別れのあと先

梅川 ノン

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 午前七時、西崎有希《にしざき ゆうき》は採血のためナースステーションに入っていった。
「おはようございます。今日から内科配属です。お世話になります。」
「こちらこそお世話になります。今日から採血ですか?」
 夜勤明けの、東雲敬吾《しののめ けいご》は疲れも見せず爽やかに聞いた。
「はい、内科に配属されて最初は採血だそうです。まあ練習になるとのことで」
「そうですね、内科としては基本ですからね。志望はどこですか?」
「まだはっきり決めてないけど多分外科かと」
「あー先生のその手外科医向きですね」
「えっ……」
 敬吾に手をとられ有希はうろたえた声をだしたが、敬吾は「頑張って下さい」とだけ言い残して爽やかに去っていった。
「なんなんだあの人……まあいい採血頑張ろ」

 有希は大学卒業後母校の系列病院に研修医として勤務し始めて三か月。最初は外科を三か月今日から内科を半年。
 初期研修の二年間は、スーパーローテと称し全科を回り専攻する科を決める。
 後期研修は専攻科のみになるため、漠然とながら外科医志望の有希は、内科はこの半年で終わりかなと思っていた。
 だからといって真面目な有希は手を抜く事など考えも及ばず真摯に取り組んだ。
「じゃあ俺はこれで帰りますんであとはよろしくです」
 採血が終わりナースステーションに戻ると敬吾が帰るところだった。
「先生もう終わったんですか? 早いですね明日は俺日勤なんでよろしくです」
 有希は先程の動揺を思い出し、さらに敬吾の笑顔に惹かれる自分の気持ちに動揺した。
 なんで僕こんなにドキドキしてるんだ……確かに素敵な人だけど男だし、手握られたからってこんな……。
 有希は時折自分のセクシュアリティに疑問を持つことがあった。はっきりゲイを自覚することはなかったがゲイではなくてもバイセクシャルでは? と思うことは高校生の時からあった。だけど女性が嫌というわけではないし女性と付き合ったこともあるからノーマルと思ってはいた。敢えてそう思いたかったのが本音かもしれないが。

「今日は先生が当直ですか」
「そうです。頼りないとは思いますが何かあれば指導医の沢村先生も来てくださるのでよろしくお願いします」
「頼りないなんてないですよ。先生頑張ってますよ。いつも感心してますよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらうと嬉しいです。僕今のうちに夕飯食ってきます」
「先生達は日勤からの当直だから大変だよね、何かあれば呼びますからゆっくり行ってきてください。」
 夕食を済ませて医局に戻った有希はカルテのチェックをしていた。内科に配属されて二回目の当直だ。一回目は指導医の沢村と一緒だったが、二回目からは一人での当直だ。何かあれば沢村が来てくれるとはいえ、何も無いにこしたことはない。
 有希の携帯が振動した。「はい西崎です」
「東雲です。十五号室の林田さんナースコールで胸苦しいようなんでお願いできますか」
「すぐ行きます」有希は林田のカルテを頭に浮かべながら小走りに十五号室まで駆け付けた。
「林田さん、どうですか? どこが苦しいですか?」
「なんか息苦しくて……我慢できない感じじゃないんですが……」
「我慢しなくていいですよ、早く対処したほうがいいですから」
 どうしよう、沢村先生呼ぶべきかな……そこまで緊急性があるとは思えなかったが手遅れになるのは怖い。
 敬吾は判断に迷っている様子の有希をみて部屋の片隅に呼び小声で「投薬で大丈夫だと思いますよ」と声をかけた。敬吾の六年の経験上緊急性があるとは思えなかった。投薬治療で収まると思えたからだ。
 有希は患者に聞こえないように声掛けした敬吾の配慮に感心した。と同時に大丈夫との言葉に頼もしさを感じた。
 指示するのは医師だが、一年目の研修医よりベテラン看護師のほうが現場での知識は高い。判断を迷い恐々する研修医に高飛車な看護師も多い。有希も看護師は怖いという意識を持ちかなり気を使っていた。
 しかし敬吾は違っていた。いつもさりげなく手を差し伸べてくれる。こちらの医師としての立場を慮ってくれているのは明らかなのだ。
 実際今回も患者には聞こえないように声掛けしてくれた。有希の敬吾への信頼は深まっていた。だがその気持ちが単に看護師への信頼だけなのか、あるいは特別な思いなのか有希自身も分かっていなかった。

 一方敬吾は出会いの時「やばい、好みど真ん中」だった。要するに一目惚れだった。カミングアウトはしていないが敬吾はゲイだ。中学生の時から疑いをもちながら高校生の時にははっきりと自覚した。
 過去何人かと交際経験はあるが、軽い気持ちばかりで深く愛した人はいなかった。愛情に対して淡泊なのではと思っていた。どの道ゲイだから結婚出来るわけでもないからそれでいいと思っていた。
 それなのに有希は妙に引き付ける。ついつい姿を追ってしまい、そんな自分に気づくと苦笑した。
「高校生じゃあるまいし何やってんだ」有希は多分ノーマルだろう、そんな人にどうするんだ。有希が内科配属の間見守るだけでいい。困っている時手を差し伸べるだけでいい。親切な看護師に徹するそう思っていた。

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