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「おおーっ、磯城っ……ううっ……」
愛する息子である磯城の名を呼び、大后は泣き出した。磯城は、そんな母を優しく抱きしめた。
「母上……申し訳ございません。此度はご心配おかけして……」
「ああ、確かに心配もしたが、そなたの働きが素晴らしかったと聞いてな、嬉しいのじゃ」
母子の様子を、微笑ましく見ていた葛城が、声をかける。
「まこと、此度の叔父上の働き素晴らしいものがありました。叔父上のおかげで勝つことができました。おばあ様には私からも直接ご報告をと、今日は参りました」
「東宮様直々にかたじけないことで、それに東宮様の大将ぶりも、ご立派であったと聞いております」
このように始まった和やかな歓談は、大后が用意していた磯城の好物の唐菓子を食べながら一刻ほど続いた。
「名残惜しくはありますが、私はそろそろお暇を、叔父上は一晩ごゆっくりされてください。明日は、迎いをやりますので」
「いや、迎いなど」と、言おうとした磯城を、葛城は強い眼差しで見る。反論は許さないという眼差し。久しぶりに見る強い眼差しに、磯城はおとなしく従うしかできない。
「わかりました。東宮様もお気を付けてお帰り下さい」
葛城を見送り、磯城は先程の葛城の眼差しを思う。久しぶり自分に向けられた強い眼差し。支配されるような眼差し。三宮のこと以来、自分を叔父と扱うが、あの眼差しは妃に対するそれだった。磯城は、体の奥が震えるような熱を感じる。その熱が、少しずつ熱くなるのを感じる。
翌日磯城は、葛城の差し向けた迎えと共に東宮の宮に戻る。かなり大仰な迎えに戸惑うも、大后は、これも東宮が磯城を大切に思う証左と喜ぶので、そうなんだろうと自分も思う。叔父へのもの? 妃に対するもの? まあどちらもなんだろうと、昨日の眼差しを思い出す。
あの眼差しこそが葛城の本質なんだろうと、磯城は思う。
三宮亡きあと、自分に手出しする者がいるとは思えないが、用心に越したことはない。それに磯城の脳裏には、あの責めは消えてはいなかった。それどころか強烈に残っている。あのような事態になることは避けなければならないと思う。
もしまた何かあれば、それこそ大后の所にも行けなくなる、守られて戻るに越したことはない、そう思いながら磯城は東宮の宮に戻っていった。
宮に戻った磯城は、葛城は大王の表の対屋にいると聞き、それは、と急いで伺候する。
「ただ今戻りました。遅くなりまして申し訳ございません」
「ああ、丁度良いところにきたな、そなたの意見も聞きたい」
大王と葛城は、此度のことの後始末を話し合っていて、そこに磯城も加わった。決めなければならないことは多岐にわたったが、概ね三人の意見が対立することはなく次々と決まっていく。
三宮の遺体は宮家が引き取り、弔うことは許すが、宮家は絶家と決まる。宮家の財産は大王が没収する。
高松の財産は、今回協力した豪族たちに褒美として分け与えることになった。大王と葛城は、磯城が全て取るようにと勧めたが磯城は辞退した。独り占めするのは磯城の性分でないし、分け与えた方が今後のためにもいいと考えた。またどんな敵対者が現れるかもしれない。その時味方する豪族は多いほどこちらの力になる。
磯城のその考えに、大王、そして葛城も同意し、己の欲に走らず、先を見越す磯城に感心した。しかし、父子の思いは少し違っていた。
大王は、磯城が三宮のような野心を持たない弟で良かったと思う。これだけの人物に野心を持たれたら、それこそ厄介なことこの上ない。
葛城は、思い人でもある磯城の聡明さを誇らしく思いつつも、複雑な思いもあった。体の内が熱くたぎるような思いを、懸命に抑えていたからだ。
行軍先の幕屋では、指一本触れられなかった。ここ宮に戻っても、磯城の対屋を訊ねていいだろうか? と迷いを持っていた。一方的に磯城を抱いてきた過去の己に、呆れるような思いもあった。
葛城の複雑な思いは、置き去りに事後処理の方針が固まった。
「だいたいこれでよかろう。後はそなたらに任せるぞ、よいな」
「ははっ」
磯城と葛城は、共に大王のもとを辞し、東宮の宮に戻る。
磯城は、葛城の今宵の渡はあるのか? と思いながら、葛城の様子を窺う。すると、葛城が磯城に向かい話しかける。
「叔父上、あとで叔父上の対屋に行ってもよろしいでしょうか? 話がありますので」
「話? はい……よろしいですよ」
「では、後ほど」
そう言って奥に入る葛城を、磯城は見送った。
