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第5話 王道ルートは前途多難

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「ねえシャーロット、あれからしばらく経つけど例の支援者は何も言ってこない?」
「はい、特には何も。お待たせしましたアップルパイです」
「ありがとう。……何もないならいいんだけど」

 シャーロットが丁重な手付きで皿を円テーブルに置いてくれる。
 ここはシャーロットの働くスイーツ喫茶。私は彼女に例の提案をして以来よく来るようになっていた。彼女はバイトは辞めないんだってさ。彼女の希望で私はちょいと冒険者ギルドのツテから食事付きの格安寮を紹介してあげたんだけど、それもせめて寮費は自分で稼ぎますからと押し切られたからだった。

 このゲームで皆から愛される真っすぐなヒロインは、逞しくも学業との両立を意気込んでいたっけ。応援したくなるっつかバッチリ応援するぜ!

 赤毛男が裏に居るかもとか、私の考え過ぎだったのかもな。既にそのパトロンが学費として払った分は学生と支援者の間に入る支援団体に問い合わせて御礼状と共に全額返還の手続きも済んだ。たとえ相手が本当は善からぬ目的を持っていたとしても文句を言われないようにってわけだ。

「ところでケイト様、この後はまた森に行かれるのですか?」

 シャーロットが身を屈めて小声で問い掛けてくる。

「勿論。最近は運が良くてさ、レアなドロップアイテムをよくゲットするんだよ。鍛練にもなるし何かそのせいか中毒性があるっつーか、止められないんだなこれが」
「充実しているのならいいですけど、怪我には気を付けて下さいね?」
「勿論。けどありがとな」

 今はドレス姿の私が冒険者をやっているのをシャーロットは知っている。何度も顔を合わせるうちにもうこっちの性格もバレているから彼女と二人で話す時の口調はですます~なお嬢様言葉は抜き。向こうもその方が気楽そうだ。
 冒険者業は伯爵家の皆には実は内緒なんだと告げれば、彼女は秘密は守りますと請け合ってくれた。
 アレックスとの約束だった魔物狩りの際に世間話の延長でその話をしたら、二人だけの秘密じゃなくなったとか彼は非常にショックを受けた様子でさ、彼はその日は魔物一匹すら狩れなかったんだよな。終始どんよりしてこっちも楽しくなかったよ。
 元々必要なければ関わらないってそのつもりでもあったけど、だからそれ以来アレックスと二人では魔物狩りには出掛けてない。向こうからはまた行こうって魔法鳩を何度も送ってこられたけどな。これも真の相手に気付くまでの試練とでも思ってくれ。
 まあその話はともかく、私もシャーロットなら口は固い、安心だと思って教えたんだけど理由はそれだけじゃない。

 この先必要なら彼女と魔物討伐に出掛けるからだ。

 ゲームシナリオ通りなら、シャーロットの能力覚醒はそろそろだ。

 これも時期のズレがないかと本人に聖なる力の有無を確かめたけど覚醒はまだだった。

 となれば、目が離せない。

 彼女の覚醒要因と言うか引き金が本来とは異なるだろう点が気がかりだからだ。彼女の覚醒は故郷で魔物に襲われ怪我をした両親を救いたいとの強い願いが成就したもので、その後奇跡の魔法を使う娘がいるって話が王都まで流れて聖女候補として見出された。

 しかしここは王都。彼女の故郷とは状況が異なる。近隣の森に魔物は出るけどここまで来るとは思えない。

 大事な人を癒したいとの強い気持ちが彼女の覚醒のトリガーだったから、似たような出来事が起こらなければ覚醒はしないかもしれない。

 聖女候補にならないなんて未来もあり得る。

 それは困る。

 アレックス達メインキャラの力と彼女の聖なる力で邪悪な魔物を駆逐して、この世界を破滅から救うってのが将来的な流れだからな。

 もしも、覚醒しなけりゃこの世界は終わる。無論私もなっ!

