしたら何人かには目撃されたかもしれないが、どうせ自分はこの国を発つのだから後の事は考えないようにした。
 服だって念のため庭師見習いのそれだし、今日は帽子だって被っている。自分がリカルド王子だと気付かれる確率は低いだろう。きっとロジーナに面倒は掛からないはずだ。
 よし、と頷いてそのまま自分でもまだよくわかっていなかった気持ちを吹っ切るように駆け出そうとした、矢先。

「うん、またねリック!」

 またね。

 彼女の言葉に、彼は外国から帰ってきたらきっとまた会いに来るからと心で告げる。

 この国の王子と結婚しないといけないのなら、その相手は自分だっていいはずだ。

「あー……何だよ俺ってロジーナが好きなのか」

 駆けながら自覚し、気付くのが遅いなあと自分で自分に苦笑いした。
 遊学先で沢山賢くなって帰ってきたらその旨を父王に伝えてみようか。
 そう決意して彼は王都を後にしたものだった。

 どうせすぐに帰ってくる、とそう思っていた。

 しかし、それから予想外にも彼の遊学期間は長引いた。

 リックは自分の予想以上に優秀だったらしく、講師の面々から引き止められもっと上の学校へと推薦され断れなかったのだ。彼自身学問の楽しさを理解していてもっと学びたいと思ってしまったのだからどうしようもない。

 故に、彼の帰郷は実に八年もの歳月を隔てていた。

 しかも帰郷理由はロジーナと異母弟との結婚式参列のためときた。

「……嘘だろ。ユージーンはまだ十四の子供だぞ」

 王族ならその歳でも何らおかしくはないとはわかっているが、それでも十七歳のリックは、納得できないものを感じていた。

「そんな急ぐ理由でもあるのかよ」

 故郷への馬車を断って彼自ら馬を繰って急がせながら、もしもロジーナが無理強いされているのなら、是が非でも二人の婚姻をぶち壊してやろうと密かに心に決めるのだった。
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