愛する息子である磯城の名を呼び、大后は泣き出した。磯城は、そんな母を優しく抱きしめた。
「母上……申し訳ございません。此度はご心配おかけして……」
「ああ、確かに心配もしたが、そなたの働きが素晴らしかったと聞いてな、嬉しいのじゃ」
母子の様子を、微笑ましく見ていた葛城が、声をかける。
「まこと、此度の叔父上の働き素晴らしいものがありました。叔父上のおかげで勝つことができました。おばあ様には私からも直接ご報告をと、今日は参りました」
「東宮様直々にかたじけないことで、それに東宮様の大将ぶりも、ご立派であったと聞いております」
このように始まった和やかな歓談は、大后が用意していた磯城の好物の唐菓子を食べながら一刻ほど続いた。
「名残惜しくはありますが、私はそろそろお暇を、叔父上は一晩ごゆっくりされてください。明日は、迎いをやりますので」
「いや、迎いなど」と、言おうとした磯城を、葛城は強い眼差しで見る。反論は許さないという眼差し。久しぶりに見る強い眼差しに、磯城はおとなしく従うしかできない。
「わかりました。東宮様もお気を付けてお帰り下さい」
葛城を見送り、磯城は先程の葛城の眼差しを思う。久しぶり自分に向けられた強い眼差し。支配されるような眼差し。三宮のこと以来、自分を叔父と扱うが、あの眼差しは妃に対するそれだった。磯城は、体の奥が震えるような熱を感じる。その熱が、少しずつ熱くなるのを感じる。
翌日磯城は、葛城の差し向けた迎えと共に東宮の宮に戻る。かなり大仰な迎えに戸惑うも、大后は、これも東宮が磯城を大切に思う証左と喜ぶので、そうなんだろうと自分も思う。叔父へのもの? 妃に対するもの? まあどちらもなんだろうと、昨日の眼差しを思い出す。
あの眼差しこそが葛城の本質なんだろうと、磯城は思う。
三宮亡きあと、自分に手出しする者がいるとは思えないが、用心に越したことはない。それに磯城の脳裏には、あの責めは消えてはいなかった。それどころか強烈に残っている。あのような事態になることは避けなければならないと思う。
もしまた何かあれば、それこそ大后の所にも行けなくなる、守られて戻るに越したことはない、そう思いながら磯城は東宮の宮に戻っていった。
宮に戻った磯城は、葛城は大王の表の対屋にいると聞き、それは、と急いで伺候する。
「ただ今戻りました。遅くなりまして申し訳ございません」
「ああ、丁度良いところにきたな、そなたの意見も聞きたい」
大王と葛城は、此度のことの後始末を話し合っていて、そこに磯城も加わった。決めなければならないことは多岐にわたったが、概ね三人の意見が対立することはなく次々と決まっていく。
三宮の遺体は宮家が引き取り、弔うことは許すが、宮家は絶家と決まる。宮家の財産は大王が没収する。
高松の財産は、今回協力した豪族たちに褒美として分け与えることになった。大王と葛城は、磯城が全て取るようにと勧めたが磯城は辞退した。独り占めするのは磯城の性分でないし、分け与えた方が今後のためにもいいと考えた。またどんな敵対者が現れるかもしれない。その時味方する豪族は多いほどこちらの力になる。
磯城のその考えに、大王、そして葛城も同意し、己の欲に走らず、先を見越す磯城に感心した。しかし、父子の思いは少し違っていた。
大王は、磯城が三宮のような野心を持たない弟で良かったと思う。これだけの人物に野心を持たれたら、それこそ厄介なことこの上ない。
葛城は、思い人でもある磯城の聡明さを誇らしく思いつつも、複雑な思いもあった。体の内が熱くたぎるような思いを、懸命に抑えていたからだ。
行軍先の幕屋では、指一本触れられなかった。ここ宮に戻っても、磯城の対屋を訊ねていいだろうか? と迷いを持っていた。一方的に磯城を抱いてきた過去の己に、呆れるような思いもあった。
葛城の複雑な思いは、置き去りに事後処理の方針が固まった。
「だいたいこれでよかろう。後はそなたらに任せるぞ、よいな」
「ははっ」
磯城と葛城は、共に大王のもとを辞し、東宮の宮に戻る。
磯城は、葛城の今宵の渡はあるのか? と思いながら、葛城の様子を窺う。すると、葛城が磯城に向かい話しかける。
「叔父上、あとで叔父上の対屋に行ってもよろしいでしょうか? 話がありますので」
「話? はい……よろしいですよ」
「では、後ほど」
そう言って奥に入る葛城を、磯城は見送った。
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