 そうならないよう最悪私が一肌脱ぐ――例えば彼女の目の前で怪我するとか…………って、んなの絶対痛いから嫌だああーっ。
 とにかくまあ、そんなわけで必要なら対策を練らないとならないから観察が必要なんだよ。
 他にも理由がある。
 私を警戒してなのか、今日まで赤髪の男はシャーロットの前には現れていない。変装してとかもなさそうだ。
 しかぁーし、覚醒したら別。
 シャーロットは聖女候補から最終的には聖女になって、アレックスことアレクサンダー王子と政治的にもカップル万歳と認められる。候補だった時期、アレックスの身分を知る前から彼と共に魔物討伐に赴いていたって運命も二人の心をより強く結ぶ。
 だからこそ、敵はシャーロットを誰かと……アレックスと魔物討伐には行かせたくないはずだ。そうさせないよう邪魔をしてくるだろう。でないと、シャーロットがアレックスと恋に落ちるから。放っておくはずがない。私がそいつの立場ならそうする。

 つまり私はヒロインをエサに監視していれば目当ての大魚が釣れるってわけ。ケケケ。

 話はズレるけど、この喫茶店にはアレックスとベンジャミンとも来るようになっていた。

 何故って……? はは、二人には何かと絡まれる。関わってこようとするんだよ。アレックスなんて魔物狩りの誘いをお断りしてるから余計に積極的にお茶飲みには参加してくるしな。
 それに加えて、クズ父からはジョアンナが謹慎中は彼女の代わりをさせたいのか特にしつこいくらいに社交界に顔を出せと催促されて仕方がなしにそうしたんだけど、そうするとこっちの出席を知っていたみたいに二人が現れるんだよな。
 明るく華やかな舞踏会会場で目立つ美形男なんかと一緒にいたらこっちまで目立つから大抵は庭に出て衆目をやり過ごした。……無論、付いてきた二人とな。二人ときたらジョアンナの金魚のフン達とどっこいだよ。会場のどこに行くにもさりげなく付いてくるんだからなー。

 鬱陶しいとは言え強引に避けたり排除したりしなかったのは、二人には、特にアレックスにはシャーロットと接する時間が一秒でも長く必要だと感じたからだ。
 彼と疎遠になると逆にシャーロットと会わせる機会を作れなくなるだろ。
 私個人とは親しくなってもらわなくていいのに私個人の目的のためにはまだ距離を置けないとか、ああジレンマだなジレンマ。早く二人が好き合ってくれたら肩の荷も降りるってもんだよ。
 故に私は頑張ったさ。

 その甲斐あって二人はフレンドリーに話すようにまでなった。ベンジャミンの方も口数は少ないながらも関係良好そうだ。

 ただまあ今だからこそ言っておくと、シャーロットに私冒険者やってまあーっすな秘密を打ち明けてから初めてアレックスとここに来た際はさ、彼は何でだかシャーロットを逆恨みしているみたいで無性に彼女にガンを付けていたし注文態度も悪かった。
 だからカスハラは駄目だぞって脳天チョップしてやって叱ったらそんなんじゃないってめっちゃしょげた。ラブラブにならないといけない相手を威嚇とか駄目だろ。全く私はいつから道理のわからないお子ちゃまの教育係になったんだってあの時は本気で思ったな。

 因みに、時々私の言動がガサツになるのは最早個性だと思われているのかアレックスもベンジャミンも指摘してこない。……裏ボスはつつくと後が怖いから放置でとか思われてないといい。

 まあいい、話を戻すと、何故か三人は私が仲良しな彼らを眺めて村の長老のようににこにこしていると、どこか溜息にも似た安堵の息をつく。舎弟達から顔色を窺われている感じと似てるなーとは思うけど、よくわからない。

 そうして日は過ぎて行き、――とうとうシャーロットは私ケイトリンよりも一足先に十八歳になった。

 何ら変わりなく、健康に異常もなく、覚醒もなく。

 あらあらお変わりないですねー。いえいえそちらこそ全然お変わりなさそうでー……なんて脳内で白々しい貴婦人ごっこをやっている場合じゃない。

 まだ覚醒してないだとおおおっ!?

 本来ならとっくに覚醒して聖女候補になってる頃なのにいいいっ。

 それで王都の紙面で騒がれる、それが正規の展開だったろーにっ!?
 あああどうすんだよ、懸念してた事態じゃねえかよこれはーっ。
 私はスイーツの並んだ円テーブルに突っ伏して頭を抱えた。
 そんな私を気遣う声がする。

「ケイト、具合が悪いのか? 悪いなら無理をするなよ」
「屋敷に送っていくぞ。早いうちに医者に診てもらえ。また日を改めてでもエバートン嬢は責めたりしない」
「ええそうですよ。お気持ちだけでも嬉しいですのに、今日はわざわざこんな……っ。ケイト様は私のために無理を押してまで……っ」

 私を見下ろすのはアレックス、ベンジャミン、シャーロット、お決まりの三人だ。シャーロットなんて涙目。

「あー、いえ、ごめんなさいね。体調が悪いわけじゃなくて、ちょっと考え事を。突っ伏すのがたまの癖なの」

 たまにしか出ないものが果たして癖と呼べるのか誰も突っ込んでこなかったのは良かった。咄嗟の言い訳で言葉がおかしくなったんだよ、うん。
 現在、彼らと集まるのが定番となったスイーツ喫茶では、私主催で実質的には数時間の貸し切りにしてもらっての誕生パーティーを開いていた。

 当然、シャーロットのだ。

 数時間ってのはそれまでは店も通常営業で気付かれないようにしていたからだ。そのいつもの仕事の流れで他の店員さん達にも協力を仰いで皆でおめでとーって祝ったら、本人にはサプライズにしていたのもあってか、シャーロットは感極まってさっきから鼻をぐすぐすやっていた。
 ほらアレックス、あんたの出番だぞ。ハンカチ差し出してやれ!
 ……待っていても動かなかったから、私がハンカチを差し出したよ。この役立たずヒーローめがっ。シャーロットはびっくり恐縮しながらも輝くとびきりの笑顔を私にくれた。いや私にくれてもな……ってチクショー可愛いぜロッティ!

 私は今じゃ彼女をシャーロット呼びじゃなく愛称のロッティで呼んでいる。

 男二人は未だに節度を保ってエバートン嬢呼びだ。あああ私だけ距離詰めてどうすんだーっ! 超絶先が思いやられる。
 一つ言えるのは、どうやってこの聖女を覚醒させよかーって事だ。やっぱ私が一肌脱ぐしかない?
 それなら私に妙案がある……って、痛いだろうからホントは嫌なんだけどな。

「アレックス様、つかぬ事をお訊きしますけど、一週間ロイ様をお貸し願えないでしょうか?」

 私に話しかけられてご主人様何なに~?なわんこのように嬉しそうにしたアレックスだけど、後半部分を聞くとピクリと眉を跳ね上げた。

「何故だ? あと貸しても一日だ」
「一日……」
「そもそも彼は僕の護衛をするための人員だからな」

 あ、笑顔だけど不機嫌になった。こいつって結構心が狭いよなー。私とこうして会う時は絶対にロイを連れて来ない。私の恋を応援してってお願いしたのになあ。ああだけど確か首を縦には振ってなかったな。彼もベンジャミンも。はー。何だよなー、人気キャラな癖に評価は駄々下がる一方なんだけど。

「ところでロイを借りて何をするつもりなんだ? まっまさか好き過ぎて既成事実を作ろうと不埒な罠を!? 森の中、野外でなんて野生味溢れるハニートラップなら是非僕にしてくれ!」
「ケイト、こんなアホな男は無視していい。騎士が好きなら俺が騎士の制服を着たら駄目か!? 制服プレイが望みなら喜んで応じよう!」
「そんなわけねえだろがよ!! あんたらメイン男性キャラ失格だ!!」
「ケイト様、メイン男性キャラとは?」
「へっ、ああいやっ、二人は食事で言うならメインディッシュみたいなイケメンだろ、そんな風なニュアンスだよ、ハハハ」
「そう、なのですか? わかるようなわからないような?」
「「メインディッシュ扱い……!?」」

 困惑するシャーロットの横では男二人が興奮したように椅子を倒して立ち上がる。もごもご口の中で呟いたからよくは聞き取れなかったけど「まだ可能性はゼロじゃない」的な事を言っていたと思う。今のたとえがどうして彼らの励みになったのかはわからない。

「変に勘繰って悪かったケイト!」
「申し訳なかったケイト!」

 揃ってテーブルに額を擦り付ける美青年二人の隠れた表情は弛んでいるに違いない。嗚呼、人気キャラの神オーラとか威厳がナッシング……。

「はー、いいですよもう。大袈裟にしないで下さいね。実はロイ様にはロッティと一緒に郊外の森にピクニックに付き合ってもらえないかをお願いしたかったのです。勿論彼女の護衛として。森なので魔物が出ますから、ロイ様に同行してもらえたら百人力でしょう?」
「ケイト、僕なら千人力だ。魔物討伐は得意だからな。護衛にピッタリだろう?」
「はい?」
「俺なら万人力だ。あらゆる最新の攻撃アイテムをも駆使すれば魔物の大群などイチコロだ。将来は護衛の中の護衛と呼ばれるようになる予定だ」
「え? あー、ああそうですよね。お二人は武芸に秀でているんですよね。お二人を誘うのも考えましたけど、そもそもお忙しい身でしょうしと除外したのです」
「「超弩級に暇だ!!」」
「あ、そうですか」

 左右から乗り出すようにして猛アピールされた。多忙だろうと変に遠慮なんてしなくて良かったらしい。まあ今日だって普通にここに来ているくらいだから時間は作れるんだろう。最初から二人に訊けば良かったな。戦い慣れした二人が来てくれるのは素直に心強い。シャーロットの護衛面での死角がほとんどなくなる。
 一石二鳥だ。より仲良くなってももらえるだろう。

 こうして、シャーロットからの同意も得て、バイトも学校もない日に四人でのピクニック行きが決まった。でも残念、ロイ様なしかー。

「ケイト、この前のような魔物一匹すら狩れない情けない姿はもう見せないから安心してくれ。ピクニック以前に一緒に冒険を楽しもう」
「はい、期待しています」
「ああ、失望はさせない」

 こそっとアレックスから頼もしくも名誉挽回宣言されて、彼の潔さと言うか素直さに感心した。普通は自分の失態は口にしたくないもんだろうからさ。
 他方、ベンジャミンは私が冒険者しているのを知らない。だからだろう、彼からはシャーロットだけじゃなく自分の身の安全も考慮するよう思いやりからの苦言を呈されたっけな。そんな風に本気で心配されるのはとても擽ったかった。

 そんなわけで、シャーロット覚醒計画、開始だ。

 十日後、ピクニック当日。

 もしかしたらピクニックまでにシャーロット覚醒するかもーと淡い期待を抱いていたものの見事外れたので、予定通り王都近郊の森に出掛けた。
 各々動きやすい服装でって決めたから私は冒険者風だ。男二人もそんな感じだな。
 ……シャーロットは、何故か女子学生服で来た。いやさあ、課外授業みたいなものではあるけど森に制服で? けっこう茂みあるのになあ。せめてジャージ……ってこの世界にないなジャージ。乗馬服や運動する用の簡素な服ならあるけど。
 んーま、彼女の進路の邪魔になる枝葉を取り除いてってやるか。

 ところで、ご承知の通り道中それなりに魔物が出る。いや出てもらわないとそもそもピクニックに来た意味がない。
 アレックスとベンジャミンにはくれぐれもとシャーロットの安全優先を頼んだ。私が冒険者なのは出発時にベンジャミンにも教えたから私が護衛を必要としないのは理解してくれてると思う。その際アレックスとシャーロットが揃って不満そうにしたのは何でだろ。

 皆には言ってないけど私の計画じゃ、私はピクニック中に魔物に襲われて怪我をする予定だ。

 シャーロットが確実に覚醒する保証はないから高回復薬は持参している。
 問題は、冒険者をそこそこやっているお陰で新米当時よりは強い魔物相手にも勝てるようになった。私もレベルアップしてるんだよな。なので下手に弱い魔物相手に酷い怪我をしましたーってのは不信感を招く点だ。

 疑われない適当な強さの魔物は森の湖に棲息しているはずだ。

 サブイベントでそいつを倒すなんてのがあったからな。故に湖畔でのピクニックをチョイスしたんだ。三人もそれは呑んでくれている。私達はサクサクとスライムなんかのそれ程脅威とはならない魔物を倒しながら湖へと向かった。

 森の湖畔に到着した私達の目の前に広がるのは陽光をキラキラと反射する水面。

 佇んでいると、水上を渡ってきた爽やかな風が髪先を揺らした。
 後はわいわいしながら待ってあーれーって襲われるだけだ。私だって本来の死亡イベントと関係ないところで死にたくはないから急所には攻撃を食らわないように細心の注意を払うつもり。

 まっ、主な防御は鋼鉄体、主な攻撃は鋼鉄体当たりってのは変わらないけどな。武器って程の武器はなくて適当に買ったり拾ったりした棒を振り回す。ただ、振り回しているうちにいつも決まって折れるからもっと強度のあるやつがほしいけど、やっぱりそれは鉄バットだよなって結論に至る。……売ってない。
 どのみちまあ、今回は振り回し武器を使うまで長引かせるなんて時間の無駄はしない。それまではのんびりピクニックを楽しもう。

 バスケットにはシャーロットに頼んで喫茶店の方に注文って形で美味しい昼食とデザートを用意してもらった。店の売り上げにもなるからウィンウィンだ。

「ロッティお口に合う? なーんて、あなたの店のメニューなんだけどね」
「勿論美味しいです。あそこで働きたいと思ったのも、学友に勧められて食べたらとても美味しかったからなんです。そりゃあ王都で急成長もしますよね。オーナーは将来的に二号店三号店のオープンも見据えているそうです」
「へえ、意外と新しいのね。あの味の完成度はてっきり老舗なのかと思っていたけど」

 ゲームだと本イベントやサブイベントとは関係ない各種商店はそれとして存在するだけで、店の経歴は語られていなかった。シャーロットの話だとオーナー自らがスカウトしたパティシエ達が日々腕を奮っているんだと。

「私もオーナーの方にはまだお会いした事はないですけど、若くしてやり手みたいですよ。他の方が言うにはスイーツへの情熱で髪の毛まで燃えている男だとかで」
「は? 何それどういう意味?」

 まんま炎とかライオンの鬣みたいな髪型とか? 例えばベジー○様みたいな……?

「何でも……炎のような赤い髪の色なんだとか」
「へー…………」

 それは思いっきり心当たりがあるなっ。

 っていやいや早まるな。この世界には赤毛の男なんて他にもいるだろ。多分それなりに。

 すると四人でシートの上に車座になっていた私の斜め向かいで、自身でも思案するように伏し目がちにしていたアレックスがついと私を見る。

「そのオーナーがケイトの探している男の可能性は?」

 同じ事を考えたらしい。
 車座の右隣のベンジャミンが頷いた。

「その可能性はあるだろう。まだスイーツ喫茶は調査していなかったから、帰ったらすぐにでも手の者に調べさせよう」
「ふっ、最初に言ったのは僕だから僕が責任を持って調べさせる。君に余計な手間は取らせないさ、ベンジャミン・チャンドラ」
「はっ、一番に脳内思考したのは俺だ、アレク何某なにがしとやら」

 思い切り端折はしょられてアレックスの頬が片方痙攣する。

「仮に早い者勝ちでも、それを証明する手立てはないだろう。そもそも思ったのもダントツで僕だしな」
「いや俺だ」
「いや僕だ」
「俺だ」
「僕だ」

 俺、僕、俺……と幼稚な主張が繰り広げられていく。

「え……と、ケイト様どうしましょう」
「あー、放置でいいよ放置でー」

 シャーロットが引いてるし。おいちょっとあんたらのヒロインが遠ざかって行くよ! 主役たる品格を持てえええっ! それ以前に設定じゃどっちも王子身分を持ってる高貴な男達のする喧嘩かこれは!? 感情のままにうんこ投げ合うゴリラか!? ヒーロー株大暴落だ。何度下げれば気が済むんだよ。
 全く、めっちゃ怪しいそのオーナーはピクニックから帰ったら自分で調べたるわっ。
 実は、彼ら二人にも赤毛の若い男を探してほしいって頼んでいた。利用できるものは利用して生き残ってやるぜなブラックハングリー精神だ。ケケケ。でも大層な情報網をお持ちだろう二人にもまだ探せていないんだよな。
 え、もしや赤髪って結構レアなの? 今更思ったけどそうなの? 加えて、髪を染めるとかして隠していたらわからない。敵は予想を超えて手強いのかもしれない。
 だけどな、絶対探し出してやる。

 ……で、ところでさ、ここには何の目的で来たんだっけ~?

 そうだよ魔物だよ。

「――きゃあああっケイト様っ、湖がっ!」

 湖畔でガヤガヤ騒がしくしていたからか、ようやく目当ての魔物様が湖から姿をお現しになった。

 湖面からにょろりと長い体を半分出してこっちを睨んでいるのは、この湖の主たる水棲の大蛇だ。

 色は赤。真っ赤。深紅。……何っかムカつくな。

 まあいい、気を取り直してちゃっちゃと計画通りに怪我をして――……と思ったのに、何でだよ、何でこんな……っ!

 喧嘩をピタリと止めたアレックスとベンジャミンの二人が大蛇を見るなり即座に地を蹴って跳躍。
 サックリあっさり倒してしまった。
 倒しちゃったんだけどおおおーーーーっ!!

 くっ、二人の戦闘力忘れてた。
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